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カハタレ・タソガレ

作者: 烏丸 諷路

溶暗 所々にスポット 葉のすれる音

中央に椅子らしき物 上手側にミヅキが座りうつらうつらしている

葉のすれる音が止んだ頃、上手からユウ、鞄を持ち本を読みながら入り


ユウ「(ベンチに座ろうとしてミヅキを見やり驚くが、寝ていると知り静かに鞄を置く。本を読み耽り、ミヅキに構う事は無い)」

ミヅキ「(時折顔を掻いたり頭の位置を変えたりしながら寝まいとするが、意識は遠く半分以上眠りについている。遂には緩やかにユウの肩に頭を乗せる)」

ユウ「(困り顔になるも、起こしては可哀想だとミヅキの頭を肩に乗せたまま、本を読み続ける。しかし誤って鞄を蹴り飛ばして倒してしまい、ミヅキを見やるがまだ寝ている。倒れた鞄とミヅキを交互に見て、鞄を起こしたいが起こしたくないと困り果てる)」

ミヅキ「(構わず寝る)」

ユウ「(観念したように大きく溜息を吐き、本に栞を挟んで空を見上げる)」


葉のすれる音が返ってくる 青に似た緑の光が降り注いで、万華鏡のように移ろいながら地面を照らす

やがて忙しない羽音と共に、鳥の小さく高く通るさえずりが右に左に、ちらりほらりと聞こえ出す


ユウ「(本に目を戻す。光に慣れた目は焦点が合わず、何度か瞬きをして、しかめた顔をする)」


鳥のさえずりが低空を飛び去る


ミヅキ「(鳥に気付き起きる)…(ユウに気付く)あ」

ユウ「(ミヅキとの距離に気付き)おぉっ!(本を投げる)」

ミヅキ「うわっ…(落ちた本の方を向いた後ユウの方を向き)大丈夫?」

ユウ「…何…(言いかけ、「肩を乗せていた事だ」と気付く)…あぁ(本を拾いに行く)」

ミヅキ「重かった?ごめんね?」

ユウ「(本を拾い上げ)いや、随分気持ち良く寝てたみたいですから、起こすのも悪いなぁと思って(鞄を立て直す)」

ミヅキ「でも、嫌じゃなかった?」

ユウ「(ユヅキの方を向き一瞬戸惑って)え?…あぁ、全く。あ、別に下心があるとかじゃなくて、起こしたくなくて」

ミヅキ「(疑り)…ほんとに?」

ユウ「(慌て)ホントですって。ほら、さっきまで鞄、倒れたままだったでしょ?もし気にせず本を読みたかったら、肩をずらして鞄を立て直せた訳ですよ。だから、ホントです」

ミヅキ「…それなら、良いけど…。…(少し厳しく)それと、太陽は直に見ちゃ駄目だよ。目に悪いから」

ユウ「あぁ…はい…(頭を掻き、座り直す。本を読もうとするが、気分になれず鞄に仕舞い、辺りを見渡す)」


右の枝から左の枝へ、また逆に、小さな鳥が飛び回る


ミヅキ「(太陽を見上げる)時間、かかりそうだなぁ」

ユウ「…(横目でミヅキを見やるが、他人事として受け流す)」

ミヅキ「…あと10分、かな(顔を下ろす)」

ユウ「…あの」

ミヅキ「何?」

ユウ「貴女は、直視して大丈夫なんですか?」

ミヅキ「ん?現実を?」

ユウ「それは直視してなきゃ駄目です。太陽をですよ」

ミヅキ「あぁ、うん。(見上げ)私は大丈夫」

ユウ「(おずおずと)目に毒だって言ったのは貴女じゃないですか」

ミヅキ「普通の人は、太陽の明るすぎる部分を見ちゃうからね。それに私は、大丈夫なんだ」


暫く、互いが無言になる 様々な鳥の鳴き声が四方八方から聞こえ、時々葉が激しく揺れるような音がする


ユウ「…太陽、お好きなんですか?」

ミヅキ「別に好きじゃないかな。あるから見てる」

ユウ「(戸惑い)そ、そうですか」

ミヅキ「貴方はここに何しに来たの?」

ユウ「え…あ…(慌て)何でも、良いじゃないですか」

ミヅキ「そうね。興味あっただけ」

ユウ「(暫く考える間を起き)…絵の、題材を探してたんです」

ミヅキ「へぇ?どんな絵を描くの?」

ユウ「風景画です。人を描くと、どうも嘘になっちゃうんですよね」

ミヅキ「嘘?」

ユウ「人も風景も「そこにある物」だけが本物なのに、何ででしょうね。いつも動いているものが止まっているからでしょうか。でも、写真は嘘ではなくて本物なんですよ。変な話ですが、僕はそれが分からなくて」

ミヅキ「…貴方は、草花の匂いって嗅いだ事ある?」

ユウ「え?えぇ。ラベンダーとか、好きですけど」

ミヅキ「じゃあ、空気の匂いは?」

ユウ「…それは、あんまり意識した事はありませんね。都会とここら辺の匂いは確かに違いますけど…」

ミヅキ「人も、草も、空気も、全部一緒よ。皆違うから、皆一緒。ありにままに描いたら、嘘も本当も無くなると思う」

ユウ「(絶句しミヅキを見つめる)」

ミヅキ「ここなら、描く物はいっぱいあるでしょ」

ユウ「(我に返り辺りを見る)…そうですね」

ミヅキ「ゆっくり描いてくと良いよ」

ユウ「…じゃあ、貴女を描いて良いですか?」

ミヅキ「(ユウの方を振り向きかけ)…私を?」

ユウ「はい。(画材を用意する)」

ミヅキ「他にも描く物ならいっぱいあるじゃない。鳥だっているし、少し行けば川もあるわよ?」

ユウ「(用意しながら)でも人間は貴女しかいないじゃないですか」

ミヅキ「貴方さっき「嘘っぽくなる」って言ったじゃない。何も苦手な物描かなくても」

ユウ「(食い)だからこそですよ。苦手だから描かない、なんて、僕は我慢出来ないんです。そうじゃなかったら考え込みませんし、風景だけ描いて満足してます」

ミヅキ「…その満足感を得る為に、ここに来たんでしょ?」

ユウ「(手を止める)」

ミヅキ「ここまで来て、貴方自身が嘘吐いてちゃ駄目じゃない?多分私が言った事で描きたいって気持ちになったんでしょうけど、それじゃ同じ轍を踏むだけだと思う」

ユウ「…人が描けないだけなら、それはそれで諦めます。でも、諦められないんですよ」

ミヅキ「…だけなら?…貴方、生き物が描けないの?」

ユウ「(静かに頷く)」

ミヅキ「…そっか。それでここに来たんだ。…ごめん、もう何も言わないから、好きなだけ居ると良いよ」

ユウ「何か、すいません、気使ってもらっちゃって…(用意する)」

ミヅキ「(見上げ)…まだかかるなぁ…」

ユウ「(用意し終わって)何を待ってるんですか?」

ミヅキ「(見上げたまま)今日、太陽が居なくなるはずなの」

ユウ「…はい?」

ミヅキ「ホントだよ。完全に消えちゃうのは一瞬だけど、その一瞬は太陽が完璧に居なくなる」

ユウ「(笑いながら)いやぁ、居なくなっちゃうなんて事は無いでしょう?そんな世界の終末みたいな事、そうポンポン起こられちゃたまりませんよ」

ミヅキ「(食い)(ユウを見て)ホントだよ!消えるんだよ!」

ユウ「(呆気に取られて)…はぁ…(目を細めて見上げ)…あんなでかい物、早々消えそうにはありませんけどねぇ…」

ミヅキ「ゆっくり消えて、またゆっくり現れるんだよ。都会だとなかなか見れないから君も見られるなら見て欲しいな」

ユウ「直に見るなって言われた手前、何か怖いですよ…」

ミヅキ「その時になったら教えてあげるから、見てみてよ。本当に太陽が消えるんだから」

ユウ「…(思い出したように)あぁ、日蝕の事ですか?」

ミヅキ「…にっしょく?って言うの?」

ユウ「はい、太陽の光が月に翳って見えなくなるんですよ。でも珍しいですね、ここら辺で日蝕なんて」

ミヅキ「そうかな…私は前に一回見た事あるよ?」

ユウ「上手い事居合わせたんでしょうね。なかなか見れるもんじゃないですよ」

ミヅキ「そうかぁ…じゃあ私、かなりラッキーなんだね(笑い見上げる)」

ユウ「(携帯を取り出し少し弄るが、「あぁ」と小さく声を上げしまう)」

ミヅキ「…夏だったら、雲が無くて見やすいんだけどね」

ユウ「(声に気付き見上げる)そうですね。春の空は淡い色ですから、特に。夏ほどハッキリしていませんから」

ミヅキ「私には、浮ついた色に見える」

ユウ「あぁ。どっち付かずで雲に隠れたりしますからね。(色鉛筆を取り出す)その点秋の空は宇宙まで見透かせそうな色ですよ」

ミヅキ「うん、私も秋は好き。春に芽吹いて夏に育ったものが、色付いて形になって衰えていくって、全部が詰まってるから」

ユウ「盛者必衰…は、違うか。何でしたっけ…」

ミヅキ「無常観、じゃない?常に万物は一所に在らず、ってやつ」

ユウ「あぁ、それです。(首をもたげ)あぁ…」

ミヅキ「首、疲れちゃった?」

ユウ「えぇ、流石にずっと上向いてるのはしんどいです。疲れないんですか?」

ミヅキ「こういうの、好きだから」

ユウ「…あの」

ミヅキ「(ユウの方を向く)ん?」

ユウ「…貴女、お名前は?」

ミヅキ「…ミヅキ。深いに月で、ミヅキ」

ユウ「(戸惑って)…良い、名前ですね。僕はユウって言います。夕方のユウです」

ミヅキ「…女の子みたいな名前だね」

ユウ「どっちも付けられますからねぇ。気に入ってますよ、僕は」

ミヅキ「そっかぁ。なら良いと思う。(再び見上げ)…今日は居なくならないのかなぁ…?」

ユウ「…明日、かも知れませんよ?」

ミヅキ「…そうかな。そうだったら、ちょっとガッカリだけど」

ユウ「(見上げ)賭け、しませんか」

ミヅキ「賭け?」

ユウ「今日出たら貴女の勝ち、出なかったら僕の勝ち」

ミヅキ「(ユウの方を向く)…帰らなくて良いの?」

ユウ「日蝕なんて簡単に見られるものじゃないですからね」

ミヅキ「でも、誰か心配するんじゃない?」

ユウ「…多分心配はしてないと思いますから大丈夫ですよ」

ミヅキ「何か、薄情な人」

ユウ「僕がですか?」

ミヅキ「いや、待ってる人が」

ユウ「んー…薄情…ではないかな。サバサバしてる、って方が合ってますよ」

ミヅキ「なるほどねぇ…」


風が吹くたびに光が揺れる


ユウ「(絵を描き始める)」

ミヅキ「何の絵描いてるの?」

ユウ「あんまり決めてないですねー。葉っぱが綺麗なので、緑を塗りたくなったんです」

ミヅキ「…ここってさ」

ユウ「はい?」

ミヅキ「なかなか人来ないんだよね」

ユウ「(筆を止めて絵を見つめ)…確かに」

ミヅキ「だから、私ここが好き。人の声って時々怖くなるじゃない?」

ユウ「…やっぱり僕、帰りましょうか」

ミヅキ「ううん!そういう事じゃ無いの!邪魔とか全然思ってないから!」

ユウ「…それなら良いんですけど…」


暫し沈黙


ユウ「(鉛筆を止めて)…昔、僕の知り合いに小説家が居ましてね」

ミヅキ「(興味を示す)」

ユウ「僕はその人の小説で日蝕を知ったんです」

ミヅキ「…どんな小説だったの?」

ユウ「主人公の女はしがない小説家。まぁ自分と重ねたんでしょうね。そして男は、絵が嫌いな画家でした。二人は同じアパートに暮らしていて、存在は知っていても別に話す訳でもなく、干渉し合う事が全く無い二人でした」

ミヅキ「ふんふん」

ユウ「ある日、大家の出した小火が大きくなり、アパートは全焼。入稿寸前だった女の小説と、渾身の出来だった男の絵は全て灰になってしまい、二人は絶望のどん底で、お互いを知り合うんです」

ミヅキ「何か、凄い始まり方だね」

ユウ「酷い話ですよ。僕は止めたんですけどね。これだけは書き上げたいって、物凄く強情で」

ミヅキ「それだけ、その小説に気合が乗ってたのかな」

ユウ「多分。…それで二人は恋人になるんです。喧嘩しつつもお互いに感化されて、二年が過ぎました。ふと女が、「焼けた小説と絵の題材を、互いに書きたい」と言ったんです」

ミヅキ「…つまり、女の書いてた小説を題材に男は絵を、男の描いてた絵を題材に女は小説を書く、って事?」

ユウ「はい。男は面白がってそれに乗り、二人は書き始めます。…そこで、小説は止まってるんです」

ミヅキ「まだ完成してないの?」

ユウ「そこから先はその人が見せたがらなくて、僕はまだ読んでません」

ミヅキ「…で、何で日蝕を知ったの?」

ユウ「女の書いてた小説が、日蝕に関わりのあるものだったんですよ。ある人を月、ある人を太陽に見立てた、って書いてあったはずなんですが」

ミヅキ「…(溜めて)そっかぁ。面白そうだね、それ。出来上がったら、また聞かせて?」

ユウ「…そうですね」

ミヅキ「…ねぇ、どうして太陽は居なくなっちゃうの?」

ユウ「…太陽が、月に隠れちゃうんですよ」

ミヅキ「光を掻き消しちゃうのかな。何か、嫉妬深いんだね、月って」

ユウ「嫉妬深い?」

ミヅキ「自分は光れないから、妬んで太陽の邪魔してるみたい」

ユウ「…もしそうなら、太陽の光を隠し切れない月は、慈悲もあるんじゃないですか?」

ミヅキ「ただドジなだけだと思うよ?」

ユウ「あぁ…なるほど…。ミヅキさん、なかなかロマンチストですね」

ミヅキ「そうかな?考えがお子ちゃまなだけよ」

ユウ「僕は好きですよ?そういうの」

ミヅキ「ふふっ、ありがと(と言って、見上げる)…待ってる人は、その小説家さん?」

ユウ「(驚くが顔には出さず)…えぇ」

ミヅキ「早く書き上げて欲しいね」

ユウ「…そうですね。早く続きが読みたいです」

ミヅキ「…ねぇ、ユウ君」

ユウ「ん?」

ミヅキ「私の事、描いて良いよ」

ユウ「…良いんですか?」

ミヅキ「うん。さっきの話聞いたら、私もその気になっちゃった」

ユウ「気分だけで動くなって言ったのに…」

ミヅキ「いいの!それはそれ、これはこれ。ね?」

ユウ「…(微笑んで)良いですよ。描きましょう」


新しい画材を用意する


ユウ「上手く描けなくても、怒らないで下さいね」

ミヅキ「うん、大丈夫、私」


言いかけて、辺りが翳る 木々が一層強くざわめく


ミヅキ「(見上げ)…雲?」

ユウ「(見上げ、驚く)来た!」

ミヅキ「え?何が?」

ユウ「(力強く指差し)あそこ!」


溶暗からゆっくりと暗転

OFF


ミヅキ「…「うわぁ…」」

ユウ「「凄い…こんなに暗くなるんだ」…」

ミヅキ「…「こうやって見ると、月って太陽の事、嫌いじゃないのかも」」

ユウ「…「男に惚れた女があえて鋭く言葉を吐くように、月は嘯いて自分をやり過ごしてるだけなんですよ、多分」」

ミヅキ「「でも、私はもう少しストレートに物事を伝えたいかも」」

ユウ「「…どうぞ?」」

ミヅキ「…「…」…」


溶暗から明転。見上げる二人。


ミヅキ「(顔を下ろし)…消えたでしょ?」

ユウ「(顔を下ろし)…えぇ」

ミヅキ「…ってかごめんね?迷惑じゃなかった?」

ユウ「全然!(キャンバスを見て)…出来上がりましたよ」

ミヅキ「…ホント?」

ユウ「ほら(と、キャンバスを前に向ける)」

ミヅキ「…(微笑み)ありがと」

ユウ「…(微笑み)いえ」


ユウの携帯が鳴る


ユウ「(携帯を取り)…もしもし。…凄いな、太陽の力は。ここ電波繋がらないと思ったのに。…ホントだよ。…うん。分かった。じゃ(電話を切る)」

ミヅキ「…電話?」

ユウ「えぇ。…一緒に、ご飯でも食べませんか」

ミヅキ「え、良いの?」

ユウ「何があっても、お腹は空きますから。オムライスの美味しいお店、知ってるんです」

ミヅキ「…私、オムライス好き」

ユウ「顔に描いてありますよ」

ミヅキ「嘘だぁ?」

ユウ「ハハハ…。…じゃあ、行きましょう」


ユウ、荷物を持ち、ミヅキの手を取る


ミヅキ「…うん」


手を引かれ、ハケ

木々のざわめきと、鳥のさえずりがF・Iしつつ、照明F・O

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