真実の更なる先
牢の鉄格子を挟んで見つめ合うフィリア(バジル)とイザベラ(ローズ)。
先程の余韻に浸る二人には甘い空気が漂っている。
「バジル……今回の事は特別よ」
「うん……」
「ならば良し」
イザベラはフィリアに向かい小さく微笑んだ。
今までフィリアが見た事の無い憂いを帯びた天使の様な笑顔。
――何時もはクールで気丈に振る舞って居るけど、きっと此れが彼女の本当の姿なのだろう。
強く見えるけど一人の少女。
フィリアはそう思うと「僕が彼女を護らないと」と言う思いがフツフツと湧き上がってきた。
次の瞬間フィリアは真面目な表情になる――そして思わず声を上げて居た。
「ローズ僕が……」
しかし、彼女の言葉は最後まで言い終わる事は無かった。
表情からフィリアの気持ちを察したイザベラに遮られのだ。
「僕が? 次の言葉はナニなのかな?」
イザベラはさらりと金髪を掻き揚げる。
そして「ふぅ」と深呼吸を一つして気持ちを切り替えていた。
次の瞬間、イザベラはクールビューティ―な何時もの彼女に戻る。
「バジル、余興は此処まで。ここからが本番よ」
クールにフィリアを見つめイザベラは口を開く。
しかし、余韻が抜けきらないフィリアはイザベラが言う本番の意味が解らないようだ。
思わず目をパチパチさせ、きょとんとする。
「えっ!? 本番? ローズ何が本番なの!?」
イザベラは鉄格子を見つめている。
――此れは一刻も早く鍵を開けなさいと言う意味だろう。
しかし、意味が解らないフィリアは整った顔を傾けた。
「マダ判らないの?」
あくまでも鈍感な彼女に顔を強張らせるイザベラ(ローズ)。
いつの間にか怒りのボルテージが上がり、だんだん声のトーンも上がり始めてくる。
――ヤバそうな空気が立ち込め始めた。
「所で……バジル……」
「ローズ……僕が何かしないと行けないの?」
フィリアはこの期に及んでも此処に来た目的――イザベラの救出とエリクシールの入手を思い出せないで居た。
この期に及んでも甘い空気が抜けて居ないようだ。
そんな彼女にイザベラは自分を指差しながら口を開く。
――私を早く牢から出しなさいと言う意味を込めて。
「そうよ、大切な事を忘れて無い?」
「大事な事!?」
フィリアの脳内でシナプスが火花を散らす。
(もしかして、僕がローズにこの事の責任を取らないといけないの? ……今は女の子の体だけどプロポーズ位なら良いよね……)
イザベラの態度と言葉を思わずプロポーズの要求と勘違いしたようだ。
メイド服の銀髪の天使は真っ赤な顔で必死に言葉を紡ぎ出した。
「僕と、ずっと一緒に居……」
「ふざけるな!」
激昂するイザベラ。
フィリアのプロポーズの言葉は、全ての言葉を言い終わる前に彼女の怒声にかき消された。
ついに彼女の堪忍袋の緒が切れたのだ。
元々切れやすい尾だったのであるが……、フィリアの余りの鈍さに彼女の虎の尾を踏んでしまったようだ。
イザベラは激怒モードに突入する。
「いい加減にしなさいバジル! 私達で牢屋に居ろと言うの?! 今はそんな事を言ってる暇はないの判る!?」
あまりに怒気に彼女の金髪はふわりと舞い上がり、阿修羅の様なオーラを纏っていた。
そして鉄格子をガチャガチャ揺らす様はまるで阿修羅か戦神。
鬼神の咆哮にたじたじになるフィリア。
「ごめんなさい!!」
彼女は本能的に謝った。
フィリアは涙を浮かべながら深々と頭を下げる。
この期に及んでも正解が出そうにないフィリアに見かねたイザベラはついに助け船を出した。
「バジル……、あなたはいったい此処へ何をしに来たのかな?」
「えっ……それは……」
はっ、とするフィリア。
イザベラの助け船でようやく此処に来た目的を思い出す。――イザベラ(ローズ)の救出、そしてエリクシールを手に入れるのが目的だったと言う事に。
その為には、牢の扉を開けないといけないと言う事を。
「すぐに開けるね」
フィリアは鍵を取り出すと震える手で鉄格子の扉を開け始めた。
「この程度で手が震えるなんて度胸が無いのは全然変わって無いわねぇ……」
呆れたイザベラは肩を落とし「はぁ……」と大きなため息一つ吐く。
――変わらないフィリアに悲しいような少しだけ嬉しいような複雑な気持ちを浮かべながら。
「バジル前にも言ったでしょ? 何事も度胸よ」
「そんな事が出来るのはローズだけだよ……」
しょんぼりするフィリアはポツリと呟く。
「それに、もし失敗したどうするの……」
「バジル、その時はね――」
イザベラはニヤリとする。
大物政治家の様な大胆不敵な笑みにフィリアは思わず引き込まれていた。
――きっと、凄い事を言うと思って。
「――その時は!?」
「決まってるでしょ? ヤるだけやってダメなら後は笑って誤魔化すだけよ」
「ローズ……」
「よい? 何事も要は度胸一つと言う事ね」
イザベラは震えるフィリアを見ながら自分の言葉を脳内で反芻していた。
(――度胸……? ――何よ、小骨のように引っ掛かる不安感は……)
そして、イザベラはある事に決定的な事を気が付いた。
――怖がりなバジルがどうして此処まで来れたかと言う事を。
もし、誰かに会った場合フィリアの態度なら挙動不審で一発でばれる筈、
なのに此処まで来れたと言う事は此処まで誰も合わなかったと言う事になる。
厳重警戒のこの場所なら普通に考えればあり得ない……。
――つまり、此れは罠かもしれない。
一つの結論に辿りついた彼女はふっと醒めた目をする。
そして、自分の考えを確かめるようにイザベラはフィリアに質問を投げかけた。
「……バジル、その鍵はどうやって手に入れたの?」
「其れは、ロイさんが……」
フィリアは今での経緯を説明した。
自分がエリクシールを飲まされて居る事を伏せながら、ロイから鍵を借りて来た事、そしてシルビア達は既に逃げ出して居る事などを。
「ふ~ん……そう言う事ね……」
髪をいじりながら話を聞くイザベル。
フィリアの話を聞くうちに自分の推測が確証へにかわってゆく。
あの女がソコまで甘い事はしない。
間違いなくコレは彼女の罠と。
「そう言う感じで鍵をお借りしてきたの」
「フィリア少し動かないでね」
フィリアが話終えるやいなやイザベラは静かに目を閉じる。
そして、自分のオーラを霧のように辺り一面に広げ始めた。
「イザベラ今のは?」
「私の纏うオーラを飛ばして辺りを探っているのよ……やっぱりね…。それに……この気配は!?」
彼女は小さく笑みを浮かべる。
「やっぱり?!」
「バジル、良いから黙って聞きなさい」
何のことか皆目見当もつかないフィリア。
イザベラは真面目な表情で小声で彼女に説明を始める。
「コレはシェリルの罠よ」
「罠?」
『罠』と言うイザベラの言葉にフィリアは背中に冷たい物が走り抜けていった。
そして整った顔は見る見る青ざめてゆく。
油断して致命的なミスをしたと。
「お茶で眠ったのもフェイクよ。 私達を泳がせて後で一網打尽のつもりね」
「ローズごめんなさい!」
「謝るのは後」
要所を抜き出し淡々と説明するイザベラにフィリアは頭を下げる。
そんな彼女にローズは更に小声で続けた。
「マダ先があるのよ、上手く行っているときこそ細心の注意を払いなさいと言ってるでしょ?」
「えっ…」
「それは向こう(シェリル)も同じ事よ」
自信たっぷりに説明するイザベル。
その自信満々な表情を見るとフィリアはほんの少しだけ落ち着いてきた。
「それってまさか…まだ何か有るの?」
フィリアの問いにイザベラはこくりと頷く。
「バジル、あなたも気配を探ってみなさい」
「…どうやるの?」
「単に魔力を薄く広げるだけでしょ?」
「やってみるね」
フィリアは魔力をあたりに巻き散らす。
ムラだらけで上手とは言えないが。
そして気配を静かに探って行く。
「えっ、二人いるの?」
フィリアから少し離れた場所に微かな気配が二つあった。
一人はシェリルだろう、刃のようなとぎすまされた気配をしている。
もう一人は誰かは判らないおぼろげな気配。
相当腕は立つのだろう、気配は見事にあたりの空気に同化している。
「これって、シェリルさん以外にも、もう一人誰かに尾行されている?」
やっとフィリアは事態を把握する。
そんな彼女に「そうよ」とうなずくイザベル。
そしてフィリアの耳元で静かに囁いた。
「上出来よ、ママが近くに居るわ」
「シルビアさんが?」
「でも、当然シェリルもその事に気がついているでしょうね」
「これじゃ逃げれないよ、ローズはどうするの?」
フィリアは絶望的な状態に泣き出しそうになる。
しかしイザベラは何か考えがあるようだ、 不敵に笑みを浮かべていた。
「バジル此処は私に任せて。これはある意味幸運よ、彼女も欲張ったら全部失敗すると言う事ね」
イザベラは髪をさらりとかきあげる。
そして視線を窓の外に移すと暗闇を走る二つの影が見えた。
一人はイザベラの良く知った力づよい気配――セージ、もう一人は誰かは判らないが女性と言う事は判った。
「えっ?」
イザベラの説明にフィリアは茫然する。
彼女には何が何やら判らないようだ、整った顔をアホウのような表情をうかべていた。
「フィリア行くわよ」
イザベラはフィリアの手を引き牢を後にしようとした。
「ローズ」
「フィリア何?」
「ローズにはバジルと呼んで欲しいかも……」
「女装の時はフィリアだったでしょ?」
「そうだけど……」
「じゃ、あなたの呼び名はフィリアで決定ね」
フィリアの細やかな願いはイザベラに一刀両断切り捨てられた。
問答無用である。
「それと私の事はローズじゃなくてイザベラと呼んでね」
「どうして?」
「わたしの正体がバレてる以上、偽名を使う理由もう無いから」
「じゃ 僕もバジルと呼んで欲しいかも……」
「あなたは女装してるでしょ?」
彼女は意地悪く口角をあげる。
イザベラのもっともな意見にぐうの音も出ないフィリア。
「じゃ 行くわよ。フィリア」
イザベラはフィリアの手を引きながら牢をあとにする。
――彼女の予想通り二つの気配はイザベラ達を追いかけていっていた。




