ミエルはネコ、サクラはウサギ、あのヒトはなに?
部下さんへ
お久しぶりです。お元気ですか。アルは仕事の話になると極端に人の名前を省いてしまうので、あなたがお元気かどうかわかりません。やんわりと訊けば、「気になるんですか? でしたら私のほうからお聞きしておきましょうか」と言ってきたので、そこはきちんと断っておきました。安心してください。
不穏な冒頭から始まった一通のメール。着信はお昼頃。
隊長は今魔界で仕事中か、と脳内スケジュールで確認してようやく、早鐘のように鼓動し始めた心臓が、緩やかに通常ペースを取り戻した。
メールの送り主-西宮櫻子は、こうしてときどきメールを送ってくる。一度でも「部下さん、メール返してくれないなあ」なんてぼやかれたら最後、虫けらのように必殺ビームで殺されてしまうことを想像したら、メールの返信など面倒などと言っていられない。このやり取りが明るみになれば、また別な理由で黒焦げになりそうな予感もするが、今日死ぬか明日死ぬかの二択ならば、明日死にたいと部下は思う。
命の危険性を孕んだこのやり取りは、件の、「遠距離って言葉は、悪魔的に言えば別れましょうってことなんだってね、事件」解決後、「色々とご迷惑を掛けました。ありがとうございました」と櫻子が律儀にお礼のメールを送ってきたことに始まる。「どういたしまして。このメールは今すぐ削除してください、おれのアドレスも同時に」とは返せず、櫻子にとってはほのぼのと、部下にとってはスリル満点な雰囲気たっぷりに、今日まで続いていた。
ああ、おれ、今度あっちに帰ったら、死ぬな。
アジュールとの出会い頭、「元気ですか、マイース」と微笑まれ、成す術もなく地に伏す自分の姿を想像して、乾いた笑いが唇の端から漏れる。西宮櫻子に、隊長はこう報告するに違いない。
――彼、元気でしたよ。
それはさておき、と思考を無理やり切り替えて、メールの続きを読んだ。
実は今日メールしたのは、部下さんに訊きたいことがあって。
「ミエルはネコ、サクラはウサギ、あのヒトはなに?」と、知り合いの女の子から質問があったんです。ミエルというのはその子の名前で、“あのヒト”とはアルのことです。つまり、動物に例えると何、という質問だと思うんですが、アルを動物に例えて何になるか、思いつかなくて。
まさか隊長を動物に例えたら何になるか、おれに答えろと?
部下は愕然とした面持ちになったが、先を読み進めると、だんだんとうんざりとしたような表情になった。
だから私、アルに直接、自分を動物に例えたら何になるって聞いてみたんです。
そうしたら……
「私を動物に例えたら? 気が進みませんね」
「え、そこをなんとかお願い。何かない?」
「そうですねえ、しいていうならば」
「しいていうならば?」
「櫻子さんを愛するオスですね」
―――隊長、あんた、何言ってんですか。
部下は眩暈を覚え、畳の上に倒れ伏した。
回を増すごとに、我らが隊長の恋人への溺愛ぶりに拍車がかかっている。
もう本気でいやだ、とすべてを投げ出したくなったが、部下は緩慢な動作で起き上がり、またメール画面に目を落とした。しかし、続く櫻子の言葉に、いかんともしがたい脱力感を覚えて、スマートフォンを投げ出した。
それで私、困ってしまって。
まだ小さい子なので、アルの答えをそのまま書くのはどうかと思ったんです。
アルは、私と同じウサギってことでいいんでしょうか? どう思います?
激しくどうでもいいと思います。
部下は今猛烈に、誰か助けて、と叫びたくなった。
ミエルへ
あのヒト、つまりアルを動物に例えると何になるか、アルに直接聞いてみたよ。
アルはウサギの男の子だそうです。
櫻子からの返信を受け取って、ミエルは「ふぅーん」と意外そうに頷いた。
「ねえ、イル様」
「なんだ?」
「あの人、ウサギだって」
「は?」
「あの人を動物に例えると、ウサギの男の子なんだって。サクラがね、あの人に直接聞いたら、そう答えたらしいよ」
術式を弄っていた手を止め、イヴォワールはしばし沈黙する。
「……そうか」
「なんでウサギなのかなぁ」
その呟きに、イヴォワールが答えることはなかった。
翌日、アジュールはレグリスにこんなことを言われた。
「なあ、今日イヴォワールのやつが『ウサギは常時発情していると聞いたことがあるが、真実か否か』って聞いてきたんだが、どんな脈略だ?」
「ウサギ? さあ、知りませんね。新しい術式にでも必要だったのでは?」
「ていうか、なんで俺に訊く?」
「知っていそうだと思ったからでしょうねえ」
「それって、褒めてねぇよな」