吸引(バキューム)&吐出(リバース)
若菜真はひたすら屋上を目指して走る。
人外である真の全力疾走は、ゆうに時速60kmを超えていた。
しかし、それでも遅く感じられる。遠く感じられる。屋上への道のりが。
今起きているのはそれ程の突発事態だった。
周囲に大量の聖気を同時に放出し、三人の技を打ち消すと共に無力化まで成功した。
そして、例の如く、中枢神経を聖気で支配し、真の命令に絶対服従するように仕掛ける。
どうせ真の質問に素直にはい、そうですかと応じるような連中ではない。
勿論、質問相手は一番情報を知ってそうな零だ。
有馬と焔は体を一切動かせず、生命活動だけを維持する器官以外は全て浄化して転がしてある。
「おい。答えろ零。『ALLDAI』とは何だ?
今ここでの清明の目的とは何だ?」
まるで機械のようになった零は真の質問に感情の篭らぬ声でそれこそ機械的に答える。
自分でやっといて何だが、少し気持ち悪い。
「『ALLDAI』とは、広範囲の現存する魂を全て肉体から離脱させる術。
人は死んだ扱いとなり、幽霊に。幽霊はそのまま成仏する。
その範囲は推測の範囲内に過ぎないが、半径1km程度ではないかと言われている。
半径1km以内の人間を全て死滅させるこの術があれば、神条家は、清明は一国家以上の莫大な軍事力を要せる。
しかし、それほどまでに危険な術だからこそ、リスクも存在する。
『ALLDAI』では、ほぼ一億人ほどの魂を必要とする。
この一億人の魂に少しだけ聖気を加える。
すると浄化しきれない程の量を与えられた聖気は」
「・・・・・魂を侵食し、聖気に変え、聖気そのものを増やしたところで全体を浄化しにかかる」
真は話の腰を折って呟いた。
現にあのSPが使用している銃弾がそうだ。
ほんの少量の聖気を銃弾に含ませておくと、その聖気は更に聖気を欲する貪欲な侵食性の聖気へと変貌する。
これはつい最近。神条家別邸のSPになってから知ったことだが,既に清明は知っていたようだ。
「・・・・ここで空気中に留まる限界値を超える大量の聖気が生成される。
そして聖気は空気中に留まることが出来なくなり、広がる為に爆発的な膨張を開始する。
この膨張の範囲が半径1kmという距離。そして、この膨張そのものが『ALLDAI』だ。
この膨張に呑み込まれた生物の魂は皆侵食性の聖気の餌食となり、次々と肉体から分離、放っておくと成仏する。
『ALLDAI』に要する一億人分の魂は既に集められている。
そして、今清明様はここにいるお前ら以外の人間全ての魂を肉体から分離させた。
現在神条家本邸に存在する魂は、我らが集めた魂を除くと約数万。肉体も数万体存在する。
つまり、この数万人の人間を死神化させられる。しかし、それだけでは『ALLDAI』の意味がない」
真はゾクリと、背筋に冷たい物が走るのを感じた。
そんな真の心情にも気付かず無機質な声で零は続ける。
「この『ALLDAI』の意味は、『中途半端な聖気』を作り出すことにある。
例えば、最も純粋な聖気を作るとしよう。しかし、これは強力過ぎて操れるのは魂が適合する一部の人間しかいない」
これは真のことだ。あの阿部清明ですら、魂が適合しない為、純粋な聖気を操ることは出来ない。
「しかし、『ALLDAI』によって造られる聖気は、違う。
聖気に対して魂の量が多すぎる為に、造られる聖気が中途半端に、完全な聖気ではなくなる。
この中途半端な聖気ならば、どんな人間でも操れる。
つまり、『死神化している上に、聖気を操れる人間の軍隊数万人』を『ALLDAI』は造ることが出来る。
例え、その聖気が中途半端でも、効果は既に若菜真によって実証済み。
完全な聖気であれだけの戦闘能力の向上が見込めるのならば、不完全でも数万人単位となれば質など最早問題にならない」
「・・・・ッ!!!それはどこ行われているッ!」
声を荒げて真は零に質問する。こちらがそう仕向けたはずなのに、それでも不気味に感じる無機質な声。
その声が今は現実味のないものに聞こえる。別世界からのアナウンスのように聞こえる。
それほどまでに、零の話は衝撃的だった。
「場所は、屋上。死神全軍が作業に取り掛かっている。
ここにいるSP含めた神条家本邸に存在する貴様らと、貴様らと戦闘中のSPを除いた全ての人間の魂は死神たちの武器に保存され
ている。
『ALLDAI』の発動時間まで残り五分間。
発動してから二十分後きっかりに聖気の大膨張が始まり皆を飲み込」
「・・・・・・!!」
そこで零の言葉が唐突に途切れた。どうやら前と同じように時限式の聖気が組み込まれていたらしい。
残りの無力化しておいた二人も最後の魂が完全に時限式の聖気で浄化されている。
零も最早生命活動はしていない。時限式の聖気に魂の全てを奪われたのだろう。
真は震えていた。
清明の仲間をいとも簡単に殺す腐った根性に、ではない。そんなものは既に経験済みだ。
時限式の聖気にしても、『ALLDAI』にしても全て、
(俺の聖気が関わっているッ・・・!?)
全部俺が完成させた『聖気』がベースとなった作戦である。
聖気は確かに万能で、生物全てを平等に無力化する清明でも操れない無限エネルギー。
だからこそ、真がいなければ完全な聖気など完成しえなかった。
おそらく奴らは前々から、真の純粋な完全体である聖気を保管していたのだろう。
そして、その聖気による実験で、この使用方法を思いついた。
別に真は聖気を所持したことは後悔していない。
この力のお陰で大切な人を護ることが出来る。宏助やSPのパーワーアップにも使うことが出来る。
だが、その大切な人を護ることに使う聖気が同時に、大切な人を傷つけることに使われているのが問題だった。
この力のせいで、かつての同志は。ただ清明の操り人形にされ、負ければ証拠隠滅として消される。
そして、人を人とは思わない攻撃にまさにこの聖気が使われようとしている。
だから、という訳でもないかも知れない。必ず誰かが止めなければならない。
それでも、止めるのは絶対に真の役目だと、真自身が自負していた。
(必ず・・・・止めてみせるッ!)
真は一歩一歩を踏みしめるように、屋上へと向かう通路、階段を全速力で駆けていった。
その頃、宏助は同じように全速力で駆けていた。
本邸から集会場へと庭や瓦礫や部屋や通路や塀や壁を走って走って走ってゆく。
足は止めないし、何も迷わないし、何も考えない。
何も考えない、という言い方には語弊があったか。
走ること、清明を倒すこと。その二点のみしか考えない。
初めて来た『半径1km』の広大な敷地を有する神条家本邸を記憶だけで集会場を目指すのは難しい。
だが、視力推定10.0以上の宏助には楽に見える。魂を見ることが出来る宏助には楽に見える。
人間の魂が次々へと神条家の屋敷の屋上へと上昇し、集まっていくのが分かる。
あの屋上に行けば、また何かあるかもしれない。
しかし、清明は集会場にいる、と言う。ということは集会場で何らかの操作をしてああしているのかもしれない。
とにかく集会場に行けば何かが分かるはずだった。
あんな人間の魂が幾つも集まっていく光景なぞ、見ていて気分の良いものではない。
あれが、異常な事態だというのは理解出来る。
と、するとあの異常な事態の近辺にこの事態の発生源がいるはずだ。
宏助はその発生源を目指してひたすら走る。
やがて、見えてくるのはかなりの大きさを有する建物。
外から見るとドーム型になっていて、これが『集会場』かと昼間行っていた宏助にはすぐに分かった。
躊躇う必要などない。宏助は、集会場の壁が見えた途端にその壁を思い切り蹴破った。
流石神条家本邸。鉄筋コンクリートと鋼鉄いくつもの緩衝材などで強固な造りとなっている。
勿論一瞬で蹴破ったが。
けたたましい音を立てて宏助は瓦礫を踏みながら集会場へと入る。
そこには昼間見た宴会じみた風景が広がっているはず・・・・なかった。
そこは、誰も動かない、静と死の空間だった。
先ほどまで騒ぎ合っていた神条家の人間やSP、召使やウエイター。
その全員が綺麗に整列し、『止まっていた』。
それは、無理やり自分の体の動きを止めていたり、逆に誰かが動きを止めている訳でもない。
体全体の動きなど勿論、筋肉、心臓の鼓動、呼吸すらも止めているように見えた。
つまり、彼らの生命活動そのものが止まっていた。
死んだ人間が立ち尽くす異常な光景の中で、唯一動くものがいる。
それが、普段なら正常であるはずだが、今は動く、ということすら異常。
つまり、この異常の中心にある正常はこの異常たる出来事の最たるもの。異常の中心であった。
その異常の中心がこちらを向き、声を発す。
「やあやあ。ちょうど良かった。今、『作業』が終わったところだよ」
黒々しい魂が和服姿に烏帽子を被った男と思われる形を造っている。
先ほどまでその魂の器になったらしき暗が地面に転がっている。
つまりは、ソイツが・・・阿部清明がこの異常の中心だった。
見た目は不気味、雰囲気は異常。しかし、宏助は相手に歩み寄ることを止めない。
「・・・・何してたかはしらねぇが、どうせロクなことじゃないんだろうな?」
現に止まっている彼らの魂が見えない。誰一人ここには魂を持っている人間がいない。
先ほど見たあの上昇していく光が彼らの魂だったのだろう。
ー清明は彼らの魂を独占している。自由に操ることが出来るー
明の台詞を思い出し歯を噛み締め、拳を握る。
「そんな言い草はないだろうに。これが成功すれば君だって僕の仲間になれる。
これから世界を動かす者の一員だぞ?」
「何を言っているかよくわからねぇが、とりあえずよからぬことを企んでいるのは分かった」
宏助はそのまま足を素早く動かし清明に接近しようと近づく。
「・・・・・手を出さなければ良かったのにね」
清明が静かに呟き、そして、
「・・・・ッ!」
残り清明まで10m足らず、というところで、清明は自分自身の体から黒々しい魂を一気に放出した。
それぞれが細長い形状をしており先端が尖っているように見える。
そのままその槍のような魂は槍のように宏助の方に突き出されてきた。
「うおおおらッ!」
咄嗟に聖気を拳に纏わせ、槍のような魂を砕いていく。しかし、
(聖気が・・・・・喰われる・・・ッ!)
黒々しい魂に触れた聖気は、その魂を消す代わりに蝕まれるように消滅してしまう。
そのため、次々と新たな聖気を生み出さなければ、防御すらままならない。
「・・・・・こいつは・・・・」
「こいつは聖気すら相殺する侵食性の『闇』の性質を持つ魂だ。
魂を何百人、何千人と、元の霊能力を取り戻す為に取り込んだからね。
元の性質が中性であれ、魂は感情の余波を受けやすい。
僕が神条家に対する復讐心、憎しみを抱くたびにこの魂はその『負』の感情をダイレクトに受け取ってこのようになったのさ。
むしろ、この相手の魂を食い尽くすまで止まらない貪欲なコイツを相殺出来る聖気の方が凄いと思うよ」
わざわざご丁寧に説明してくれるのはありがたいが礼何て言っている暇ではない。
これは、この魂は、他の魂を『喰おうとしている』。
この魂に呑み込まれたが最後自分の魂はコイツらと一体化してしまうだろう。
聖気すらもこの魂前では、消費した聖気の分しか相手の魂は浄化出来ない。
しかも量的にどう考えてもこちらが不利だ。
こっちは真からもらった少量の聖気を体内で生産しているに過ぎない。
それに比べてあっちは、何百、何千の魂がまるごとこうなのだ。
まともにやっていても勝てる訳がない。
(いや・・・・突破口はある)
宏助は自分の元に突き出される槍たちが出ている中心部を見る。
そこには人の形を取った同じように黒々しい魂。
清明は他人の魂を侵食することで、自分の魂のように操ることが出来る。
と、いうことは侵食した親元がいるはずだ。
先ほども清明は俺に突然不意打ちをされたときはしっかり吹き飛んでいた。
つまり、清明の元の魂。人体を司り動かしていた清明の本物の魂なら攻撃は与えられる。
現に今この槍のようになった魂を破壊しても奴は全くダメージを受けていない。
しかし、明のときはダメージを受けたと言うことは、必ず何か動作をするときは親元の魂が出てきている訳だ。
それはそうだ。いくら他人の魂を自分の魂のように動かせても、
他人の魂に自分の代わりをさせることは出来ない。
言うなれば、人形をいくら上手に操れても、人形に自分の代わりはさせられない。
そして、今おそらくこの槍の放出源となり、人の形を取っているあの魂こそが本体に違いない。
あれを叩けばダメージが与えられる。
「うおおおおおおッ!!!」
「・・・・ッ!?」
宏助は槍の一本を足に聖気を纏わせその上を疾駆。跳んで、清明に急接近する。
「これでどうだぁッ!」
走ってきた槍から飛び降り拳を振り出そうとしたところで、
ピタッ
宏助の拳は清明を殴る寸前の所で停止した。
「僕が本体だって気付いたのは良かったけど、だからと言って攻撃が当たるわけじゃないよね?」
「クッ・・・・!」
先ほどまで相手をしていた槍が宏助の体に今度は縄のようになって絡み付いていた。
当然腕も縛られ、宏助は空中で身動きが出来ない。
黒々しい魂に触れた部分が侵食されているのが分かる。力が抜けていく。
「ははッ!これで君も終わりだね?」
「いいや、ここまで近づければ充分」
「・・・・ッ!?」
確かに体のほとんどの部分は動かない。侵食されてる。
空中で身動きもとれない。いや・・・・
「吸引・・・・」
口なら動く。
「はァッ!」
宏助は思い切り当たりの空気を吸い込みはじめた。
スウゥウゥゥゥウゥゥゥゥゥウ
空気が宏助の口の中に入る音が鳴り、清明周辺の空気が一瞬にして食い尽くされていく。
通常、空気は大気中そこらに存在するため少し吸われても周辺の空気がそれを補う。
だが、一瞬にして膨大な量の空気がなくなったら?
もの凄い勢いと速度で周辺の空気がそこへ流れ込む。
そこで宏助は、宏助が壁を壊して侵入したところ以外は完全な密室であるこの集会場の空気を一瞬にして吸い尽くし、
真空状態にする。
宏助の身体が滅茶苦茶膨張した。
「・・・・!?」
清明は何が起こったのか混乱して掴めていない。
今この空間は真空状態。残り1秒たらずで、宏助の空けた穴からとてつもない強風が吹く。
そして、宏助が吸い込んだ空気は宏助が風船のようなぶくぶくのからだになった代償に、保管されている。
その体内に存在する空気を、吐き出す。
「&吐出!!!」
ブオオオオオオオオオオ
穴から吹く強風、宏助の口から出る強風。その二つが清明をロックオンする。
「ぐわあああああッ!」
宏助は風の勢いでロケットのように吹き飛び身体が元に戻っていくのを感じながら、
二つの風のダブルパンチを受けた清明を見ていた。




