覚悟
「んんんぐあああああッ!」
空気がうなりを立てる程の勢いで吹き飛んでゆく奴を確認などしている暇はない。
宏助はすぐさま倒れかけた明を抱きかかえる形で飛び込む。
大丈夫か、と問いたいがどっからどう見ても大丈夫ではない。
宏助は代わりに、
「何があったんですか!」
と怒鳴った。
明がうっすら目を開けて目の前にいるのが宏助だと確認する。
「あ・・・ああ、宏助さん・・・・」
「大丈夫じゃなさそうですが!何があったんですか!」
かなり意識が朦朧としているようだ。目の焦点が合っていない。
数十秒待ったところでようやく目の焦点が合う。
「あ、あの実は・・・・」
そんな感じでかなりしどろもどろに、しかし要点を絞った短く簡潔な説明を聞く。
と、言うことは俺がついさっき蹴り飛ばしたのは平安時代日本一と呼ばれた霊能力者様か。
ま、明にしたことを鑑みれば後悔などさらさらする気も出ない。
「じゃ、俺がアイツをちゃちゃっと畳んできますね」
怒りを抑えることに努めて明を床に横たわらせ一歩前に踏み出す。
明の母を殺し、父を、許婚を、神条家を操り人形にし、明自身も狙おうとした最低最悪な男。
自分てこんなキャラだっただろうか?と疑問を持ちつつも静かに歩を進める。
怒りや驚きなどが頭の中でぐるぐると渦巻く。
でも、奴は俺が倒さなければいけない。俺が抑えなければいけない。
それは、俺の役割だ。
清明の吹き飛んだ方向に向かう宏助に。
「ちょっと待って下さい」
決意を固めた明の声がかかった。
「ふぅ。どうやら間に合ったようですね」
「ああ、かなりギリギリだったぽいな」
宏助から数瞬遅れて辿りついたのは真と麗、SPたちである。
と言っても真と麗、SPたちはあくまで明が助かった、ということを遠目にしか確認出来ない。
今自分たちがいるのはそこから数十mはなれた場所。屋敷の階段を駆け上ったすぐの地点。
宏助が壁を貫通したおかげでかろうじて見える彼らの姿。
どうやら何かを話しているらしい。
今すぐにでも彼らの元へ行きたいのが全員の意向だったが、
「やあ、久しぶりだな、隊長殿」
「・・・・・隊長?・・・・・元・・・だろう」
「ハハッ!そりゃ言えてるな、焔」
それが出来ないのは目の前に三人ほどの見覚えのある死神がいるからだった。
「テメェらが何でここにいるんだよッ!」
「・・・・神条家本邸に引き渡しましたが・・・・。どうやらそれが間違いだったようですね・・・」
ハワイに到着した初日に本邸に赴いて無力化したままあちらに引き渡したハズだが・・・・。
「何でって言われても困るな・・?」
「・・・・お前らが連れてきた・・・」
「まさか此処に総督がいるとは思わなかったぜ?」
「・・・・総督ッ!?」
零の言葉を聞いて体の毛がゾワリと泡立つ。
「総督がいるのか!?今、この神条家本邸に!?だからお前らがこうやって自由に・・・・・
そもそも総督は俺たち死神を操っているんだぞ!?人を操る術にも長けている・・・・。
じゃあ、ここにいる人たちはやっぱり総督に操られてあんな以上に・・・・」
「黙れ」
「・・・・・ッ!」
零の冷たく何の返答も許さないその一言で真のこの事態を理解した興奮と驚きは一瞬で収まった。
「今、お前は、『俺たち死神』と言ったのか?言ったよなぁ?
お前、それがどれだけ俺への、俺たちへの挑発になるのか分かってんのか?
お前は、俺らを裏切って無力化して引き渡して今もこうして敵として向かい合っている!
それが分かんねぇのかよっ!?」
零の激しい怒声。有馬と焔の冷たい視線。しかし、
「分かる?分からない?そんなのは、」
そんなのは、どうでも良かった。
裏切った罪悪感などは全く感じていないし、そもそもコイツらは総督に操られているのだという事に気付いていない。
いや、それもどうでもよい。
真が言いたいのはそんなことじゃなくて。
『明さんと麗さんに、次手ぇ出してみろ?たたじゃおかねぇ」
頼りになる『アイツ』の顔。
『SPに復帰しました!』
自分の復帰を心から喜んでくれる『あの方』の顔。
『親方!』
『いや、違う。親分だ!』
『だからテメェらキャプテンだって言ってんだろ!』
自分の呼び方をああだこうだ言い合う『SPども』の顔。
『おかえり』
そして、この世で一番大切な、『恋人』の顔。
今自分の周りにあるこれらに比べたら、コイツらへの裏切り、罪悪感、自責の念、過去の過ちへの葛藤。
「そんなのは、どうでもよくなっちまうんだよッ!」
真は拳を握り締め、白い光を迸らせながら目の前の三人に向かって走る。
庭の芝生に倒れこんだ一人の男が静かに呟く。
「なるほど・・・・・。アレが、伊島・・・宏助・・・」
ー阿部清明は、どこか納得したような顔で頷きながら立ち上がった。
そもそも先ほどの攻撃でさほどダメージは受けていない。
しかし、明を乗っ取る絶好のチャンスを逃した、という点では十分に痛手だった。
「だが、俺が出る時じゃない。
ここは、多少不安だが、奴らに任せておくか」
本当は自分を吹き飛ばし、計画を邪魔した奴を消しておきたくはあった。
だが清明には仕事がある。それらを順番にこなしてからだ。
とりあえず死神三名を復活させ、真の元へ向かわせる事には成功した。
既に宏助の方には一人、とびっきりのを向かわせてある。
そして、明。
奴には少し、というかかなり清明の魂が入ったのを向かわせた。
これで明は清明本体には匹敵しないものの、霊能力を戦闘力に変換出来ていない明相手には充分使える奴だ。
これで、奴らの明、宏助、真の三大戦力への解決策は整った。
SPどもも、多少厄介な武器を持っているとはいえ、こちらの死神化したSPには到底敵うまい。
「しかも、これから戦力は更に増加する」
清明は、集会場に向かい、様々な魂の操作を繰り返しながら独りよがりに呟く。
この神条家本邸から数百キロメートル離れた海上を、死神全隊が移動中だ。
既に、偵察部隊としてハワイに潜り込ませておいた数十名の死神は目的地にスタンバイしている。
真との一戦が終了次第、あの三人も目的地へ向かわせる予定だ。
目的地ーつまり、神条家本邸の屋上。そこに彼らは向かっている、否、清明が向かわせている。
彼らには一つ仕事があった。その仕事を果たすには死神全員、そして今まで回収し、集めてきた魂を総動員して、やっと果たせるか
果たせないか、と言うレベルのものだが。
だが、成功してもらわねば困る。というより必ず成功させなければならない。
今回の計画の為にはどうしても必要なことだった。
他人の力を信じるとは、あまり好きなことではないが、仕方が無い。
こちらはこちらの仕事をするとしよう。
集会場につくと、そこは、さっきとは打って変わって静まり返った場所。
そこにいる人間全てが、虚ろな目で、綺麗に整列している。
誰も、何も、一言も発さず、また、誰も、1mmも動かない。
全て、魂を操って行ったことだ。
ここにいる人間全ての魂は、清明が主導権を握っている。
ここにいる人間全ての魂は、清明の魂となっていた。
皆に入れたのは侵食性のある魂。三日も経たない内に、その魂を侵食し、清明のものと出来る強力なものだ。
つまり、自身の魂を出し入れ出来る清明が、清明のものとなった他人の魂を全て抜き取るなど、容易なことだった。
清明は、何も言わない人間たちを満足気に眺めながら集会場の壇上に向かう。
壇上に立ち、歓喜に震えながら清明は唱えた。
「全ての魂よ!集え!集まれ!そして、我の計画の生贄となれ!今すぐ、我の頭上!屋上へと集まれ!」
清明は、ここにいる人間たちの魂を全て抜き取り、屋上でスタンバイしている死神たちに送る。
そう、清明の目的は、ここにいる人間全ての死神化でもあったが、それは今すぐ行う、という訳ではなかった。
清明の本当の目的は、
「『ALLDAI』の試用実験と、ここにいる人間達への支配をより強固にする為!
『ALLDAI』さえ使えれば、この世の人間全てを浄化仕切ることも可能!
つまり、世界の全ての人間に私の魂を入れ、操ることが出来る!」
世界制服・・・ではない。世界を自分の思うがままに動かす・・・つまり、
「・・・『神』に・・・なるのだ」
清明は、満面の笑みを浮かべて呟いた。
集会場からは、光り輝く魂が屋上へと幾つも上がっていった。
「おいおい。こりゃ、どういうことだよッ!」
「・・・・父上・・・?」
明との話が終わり、清明の元へ向かおうとした宏助の前に見知った二人が現れる。
一人は、
「貴方を消す為にここにきたの」
清明の広げていた邪悪な色の魂を纏った硬い顔の俺の妹で。
もう一人は、
「・・・・・・・」
妹と同じようにあの魂を纏いながらも生気が感じられず虚ろな目をした神条総帥・・・つまり、明の父親。
「おい、ワルイが邪魔しないでくれ。先を急ぐんだ」
「じゃあ、お好きにどうぞ。
その代わり明様は私と総帥が好きにさせてもらうわよ」
「・・・・ッ!お前ら明さんが狙いか・・・!」
「・・だって、総帥の命令ですもの。ねぇ?総帥?」
総帥の顔が縦に揺れる。やはりその動作に、『生きている人の動作としての何か』が欠如していたが。
「お前。ソイツがもう駄目ってことに気付いていないのか!?
明らかにおかしいだろッ!」
「あらぁ?今総帥のこと、『ソイツ』って言ったぁ?
おかしいって一体どこがおかしいって言うのよ?」
総帥を見上げながら宏助の叫びを無にする妹。
見えないのか?お前や総帥に纏わりついているその邪悪な質の魂が?
総帥の生気のなさが?
「ここにいる人間たちは私達以外は皆、清明の魂が入れられています。
彼らを清明は都合の良いように操れます。
今の彼らに私達に見えているものは見えません」
明が悔しそうに宏助に囁く。
宏助も自分の妹が操られていると言うのは気分が悪い。
「ともかく、私は総帥の命令で明様を捕らえる。
そして」
妹の視線が先ほどの余裕綽々のものから鋭いものに変わり自分に向けられたことに気付く。
「個人的な理由で、貴方も捕らえる」
「はぁ!?」
妹に「捕らえる」などと言われてはこっちはビックリだ。
だが、あちらにふざけているような素振りはない。
「お兄ちゃんがあの家を抜け出してからと言うもの、私はずっとお兄ちゃんのことを調べてきた。
そして、半年前、お兄ちゃんが神条家の執事になったことで、私も神条家に巡りあえた。
お兄ちゃんと同じ力も手に入れた。
私にはお兄ちゃんを瀕死にしてまでも捕らえて、一緒に過ごすという覚悟がある!
お兄ちゃんと一緒に過ごす為に、この二年半頑張ってきたの!」
明を様づけしているのは前までのクセだろう。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
問題は。
「お前はバカだ」
「は!?」
問題は、目の前にいるこのバカを止めることだ。
「俺の為にこうなっただぁ?ふざけんなよ!
俺は人様に迷惑かけねぇように、ひっそりと暮らしてたんだ!
この力も人の役にたつとやっと分かった!
でも、お前には俺に関わらずっと普通に生きてて欲しかったんだ!」
「・・・・じゃあ。アナタは私を殺せる?」
「・・・・・?」
「アナタは、私に普通に暮らして欲しい。
私はアナタを瀕死にしてまでも捕らえる。
つまりアナタの邪魔をする。
アナタはその邪魔をする私を殺せる?
その覚悟はあるの?」
「・・・・・・・」
自分の妹を倒してまで明を護る覚悟。
それが自分にはあるのだろうか?
心配そうな顔をしている明を見つめる。
鋭い目つきで自分を睨む妹を見つめる。
そして、
「・・・・ッふう!」
「え?」
あまりにも唐突な出来事に誰も反応出来なかった。
妹が俺の腹を腕で刺したのだ。
色鮮やかな液体が床に滴る。
「・・・・・・いやぁあああああッ!」
明の悲鳴。
「不意打ち・・・・・卑怯も何も言ってられるような状況じゃないでしょ?
これで私の勝ちよ」
「うぐっ!」
口からも血が零れる。
明の方を見ると。
「うううううッ!」
「・・・・・!」
「バッチリね」
総帥もこの隙に明をどす黒い魂で捕らえていた




