サクラのおとうさんについておしえて!
「お父様、ご存命だったんですね」
わたしのおとうさんについて、と書きだした手紙の返事を覗き込んで、アジュールは意外そうに言った。あまりに予想外なコメントに、櫻子は目を皿のようにして彼を見上げる。
「え、もしや続く言葉は、すでに塵となり…ではありませんよね?」
考えなしに不味いことを聞いた、と困り顔で、やや遠慮がちにそう続けたアジュールに、櫻子はハッと我に返ってかぶりを振った。
「あ、生きてるよ! 生きてるから!」
父が聞けば、怒っていいのか悲しんでいいのか迷うコメントだ。言ってなかったっけ、と口にしかけた櫻子だったが、言っている訳がないかとすぐに否定して、苦笑する。
「うちのお父さん、影が薄くて…ね」
まだ親元にいたときは、クラスメートに「お前のかあちゃんって、美人だよな。生まれたのがお前って、なんつーか、オヤジさんは地味顔だったんだな」なんて過去の話にされたこともある。地味顔で悪かったな。地味顔の父は生きてるよ、とにっこり笑って返したことを、おぼろげながら覚えている。「へぇ、いるんだ。見たことねぇな」と言われ、「遠いとこにいるの」と答えてしまい、また誤解を生むことになったのは苦い記憶だ。
「海外本社勤務って言ったら分かる? もうずっと、外国暮らし。たまに、思い出したころに帰ってくるんだよね。一緒に来てほしいって言われたんだけど、お母さんが飛行機ダメでさ。別れて住むことになったの」
その話にアジュールは眉を寄せ、書類を放り出し、櫻子の腕を引いて抱き寄せた。むき出しになった項に唇を寄せて、腹のあたりに腕を回し、ぎゅっと力を込めた。
「ど、どうしたの、アル」
「そんなことになったら、耐えられそうにありません」
「やだな、そんなこと、絶対にならないよ」
「それは確かに、私は陛下の側近ですし、海外勤務なんてものはありませんが」
やや不機嫌そうなうなだれた声に、櫻子は後ろを振り返ってアジュールの頬を撫でる。
「そうじゃないの。そのときはわたしも行くから、ってこと」
するとアジュールはぽかんと間を開けて、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべた。随分とご機嫌の様子だ。
「そうは言いますが櫻子さん。ものすごく、物凄く酷い生活環境かもしれませんよ。恐ろしい魔物がたくさんいて、夜になると獲物を求めて徘徊して、身の毛もよだつような唸り声が聞こえてくるかもしれません」
「アルより強いの? その魔物。唸り声が聞こえたら、アルは私を置いて逃げる?」
そうだとしたら困るなあ。
眉をハの字にして、櫻子は甘えるようにアジュールのシャツの裾を掴んだ。
ぐ、とアジュールの顔から余裕の笑みが消えて。
「ば、馬鹿言わないでください。櫻子さんを置いてどこへ行くというのです。そのときはいち早く櫻子さんを一番安全な場所に浚っていきますので安心なさい。魔物を倒すことなど造作もありませんからね。のほほんとして待っていなさい。帰ってきたら、お帰りなさいと言ってキスをして、それから、櫻子さんお手製のチーズケーキで労うんですよ」
「うん。美味しいの作って待ってるよ」
チーズ二倍の、リッチなやつね。
櫻子のいたずらっぽい微笑みに、アジュールはきまり悪そうにムッとしたものの、独り相撲に疲れたように脱力して、櫻子の額にキスを落とした。
「わかればいいんです。私の帰る場所は櫻子さんなんですからね」
ふいと逸らされた視線を取り戻したくて、櫻子はその胸へと額を寄せた。
「それで、お父様のことなんですが」
「あ、うん。アルも何か知りたいことある?」
「いえ、特にありません」
「え、ないの?」
やや悲しそうに顔を歪めた櫻子を見、アジュールは慌てて訂正した。
「ないこともない、ですが。そうですねえ…どんな方ですか?」
「どんな…そうだなあ、まじめ?」
「まじめ」
「可愛がってもらっているとは思う」
「櫻子さんは可愛いですからね」
「いや、あの、嬉しいけど。子供、的な、ね」
「私は恋人仕様ですものね」
「いや、あの」
「恋人仕様に可愛がりたくなったんですが、返事は後にしませんか」
「え、あ、いや、だめかな? だめ、だよ。え、ちょ、アル? アル!」
からん、と床にペンが転がり落ちて。
くすくすと笑う男の声と、もごもごと呻く女の声が静かなリビングに響き。
「お父様に会うときは、何か良い報告ができればいいですね」
愉しげな一言が甘い余韻を残して、ゆっくりと消えた。
ミエルへ
わたしのおとうさんについてかきます。
わたしのおとうさんは、遠い国で生きています。まじめに生きています。
少し影が薄いけれども、そんなおとうさんが、わたしは大好きです。
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こんなかんじで、書いていければと思います。
感謝の気持ちを伝えるには足りない気もしますが、少しでもお返しできればよいなあ、と。
櫻子の父親については、本編通して一度も出てこなかったと思います。それはですね。強烈な母親のことばかり考えて、父親のことが頭から抜けていたからなんです。
不憫だったのでなんとかしたいなと思っていたので、むりむりではありますが、父はいます、とそんな感じでよろしくお願いします。
読了ありがとうございました!




