TS三人 ガキ一人。
リングを売って貰ったかのん達。
結局、精霊銀ペアリングは、おばさんの強烈な値切りトークで銀貨五枚になった。
――文字の打ち込み混みで。
これはもう店主悶絶、鬼の値下げである。
そして、アクセサリー店の露店を後にしたかのんとセージ。
それぞれの手にはペアリングの入った紙袋がもたれている。
「おばさん、ありがとうございました」
かのんがおばさんにお辞儀をすると、おばさんも笑顔を浮かべ大声で返事を返す。
「ぎゃはは! 気にすること無いさ」
「あのままだったら買えなかったし……」
「な~にあんたには世話になったからね。 困ったときはお互い様…」
おばさんは上機嫌で饒舌に話し出した。
彼女の重機関銃のようなトークが始まりそうな気配を察したセージ。
彼は少し顔色を変え、かのんに耳打ちする。
「かのん」
「何セージ?」
「とっとと海の見える崖に行かないか? マシンガントークが始まると逃げ出せなくなるぞ…」
おばさんの眉がぴくりと上がる。
「な~にがマシンガントークだい?」
どうやら聞かれていたようだ。
地獄耳である。
これにはセージも目が点になる。
「げ、聞こえてたのかよ?!」
「ごめんなさい!」
かのんが思わず頭を下げると、おばさんの表情がゆるむ。
「まあ何のことか分からないけど、言いたいことは何となく分かるさ。 早く海の見える崖にいきたいんだろ? ルーシェの診療所から東にずっと行けば良いさ」
「おばさん、ありがとうな」
「いいって事さ」
セージがお礼を言うと、おばさんも会釈を返した。
どうやら、おばさんはセージが男の子だとは微塵も気が付いていないようだ。
青のレオタードに巻きスカートと言う姿では仕方がない事ではあるが。
そして、無遠慮に更に話を続けた。
「そうそう、男の子みたいな赤髪のあんた」
「なんだよ?」
訝しげに返事を返すセージに彼女は更に続けた。
「あんたも、ちゃんと着飾ってお化粧したらそこそこには可愛く見えるものだからね! 今度あんたの服を選ぶのを手伝ってあげるよ…」
おぼさんの無遠慮な毒舌バルカン砲トークが冴え渡る。
何時もなら毒を吐くセージも彼女の猛攻の前にタジタジだった。
――ただ土偶の様に目と口を開けて固まっている。
その姿にかのんも笑いを堪えるのに必死のようだ。
口を押え、整った顔をゆがめながら必死で笑いをかみ殺している。
――おばさんの口からは次々と言葉が射出され続けている。
二人を気にする事も無く。
”
おばさんに聞いた崖に向かうかのん達。
二人仲良く、ルーシェ診療所の裏手にある細い路地を歩いていた。
路地は細く幅は人が並んで歩くのが精いっぱいの広さだ。
「ぷっ…、でもリング買えて良かったね~」
かのんは口を押さえ、笑いを堪えながら口を開いた。
セージの方をちらりとも見ずに。
――彼を見た瞬間、かのんの心がゲシュタルト崩壊を起こし、笑い転げるのは火を見るより明らかのようだ。
「かのん笑うな! オレは良くないぜ、思わず心が折れて男として再起不能になるところだったぞ!?」
顔を赤くして、猛烈に抗議するセージ。
しかし、かのんは非情な一言を放つ。
「ゆ…、じゃないセージ。 きっと例のお薬飲んだらとんでもない美人になれるんじゃないかな?」
「かのん……折角男に転生出来たのに、何が悲しくて女体化しないと行けないんだ?」
しょんぼりするセージ。
しかし、かのんは笑顔を浮かべ無神経にも彼に追撃をくわえる。
「男の子でも女の子でも、ゆきなはゆきなだよ。 私はどっちも好きよ」
「ぉぃ……」
かのんの発言にうな垂れるセージ。
彼の周りに、どんよりオーラが漂いだす。
その時、路地の先からかのんとセージの前にメイド服の二人が現れた。
一人は赤髪の少年、もう一人は銀髪の美少女。
シェスとフィリアである。
「セージ、其処にいるのは昨夜の人じゃないかな?」
「何処だよ、かのん?」
かのんの声に顔を上げるセージ。
シェスとセージの二人の目が合った瞬間、二人ともほぼ同時に口を開いた。
――お互いを指差しながら。
「「変態がいる!」」
どうみても男のメイド服姿のシェス、レオタード姿のセージ。
どっちもどっちである。
「男のレオタード姿!」
「昨日の風俗店に居た奴に言われたくないな! てめえも実は男だろ!?」
「男なら良かったんだけどな!」
シェスの売り言葉にセージの買い言葉を返した。
二人の間にバチバチ火花が飛び散る。
かのんとフィリアは口を押えて、涙を浮かべながら笑いをかみ殺していた。
――二人とも似たような物だと思いつつ。
このままではバトルが起きそうなので、かのんとフィリアは二人をまあまあと仲裁する。
そして、話題を変えた。
「フィリアさんは今から何処へ?」
かのんの問いかけに、フィリアは銀髪を揺らしながら笑顔で返事を返す。
「こんにちは、かのんさん。 私は今から大きなお屋敷でメイドのお手伝いなの」
そして、フィリアはスカートの裾を持ち上げ、天使のような笑顔を浮かべお辞儀をした。
上品な立ち振る舞いは深層の令嬢そのものである。
その姿に思わず全員が息を飲んでいた。
――暫しの沈黙が流れる。
沈黙を破ったのはかのん。
彼女は思わずフィリアに尋ねてみた。
「フィリアさんって、元はどこかのお嬢様なの?」
「ふふっ、内緒です」
フィリアは小さく微笑んでかのんの話をさらりとかわした。
二人のやり取りを不審そうにみるセージ。
そして、シェスは彼の表情をじっと見て居る。
シェスは一呼吸おいて口を開いた。
「フィリア、急がないと間に合わくなるぜ?」
「そんな訳だから、また時間が有る時にゆっくりお話ししましょ」
フィリアとシェスは一礼すると、二人は足早にかのん達の前から去って行った。
二人の後ろ姿を見送る、かのんとセージ。
「かのん」
何時に無く真剣な表情でセージは口を開いた。
しかし、かのんは何時もの調子で返事を返す。
「セージ、真面目な顔してどうしたの?」
「……あの作法、バジルから聞いた事あるんだ。 スカートを持ってお辞儀するのはリムランド王族の作法だってな」
「じゃあ、あの娘はお姫様?」
かのんは驚きを隠せないようで目をぱちぱちさせていた。
「さあな? でもタダ者じゃないのは確かだぜ……。 この国はシルビアさんが言う様にきな臭くなってる感じがするよな」
「じゃあ、火が付かない内にさっさと海の見える崖まで行こうよ」
かのんは笑顔でそう言うと、全力で路地を走り出した。
「まてよ、かのん!! って聞いて無いんだろうな。 まったくガキなんだから……」
かのんの暴走にため息一つ吐くセージ。
彼も かのんを追いかけて海の見える崖へ向かってゆく。
――レオタードに巻きスカートと言う姿で。
海からは気持ちの良い風が吹き抜けている。




