逆刃の意味
かのんとセージの強制労働がやっとおわった。
レオタード姿の二人は西風を離れ、日は傾き初めている海沿いの道を歩いている。
行き先は集合場所の海岸。
「セージ」
「なにだよ、かのん」
「バイト結構面白かったよね」
かのんは抱き抱えた大きな紙袋をちらちら見ながら、ごきげんで口を開いた。
袋の上からは、ハンバーガーとポテトの良い匂いがぷ~んと漂っている。
袋の中身はバイトが終わるとき、余っていた料理をバイト五人で分けたのだ。その数十個。
バーガーを頂いて、ご機嫌のかのんを横目にセージは不機嫌そうに返事を返す。
――レオタードに巻きスカートと言う姿で。
「そんなのはかのん、お前だけだろ?」
「わたしは毎日でもバイトやりたいな♪」
かのんはトーンを上げる。
「てか、まかないのハンバーガーに買収されただけじゃねえか」
「ち、違うわよ」
かのんは顔を赤くして否定しつつも、袋をじっとみている。
セージは思わずニヤリとする。
「お前は食い意地張ってるからなぁ」
「そう言うならセージ、ハンバーガー要らないの?」
意地悪そうな表情を見せるかのん。
セージはひょいと袋の中の包みを一つひったくる。
「それとコレは別だぜ」
「あ、どろぼ~」
かのんを気にする様子も無いセージ。
彼が包みを解くと良い香りがふわりとひろがった。
「あ~いい匂いだな、かのん」
包みの中から出てきたのは、バーガー。
程良く焼けたパンの間には2枚重ねの肉と野菜とピクルスが挟まれ、肉の上にはチーズがちょこんとのっている。
これは、ダブルチーズバーガーだ。
セージはさも美味しそうに、バーガに食らいつこうとした。
ジト目で抗議するかのん。
「卑怯にゃん! わたしは手がふさがってるのに」
「食いたいか? 喰いたいか?」
セージはかのんの目の前でパタパタと匂いだけ送りつける。
「食べたいにゃん!」
「しゃーねぇな、ほらよ♪」
「ありがとうにゃん♪」
セージはハンバーガーを二つに割ると、半分をかのんの前に差し出した。
彼女は思わずぱくりと食いつく。
「やっぱり食い意地張ってるなぁ」
「むぐむぐむぐ(お互いでしょ~!)」
かのんはリスのように頬張ってむぐむぐ言っている。
何を言って居るのか判らないが、彼女の無防備な態度にセージも思わず笑顔を見せた。
「やっぱ、かのんは可愛いな」
「そ、そうかな? メイド服姿のセージも良かったよ」
思わずムッとするセージ。
「言っとくけど、オレは二度とあんな格好はしないからな」
「そうかな?セージはバイトを結構楽しんでるように見えたけど? メイド服もばっちり似合ってたから…」
かのんは無邪気に口を開く。
彼女の発言にセージはお先真っ暗オーラが漂い出してきた。
「オレは男として生きてきた自信が、母子の件でベキバギに崩壊した気がするよ…」
「セージでも心が折れることあるの?」
かのんは彼の顔をじっと見つめた。
少し顔を赤らめるセージ。
「男って意外と繊細だから、再起不能になったかも…。その時は勘弁しろよ……」
俯くセージ。
かのんは全く悪気なく更に続ける。
非情な一言を。
「その時は、ゆきなに戻れば良いんじゃない?」
「……まだ言うか…」
かのんの無邪気な発言に、セージはがっくり肩を落としていた。
”
「かのん、そろそろ地図の場所だよな」
「うん、集合場所はこのあたりの筈だけど……」
「潮が引くと、ぜんぜん雰囲気変わるよな」
地図を片手に合流地点に着いたかのん達。
二人の目の前には来たときと違い、砂州は大きく広がり崖の下にも砂の道ができている。
夕日に照らされた深紅の道はずっと城の下あたりまで続いていた。
「あんな所にシルビアさん発見!」
「どこだよかのん?」
見上げるかのんの視線の先には、見晴らしの良い崖の上に腰掛けているシルビアが居た。
耳をぴくぴく動かして野獣の様に警戒オーラを漂わせる姿は、まるで黒豹である。
「遅いよ、あんた達」
「「ごめんなさい、シルビアさん」」
シルビアは音もなく、二人の前に飛び降りる。
彼女は漆黒の戦闘服を身に纏い、腰には漆黒の双剣、手には細長い包みが持たれていた。
「まったく二人とも何やってたの?」
「西風で…」
「あそこで何かあった?」
少しご機嫌斜めのシルビアに事情を説明するかのん。
「あたしも、この展開は予想外だったわねぇ、とにかくまあ無事で良かった」
何やってるんだこの二人は?と呆れ顔をするシルビア。
彼女はハンバーガーの包みを一つ、かのんの袋からひったくる。
「あ…それは」
「かのん、沢山あるからけちけちしない。にゃるほどねぇ。これが噂の『ハンバーガー』と言うものねぇ」
むしゃむしゃバーガーを食べながらシルビアは口を開く。
「始めての味だけど、美味しいね」
「シルビアさんはバーガー始めてなの?」
「うん、こんな物を食べたのは初めて」
「へぇ~」
「西風の天才シェフのジョンだね。 常人にはパンに肉を挟んでさらに野菜を入れるという発想は出てこないよ、まるで異世界の料理みたいだね」
どうやらシルビアは余程バーガーが気に入ったらしい。
彼女のしっぽはぴくぴく動いている。
「シルビアさん、これからどう動くの?」
「とりあえず何か食べたら動きだそう。 直に潜入のチャンスが来るからね」
「チャンス?」
「うん」
シルビアは遠くに見えるミッドランドの街並みを指差した。
「日が沈んだら時期に面白い事が始まるから」
「シルビアさん、一体何が始まるんだよ?」
「セージ、それは見てのお楽しみよ。 マズは何か食べよう、潜入はタイミングが命だから」
不安と期待が半々でシルビアを見つめるかのんとセージだった。
”
海岸に3人で並んでバーガーを食べるかのん達。
シルビアは突然口を開いた。
「セージ」
「まじめな顔して何だよシルビアさん?」
「これはあんたが持つ物よ」
彼女はセージに袋を手渡たす。
彼の手に袋の重みが伝わる。
「まさかコレは?」
「開けてみなさい」
セージが袋の包みをあけると中に入っていたのは刀。
刃の長さは1尺5寸。作りは黒漆拵え。楕円の鍔には何も装飾は施されていない。
全体の長さからいくと、小太刀という分類だろうか。
ブツの重さが彼に伝わり玩具ではない、本気の殺しの道具と言うことを無言で語りかけている。
「すげぇ」
セージが驚きながら刃を引き抜くと、そこにあったのは通常の刀では無かった。
通常とは逆、峰の方に刃がついている。
某人斬りが愛用した逆刃刀だ。
「シルビアさんこの刀は?」
「これじゃ誰も切れないぜ?」
その異様な形に驚くかのんとセージ。
二人ともじっと刀を見つめている。
「聞きなさいセージ」
シルビアは静かに語りだした。
――落ち着いたトーンで過去の自分に語りかけるように。
「あんたには、本当ならまだ武器を持つには早すぎる。 理由は自分でも判ってるわよね」
セージは頷く。
彼は、昨夜の事を思い出していた。
軽々しく、相手を殺すと言って居た自分。
そして、相手を殺す事で憎しみの輪に囚われると言う事を。
「自分の死より怖いもの…だよな」
「そうよ、だから本当ならあんたの刃でも早すぎる。」
セージは刃をじっと見つめる。
「これなら、普通に使えば殺さなくても済むよな」
「そうよ」
優しい笑顔を見せて静かに頷くシルビア。
「でも何かを護りたい時は、その刃を返して戦いなさい。 …奪う命の重さを一生背負う覚悟でね」
彼女の言葉に耳を傾けながら刃をじっと見つめるかのんとセージ。
波音だけが静かに響きわたっている。




