譲れぬ思い
バジルは診療所の近くに着いた。
診療所は既に診察時間を過ぎているらしく、既に建物の入り口は閉ざされていた。
バジルはその様子をみて肩を落とした。
(僕どうしよう、荷物をどうしよう…。
このままじゃ荷物の中身見られちゃうよ、ロースから貰った大切な物なのに)
彼はその建物をみわたした。
診療所のドアは閉まっているが、二階の窓からは明かりが漏れ女性の姿が見える。
よく見ると れいなが、窓際に立っていた。
彼女は整った顔に憂いを帯びた表情を浮かべ、部屋の中の女性と話しているのが声でわかる。
しかし、まだ外に居るバジルには気が付いていないようだ。
彼は考えた。
(どうして此処に、れいなが?
もしかして、ここは彼女と繋がりのある場所なのかな……。
だとしたら、あの荷物は彼女に見られる前に取り戻さないと、みんなが危なくなる。
それだけは避けないと)
彼の脳裏に最悪の情景が浮かんだ。
あの荷物の中身から れいな達に、こちらの手の内を知られ、シルビアや かのんやセージがローズと一緒に仲良く処刑台で殺される姿である。
その姿を想像したバジルの額から汗がにじみ出ている。
(西風での一件はあったけど、彼女が完全に敵でないと言う保証は無いから、僕が責任もって取り返さないと)
バジルが窓を再度見たが、れいなが彼に気が着いた様子はない。
それに安心した彼は、診療所の別の入り口を探すために建物の周囲を探り始めた。
以前ローズに教えて貰った様に、
『正面がダメなら建物の側にある路地を回りなさい、そうしたら大体裏手に出れるわ』
と言う言葉を思い出し、路地を回ると診療所の裏にでた。
そこには向月葵が植えられて、むせかえるような香りが立ちこめている。
彼が診療所を裏手をよく見ると、裏口のドアが開いていた。
「此処からなら入れるかも……」
バジルはそう呟くと、そこから慎重深く中に入って行った。
ドアの内側は台所だった。
中を見渡すと部屋の中は、簡素な流し台に傷だらけの質素なテーブルや机が置いてある台所で、机の上には一輪の向月葵が飾られていた。
ここには人の気配は全くしない……。
そこから更に台所奥の通路を見ると廊下があり、その先には待合室がみえる。
待合室のテーブルの上には袋があった。
(あった、こんな所に忘れていたんだ。
まだ誰も気が着いていないみたい、早く回収して帰ろう)
彼は袋の側まで駆け寄り、荷物を回収したバジルは安堵の表情をうかべた。
落ち着くと、待合室にあった巨大な本棚が移動して居るのに気が着いた。
(ここに隠し部屋って有ったんだ)
そこからは、光がこぼれて、中から話し声が聞こえている。
隠し部屋入口になって居る本棚と壁の隙間に潜み、その声に聞き耳を立てるバジル。
「アンヌは何を考えてるの?
バカが掛けた賞金目当てで無抵抗な人間を殺そうとして、その後で無制御の魔法まで放つなんて正気なの?」
「ルーシア、あいつは、シルビア見ると抑えきれなくなるんだ」
「シェス、その気持ちは判るけど、私たちの目的は出来るだけ血を流さずにこの国を変える事よ。
それがパパの願いだから、今後は気を付けるように言って置きなさい」
バジルが本棚の隙間から中を伺うと、隠し部屋の中には二人の女性が居た。
一人は先程のナースの少女のシェス。
もう一人は、先程のルーシェがキャミに下着を身に着けた女性の姿で居る。
そして、彼女は下着の上に白衣を纏い寛いでいた。
バジルは本棚の隙間に身を潜めながら、考えた。
(もしかして、男のルーシェ先生の正体は、ルーシアと言う女性?
ルーシア……。
もしかしてステラお婆さんの孫娘?)
次の瞬間、金髪の不真面目そうな青年が隠し部屋に入って行き、部屋の中の彼女達に話し始めた。
「ルーシア、ここが開けっ放しだと不用心だぞ」
「シグルド、今日は向月葵が満開だから、特別に開けてるのよ」
ルーシアはシグルドの方を向いて口を開いた。
「そういえばこの香りは、ゼファーの親父が大好きだった花だよな……。
そうだ、エリクシールの件だけどな、良くない情報だ」
「シグルド、どうしたんだ?
イザべラが持って居たんじゃ無いのか?」
「それがイザべラの持ち物にな……」
シグルドが端切れの悪い返事をしたのを聞いて、シェスが心配そうに彼を見ている。
その様子を静かに椅子に座り考え込んで居るルーシア。
そして彼女は静かに口を開いた。
「大体検討は付くけど、彼女の持ち物の中に無かったのでしょう。
ここまでは、考えてたわよ。
多分イザべラが何処かに隠しているんでしょうね」
どう言う事か、理解できないシェスとシグルド。
アホウの様な表情を浮かべている。
二人に判るようにルーシアは説明を始めた。
「つまり、いざと言う時の取引に使う為よ。
頭の良い娘ね……。
イザベラを手に入れないと、エリクシールも手に入らない」
「ルーシア、どうすんだ?」
「そうね……」
その話を盗み聞きしたバジルは顔色を変えた。
ローズ(イザべラ)が目的なのは自分達だけではない事に。
(この事を早く帰って、かのん達に伝えないと、絶対にヤバいよ……)
彼は逃げ出そうと、裏口に向かおうとした。
台所の方を振り向くと、ラフな格好をした若い女性の姿が有った。
先程、酒場で大暴れしたアンヌが台所で何か食べ物を漁って居る。
彼女は台所に何も無いのが判ると、大声を上げながらバジルの居る本棚の方へ向かって来ている。
「シェス~ 腹へったな~何か食い物無いの?
裏口開けっ放しで、不用心すぎるよ~隠し部屋見られたらどうするの?」
何も知らない彼女は、バジルとの距離をだんだん縮めて来ている。
バジルは二階に行こうとしたが無理そうだ。
本棚の隙間でがたがた震えていた。
歯もかみ合わずがちがち音を立てている、まるでカスタネットである。
その音にアンヌも気が付いた。
彼女はバジルの方を振り向くと無表情に口を開いた。
「あんた、さっきの酒場でかのん達と一緒に居た子だよね?
此処でコソコソ何をしているんだよ……」
「…ごめんなさい……」
彼女は本棚の隅に隠れて震えている彼を掴みあげると隠し部屋の中に蹴りこんだ。
ルーシア、シグルド、シェスの前の前に転がり込んだバジル。
「おい、これってどう言う事だ?」
シェス引き出しの小瓶を取り出しながら、アンヌを問い詰めた。
「こいつが部屋の中を覗いて居たぞ、たぶん全部知られた」
驚きを隠せない一同の前で、アンヌは腰から短剣を取り出すとバジルの首にあてた。
「可愛そうだけど、あたし達の計画はあんたの命より重いんだよ。
此処に忍び込んだあんたが悪いんだ……。
あたしを恨んでくれても構わないから、諦めて死んで頂戴」
バジルはガタガタ震えて、その眼からは涙が滝の様に零れている。
そして彼は魂の叫びを発した。
「ローズ 助けて―――!!!!」
アンヌが彼の口を押えて、彼の首を切ろうとしている。
シェスは彼女の持つナイフを押さえつけた。
「待てよ、こんな年で恋も何も知らずに殺すのは可愛そうだろ?
どうせキスもした事もないだろうからな」
「シェス、何をするつもりだ?
こいつは生かしては置けないんだぞ」
「オレがキスの一つでも教えてやるつもり、何か文句でも?
おい、お前少し目を閉じな」
バジルはガタガタ震えながら涙が止まらない瞼を閉じた。
シェスは薬をこっそり口に含み、口移しで彼に薬を飲ませた。
「ん? いったい何を僕に飲ませたの?
この体の感覚は何なの?
うぁぁぁぁ……!!!」
バジルの体が熱病に冒されたように熱を持ち始め、臓物をかき回されるような激痛が全身を襲った。
そして彼が意識を失うまで、そこまで時間は掛からなかった。
徐々に薄れゆく意識の中で彼は聞いていた。
「シェスあなたは一体……」
「此れで、彼は死んだ。
早くオレが言う様に準備してくれ、あの叫び声だと時期に奴らが来るはずだ」
シェスは手早く何かの準備を始めていた。
かのん達は未だにこの件を知らずにいる。
辺りにはただ、向月葵の匂いが立ち込めていた。




