諦める理由
「はぁッ・・・・はぁッ・・・はあッ」
伊島宏助は、砂埃にまみれた集会場で肩を大きく上下させていた。
通常、人外である宏助が、「息が切れる」、「疲れた」などという肉体的な疲労現象はほぼない。
しかし、先ほど行った『吸引&吐出』では、周囲の空気が真空状態になるほどの空気の吸引を要する。
並外れた肺活量があってもその全てを収納することが出来ず、気管から空気が漏れ出し、身体中に存在する隙間という隙間に空気が流れ込んで、
身体がぶくぶくした膨張体になってしまう。
その空気を今度は思い切り出したのだ。いくら人外でも身体や肺の急激な膨張と収縮で、身体中に痛みが走っていた。
その代償と言っては何だが、宏助の口から出た空気とこの集会場の唯一の空気の通り道となっていた宏助のぶち壊した壁の穴からの空気の勢いに
押されて、向こう側の壁にまで吹き飛んでしまっている。
その空気の勢いで、壁には大穴が開き、瓦礫が積もっているから、もうこの技は使えない。
清明はどこだろうか、あの瓦礫の下に埋もれただろうか。
ちなみに他に集会場にいた魂の無い人体は『吐出』のときに全員吹きとんだ。
魂が入っていないと人体は何の機能もなさず、何のエネルギーもない。
とても体重が軽い人体は、既に宏助と清明が戦闘を開始していた時点で、ドミノ倒しのようにどんどん横に倒れていった。
今や集会場の外の庭に山積みのように人体が横になっている。
清明を吹き飛ばした方はステージ側だったので、誰もいなかった。
集会場のあちらこちらに人が倒れているのが見えるがどれも外傷がある訳ではなく、無事のようだ。
ふぅ、と宏助が息切れではなく安堵の溜め息をつくと、
「あらぁ。こりゃちょっとやり過ぎじゃないかね?」
とてつもない殺気に息が止まるかと思った。
見ると、崩れた瓦礫の上に、清明があの黒々しい魂の状態で浮いていた。
清明は現実世界のモノに触れられるから、空気の攻撃は受けたはずだがさっきとあまり変わったように見えない。
ダメージの跡が無い。
否、変わっているところはあった。
清明から放たれる、魂ではないどす黒いオーラ。
口調こそ冗談めいているものの、宏助は清明から一瞬でも目を離せば死ぬ、と思っていた。
それほどまでに圧倒的な「強者の威圧」。
平安時代から生きた日本随一の霊能力者である安部清明としての気迫が宏助を動けなくしていた。
「肉体は大事な『兵士』だ。困るんだよね?勝手にこんなことしてもらっちゃあ」
口調は軽い。しかし、宏助への殺気は一向におさまる気配を見せない。
「蹴られ、吹き飛ばされるなんて長い人生の中でもなかなかない経験だよ・・・・」
宏助は何も言わない。何も言えない。
清明の吐き出す言葉を聞くことしか出来ない。
息を吐くことすら出来ないこの状況。
そして、
「どれ?場所を変えよう」
清明がそう告げた瞬間、宏助は後ろに向かって思い切り吹き飛ばされた。
実際は、瞬速とも呼べる速さで清明から黒々しい魂が飛び出し、宏助の身体全体を連打したのだ。
あまりの速さと衝撃の強さに声を出すことすら忘れてただその衝撃に身を任せるしかない。
身体全体から力が抜けていくが、そんなことすら気に出来ない。
この速さと衝撃はさっきまで闘っていた時の比にならない。
つまりさっきまでは全力ではなかった。
これが清明の本来の力なのだ。
人外である宏助の反射速度と防御能力も追いつかないほどの強さ。
軽く絶望しながら背中に当たる壁や壁や壁や壁の感触を感じながらそれらが破砕してゆく。
数々の部屋や壁や何やらを突き破りながら、やっと勢いが弱まって地面にゴロゴロと衝撃の余波で転がる。
(ここは・・・?)
頭がグワングワン揺れ、身体は何の所々服が破れ、身体から外傷、内出血が多数見られる。
その代わり身体のどこにも力は入らず、宏助は急いで聖気で宏助の魂を侵食していた清明の魂を浄化する。
身体に力が入ると同時に、今まで感じなかった痛みが急激に襲い掛かってきた。
身体中が打撲、骨折しそれらが人外の自然治癒能力で体内で直っていくのが感じられる。
しかし、痛みはなかなか治まらず、身体も治癒中では動かせない。
地面に横たわりながら、宏助は清明の圧倒的実力に戦慄していた。
たかが一撃でここまで追い詰められるとは思わなかった。
宏助がいたのは集会場だが、そこから何百mと離れた大きな芝生の広場のような所に吹き飛ばされたらしい。
あの攻撃で宏助の意識は半ば朦朧とし、身体中には激痛、そして多くの傷跡が残る。
しかし、いくら倒れていても清明が来ないという保障はない。
宏助は身体に鞭を振るい無理やり起き上がろうとしたとき、
「そのまま平伏せ」
本当に鞭を振られたような衝撃が宏助の背中に再び激痛をもたらした。
「んらあああああッ!!!」
「・・・・!!!」
屋上に着くなり問答無用に目に入った死神を一人再起不能にさせる。
どうやら屋上の入り口の警備をしていたらしい。警備の「け」の字も果たせない間に倒れたが。
まず視界に入ったのは大量の光を放っている大きな光の渦。
小さい球体・・・・おそらく人間の魂が何百何千何万と渦を巻き、常にひしめき合っている。
それをこの場に纏め上げているような死神が数百人ほど。
屋上は最早、死神に完全に占拠されていた。
その魂の渦の傍らには死神たちが持つ特有の武器が重ねられている。
零からの情報が正しければ、あそこには集会場に集められていた人間の魂が収められているはずだ。
「貴様ッ!真ッ!」
屋上の警備をしていた他の死神共が真を見つけて殺気だって近づいてくる。
「・・・・・ッ!今はお前らの相手をしている暇はねぇッ!」
真はそこから全速力で駆け出した。
それでも向かってくる死神は聖気で蹴散らす。
とにかくあの魂の渦に聖気が投入される前にそれを防がないと、終わる。
だが、あの魂の渦の周りには数百名の死神がひしめいている。
あそこに突入するのは少し無謀だと踏んだ真は、
「おいッ!真がそっち行ったぞ!」
「こちらは今手が離せない!そちらで対処しろッ!」
「・・・・・お」
とてもいい事を聞いてしまった。
真が来たことを魂を制御しているグループに伝えたものの、魂を制御している数百人のグループは、魂に載ったり、手で抑えたり、
して制御するのに必死で、全くこちらを向かない。
はたから見たら気違いだが、顔は真剣そうだ。
なるほどこれほどの量の魂をこの場に止めるには相当のエネルギーが必要なのだなあ、と他人事で考えている真である。
と、言うことはこの数百人以外の百人しか動けない。
そして、あの魂すら浄化すれば、『ALLDY』を阻止できる。
「面倒くさいのは嫌い何だよな・・・・」
ここにいる自分を敵対視した死神百名、魂を制御している死神数百名、何百何千何万の魂。
それらを全て対処するには、かなりの時間がかかるはずだ。
勿論、それをそれぞれ対処すれば、だが。
「一気にやればいいだろッ!」
全て同時に対処すれば、時間はかからない。
『・・・・!?』
思い切り跳躍して空中に飛び上がる。
傍から見れば身動きの取れない空中に移動した馬鹿に過ぎない。
死神たちの遠距離攻撃にあっさり捕らえられてしまうだろう。
しかし、真の手元には先ほどから溜めていた聖気があるッ!
「流星群ッ!!!」
その溜まった聖気を分散し大量に発散。
この場にいる全ての魂目がけて放たれる。
その聖気は侵食性。あっと言う間にその魂を喰い尽す。
真の全体攻撃。それによってこの場の事態は収束されると思われた。
しかし・・・・・
「おいッ!嘘だろ・・・・・」
なんと、死神たちが皆、最後の抵抗として、魂の渦の中に入ってゆく。
しかも、あろうことか真が唯一攻撃目標としていなかった集会場にいる人間たちの魂まで持ち去ろうとする。
「おいッ!やめろッ!」
いそいで、地面に着地しつつ、持ち去ろうとする十名ほどに聖気を連続して放つ。
その聖気は一瞬で、その場にいる人間を行動不能にする。
しかし、その一瞬が致命的だった。
行動不能になった死神は笑みを湛えている。
(しまッ・・・・・・)
気付いた時にはもう遅かった。
コイツらの相手をしている間に他の死神が全員魂の中に入ってしまっている。
魂の渦には、大量の侵食性の聖気を放った。
これにより『ALLDY』発動前に、あれらの魂を浄化できるはずだった。
しかし、死神たちが入ったことにより、状況は変わる。
あの魂の渦の中には、大量の魂と、侵食性の聖気が加わる。
本来は浄化し、聖気は消費されるはずだったが、あまりにも多い燃料とあまりにも多い聖気。
真の聖気は全て侵食性の為、最初、侵食された魂は聖気になる。
つまり、自動的に死神たちの魂は聖気となり、あの魂の渦に放ったのも同じ侵食性の聖気だ。
魂の渦に対しては少なすぎないように放った量の聖気だが、
聖気になりかけの、まだ魂とみなせる魂が数百も入れば話は別だ。
聖気は即、このままでは浄化不可能だと踏み、勝手に侵食をはじめ、あの死神を含めた魂の渦を莫大な聖気に変えるだろう。
これは、当初の計画を外れていても、結果として多量の聖気を生み出し、『ALLDY』を完成できる。
魂から生まれたエネルギーは自意識を持って動くー
おそろしい聖気の力を目の当たりにした気がする。
(んん・・・・・・・喰われるッ・・・!?)
しかし、この莫大な量の侵食中の聖気の近くにいると真の魂が危ない。
真は身の危険を感じ、すぐさま、離れる。
しかし、その場に倒れていた行動不能にした死神たちの魂の『核』は持っていかれてしまう。
どんどんと魂を吸収し、莫大な聖気が生み出されてゆく。
(これが・・・・『ALLDY』・・・・)
真は少し離れた距離から、莫大な魂が段々と白い光を放ってゆくのを見つめる。
(ゴメン・・・・麗。俺は・・・・・・・)
真は心の片隅から絶望が真を侵食し始める音を聞いたような気がした。
(ゴメン・・・・・真。私は・・・・・・・)
麗は心の片隅から絶望が麗を侵食し始める音を聞いたような気がした。
敵はまだどれだけ少なく見積もっても百名。
たいしてこちら側の手勢はもう10といない。
侵食性の聖気が含まれた銃弾を使っても難しい。
実力はともかく、数が絶望的だった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
弾倉を替える手が震える。
「麗さん!しっかりして!」
「・・・ッつ!」
気付いたときにはもう遅い。
敵の一人が麗に向かって蹴りを繰り出してきた。
それを仲間の一人が横から銃撃で応戦する。
麗に蹴りが当たる直前で敵は侵食性の聖気の餌食となった。
だが・・・・
「え・・・・」
「ぐはああああああああああああ」
麗を援護した仲間が逆に気を逸らし、敵に思い切り殴り倒される。
床がミシリとなりそのまま叩きつけられるように仲間がまた一人倒れた。
(もう・・・・・無理なのかな・・・・)
麗の全身から力が抜けていくとき・・・・
(・・・・!?)
視界に、あの死神三人が持っていた武器が映る。
あれは使えないのか。その疑問が宿ったのは一瞬だった。
麗は、弾倉を思い切り周りの敵に投げる。
弾倉から飛び出した銃弾が散乱し、聖気を纏った銃弾が一瞬だけ、敵の動きを鈍らせる。
その一瞬を麗は見逃さない。
そこから地面を蹴るようにして思い切り全力疾走。そして、地面に転がる彼らの武器に飛びつくようにして転がり込む。
(どうせ、やられるんだったら・・・・・やるだけやってやるっ!!!)
麗の望みに応えるように握った一本の鎌は、光を放ち始めた。
「もう諦めたらどうだ?」
「・・・・・ッ!!!」
宏助はその安部清明の屈辱的な言葉にただ歯軋りをするしかない。
それほどまでに宏助の状況は絶望的だった。
無限とも思える相手の魂を喰う清明の術。
それを防ぐように宏助も聖気を展開しているが、量も質も段違いだ。
宏助のは真のもらい物で、しかも量に底がある。
一方、清明は他人の数百数千にのぼる魂を自分の強大な霊能力で自分のものとし、相手の魂を喰らう術まで持たせている。
量は無限、質は最高。
最早、魂を喰われそうになっては、聖気で浄化するの繰り返し。
いつか宏助の聖気がなくなり、ジリ貧になるだけだ。
事実、宏助の魂はともかく肉体はボロボロで、いまも立ち上がるのも辛い。
立ち上がってもまた清明の魂を聖気で浄化しては攻撃は一発も当てられないだけ。
それでも、
「それでも、『諦める』なんて出来ねえんだよ・・・・」
「・・・・うん?」
「たとえ俺がどんなに弱くても、ジリ貧でも、聖気がたいしたことなくても、勝てそうな可能性が全く無くても、
俺がここを諦めたり、引いたりする理由には全くならねえんだよッ!!!」
「・・・・へえ。なら・・・・引くなよ」
清明は宏助の必死の言葉をいとも簡単に消化し、再びあの魂を出し始める。
「ああ、ひかねえよ・・・・・」
宏助も拳に聖気を纏い、応戦の準備をする。
どうせ、このままいってもジリ貧になるだけだ。だったら思い切りやってやろうじゃないか。
ほとんどヤケクソ気味で宏助は清明に向かって疾駆する。
「自分から向かってくるとは愚かで愚かで愚かで愚かだね!?
いいさ。今ここで叩き潰してあげるよ!」
清明も先ほどまでとは違う量と質の魂を放ち始める。
「聖火聖灯流々(りゅうりゅう)乱舞ッ!!!」
聖気を身体のあちこちに纏い、宏助の持てる体技の全てで攻撃を放つ。
「・・・呑」
その必死の攻撃を清明はやはりどことなく退屈そうに当たり前のようにあの魂で呑み込む。
そして、宏助の視界を黒いものが覆った後には、
ただ、当たり前のような静寂があるだけ。




