デートインザバスハウス
毎回書いていますが、初めての方はシリーズトップから、「デートインザドリーム」または「デートインザトラベルプラン」から読み始めてもらえると話の流れがわかりやすいかと思います。
加藤有子が着替えを持って二階の大浴場に向かうと、三波彩花が先に大浴場の入口で待っていた。
「あれ、ユウコが先? なるみんは?」
「え、一緒じゃなかったの? 部屋にはいなかったみたいだけど……」
先に入っているのだろうか、と中を覗こうとしたとき、廊下からどたどたという足音が聞こえてきた。
「ごめん、有子ちゃん、彩花ちゃん」
やってきたのは、着替えを詰めたビニール袋を片手に、バスタオルをもう片手に持ったショートヘアの眼鏡っ子、三堂成美だった。
「あら、先入ってたんかと思ったら、どこ行ってたん?」
「あのね、お菓子が切れてたから一階の売店に行ったら、ついつい買い込んじゃって」
思い切り両手を広げ、成美は大量の菓子を買い込んだことをアピールする。
「まったく、なるみんは食いしん坊やねぇ」
はぁ、とため息をつきながら、彩花は女風呂の暖簾をくぐる。
その後をついていくように、有子と成美も続いた。
「おぅ、貸切? ねえ、貸切?」
更衣室に入ると、中には誰もいなかった。その様子を見て、成美はきょろきょろしながら騒ぎたてる。
「うちが来たときは、誰もおらんかったで」
「彩花、もう中入ってたんだ」
そういいながら、有子はロッカーに自分の荷物を入れた。
「あ、しまった!」
有子が上着を脱ごうとしたとき、急に成美が大声を上げた。
「ん、成美、どうしたの?」
「有子ちゃん、百円玉、持って無い?」
「百円玉?」
ロッカーは百円硬貨を入れることで鍵を閉めることができるタイプである。
おそらく、成美はその百円玉を持っていなかったのだろう。
「あるけど、あんたさっきお菓子買ったって言ってなかった? 財布くらいあるでしょ?」
「えっと、財布はあるんだけど、あと八十円しかないの」
「どれだけ買ったのよ」
はぁ、とため息をつきながら、有子は財布から百円玉を取り出し、一枚成美に手渡した。
それを持ち、成美は自分のロッカーに戻る。
「でもさ、お金が無いとこの後大変じゃないの?」
上着を脱ぎながら、有子は成美に尋ねた。
「大丈夫、部屋にセカンド財布があるから」
「……一体いくら持ってきたのよ」
脱衣を済ませ、有子たちはハンドタオル一枚を持ち、浴場へ向かった。
浴場の中は案の定誰もいず、静かに流れる湯の音だけが響き渡っていた。
「おお、貸切!」
「結構広いなぁ」
早速成美と彩花は、一番近い浴槽へと向かった。
「え、ちょ、そっちは……」
有子が制止するのもかまわず、成美と彩花はサウナの前の湯船に飛び込む。
「うわっ」
「え、何これ冷たっ!」
入ったはいいが、成美と彩花はすぐさま浴槽から出てきた。
「だから言ったのに。それ、サウナ用の冷泉だよ」
広々とした浴場の片隅にあるシャワー室。そこで有子たちは三人そろって体を洗っていた。
「もう、成美も彩花もはしゃぎすぎだよ」
「い、いやな、こんなに広いお風呂だから、童心が芽生えちゃって」
「成美はともかく、彩花まで……」
丁寧に体をこすった後、蛇口をひねると、ちょうど良い温度のシャワーが体に降り注いだ。
「まあまあユウちゃん、こういうところじゃないと、はしゃぐ機会なんて無いから」
「ゆ、ユウちゃんって、私?」
彩花の呼び方に驚き、有子はシャワーをとめながら彩花のほうを向いた。
「そう、そっちのほうがゴロがいいし」
「ま、まあ、それでもいいけど」
シャンプーを手に取り、丁寧に泡立てて髪を洗う。途中シャンプーが目に入りそうになり、思わず目を瞑った。
「別に有子ちゃん、でいいんじゃない?」
「うちは、そういう誰でも使いそうな呼称は使いたくないんよ。ほら、だからなるみんって」
「いや、別にユウちゃんって呼称も大して変わってない気がするんだけど……」
「まあ、いいやん。それでも」
暖かい湯気と、シャンプーの香りで包まれたシャワー室。髪を洗い終わり、シャワーを浴びている有子の方を、彩花はじっと見つめた。
「それにしても……」
彩花の視線は、有子の胸に向けられていた。
「なかなかよいものをお持ちで……」
「え、ちょ、ちょっと、彩花、何するのよ!」
突然、彩花に胸をつかまれた有子は、驚いてこけそうになる。
「おお、そういえば有子ちゃんの体、ちゃんと見たこと無かったけど、結構胸あるね」
「もう、成美、早く彩花を止めなさいよ」
「うぅん、しかし見ているだけだとなんだか変な気分に……」
「ちょ、な、成美、くすぐったいって!」
暴走する彩花に、追撃を加える成美。二人の暴走者に、有子ははぁ、とため息をひとつついた。
広々とした浴場は未だに誰も入る気配が無く、広い湯船を有子たち三人で占拠した状態になってしまった。
「いやあ、これだけ広い風呂に入るのは久しぶりやなぁ」
「そうね、めったにこんな機会無いもんね」
浴場の高い天井を見つめる。時々、落ちてくる雫が湯船に落ち、ぽちゃりと音を立てる。
一つ言葉を発すれば、浴場内に響き渡り、何も話さなければ聞こえてくるのはお湯の流れてくる音だけ。
静寂と反響の共存した、湯煙の世界。ゆっくりとした時間が、浴場内に流れていく。
「それにしても」
静寂を切り裂くように、彩花の声が響き渡る。
「それだけの体の持ち主だったら、カレシになった奴は大喜びやろうなぁ」
「彩花ちゃん、それセクハラだよ」
「同志が何を言うか」
彩花と成美が言い合っている中、有子は俯いて水面を眺めていた。
「彼氏……か」
そのつぶやきを聞き、彩花が有子の顔を見る。
「ん、どうした? ユウちゃんカレシおるん?」
「え、う、うん。正確には、『いた』って言うのかな」
語尾を濁し、顔を上げないまま有子はつぶやく。小さな声でも、浴場内に反響いく。
「いたってことは、もう別れた……とか?」
「別れたって言うかね、うん、別れたって言うのかな……」
はっきりとしない有子の言葉に、彩花はどうしたのだろう、という顔を見せる。
そして、ふと一つの可能性を導き出した。
「ユウちゃん、もしかしてカレシって、ケンジやないやろな?」
「え?」
彩花から「健二」の名前が出され、思わず有子は彩花のほうに振り向いた。
「彩花、健二君のこと知ってるの?」
「田上健二やろ? 知ってるも何も、同じクラスだし、いつもタツトと三人一緒やったんや」
「そうなんだ。高野君だけじゃなくて、健二君とも一緒だったんだ」
高野達人との間柄は良く知っていたものの、健二との関係に驚きながら、有子は彩花の顔を見続ける。
「うちとケンジ、それにタツトは三人とも一年から同じクラスでな。何をするにもいつも三人で一緒にやってたんや。でも」
そこで言葉を切ると、彩花は天井を眺めた。
「ケンジはあんなことなってしまったし、タツトも、昔の恋愛で心に傷を負ってしまったから、昔みたいに一緒にはなれなくなってしまったんよ」
笑顔を保ちながらも、彩花は寂しそうな顔をしていた。
天井から、ぽたりといくつかの水滴が落ちてくる。その水滴が、彩花の肩に触れた。
「そうか、ケンジはユウちゃんのカレシやったんやな。てか、ケンジに彼女がいたなんて、あれだけの付き合いがあっても気がつかんかったな」
「うん、私が言ったんだ。付き合っているのは内緒にして欲しいって」
「へぇ。それにしても、よくケンジはしゃべらんかったなぁ」
「案外、健二君は約束を守る人だから」
「案外っていうのはひどいんじゃない?」
彩花がそう言うと、有子は「そうだね」とクスリと笑った。つられて、彩花も笑い出す。
しかし、その笑い声も長くは続かなかった。
「でもまあ、ユウちゃんは強いな。カレシがあんなことになってまだ一ヶ月くらいやのに、元気でいられるんやもん」
「そうかな。これでも一週間くらいは、ずっと何もやる気が起こらなかったんだよ?」
「それはうちも同じ。三日くらいは、タツトと一緒に泣き喚いてたで」
「そうなんだ。なんだか意外だな」
「意外とか、失礼やな」
有子が本当に意外そうな顔をしていたので、彩花はすこしむっとした。
「なんかな、学校行って、タツトと昼飯食べるやろ? そしたら、ケンジが一緒にいないからな。んで、ついつい泣いてしまう。そしたら、タツトも一緒に泣いてるんよ」
「何それ、シンクロしてるの?」
「まあ、似たようなものかな。二人だけでいると、もう三人でいた頃に戻れないなって。そういう現実に立たされて、寂しくなるんよ」
「そっか」
そう言うと、有子は再び湯船に視線を移した。周りを見渡すと、一層湯煙が濃くなったような気がする。
「ユウちゃんは、そういうことなかった?」
「そうだな、私の場合は」
有子は体を半回転させ、浴槽の縁に両手を組む。そして、その上にあごを乗せた。
「時々、夢を見るの。健二君と一緒にいたときの夢を」
「夢かぁ。いいなぁ。うち、そういうのは見たことないわ」
有子に合わせて、彩花も浴槽の縁に体を預ける。
「健二君と一緒に帰った通学路、健二君と一緒に行った場所。何でかな、一度も家には来た事無いのに、家に遊びに来た夢も見たの」
「なんや、そこでヤラシイことでもしてたんか?」
かっかっか、と彩花はいたずらっぽく笑いながら話すが、有子は「違う違う」と両手で否定する。
「何を話してたか、何をやっていたか、あんまり覚えていないんだけど、一つだけ覚えていることがあってね」
有子は再び半回転すると、今度は寝転ぶようにして浴槽の縁に頭を乗せた。
「そういう夢を見ている間は、とても幸せな感じがした。それだけは覚えてるの。なんていうのかな、現実で一緒のときよりも、ずっと幸せだと思ったの」
「へぇ、そうなんや」
仰向けになって天井を見ている有子を見ながら、彩花は浴槽の縁に座り込んだ。
「なんか、いいな。そう言うのって。うちもケンジやタツトの夢を見るけど、そんなこと思わなかったな。あれか。これが友達とカレシの違いなんかな」
「友達でも、親友と遊んでる夢だったら、幸せな気分になれるんじゃないかな」
「そうかな。まあ、夢の中よりも現実で遊んでるときのほうが楽しいし、うちの場合はそういう時間が長かったからな」
「そっか」
そういいながら、有子は体を起こすと、彩花と同じように湯船の縁に腰掛けた。
「私ね」
びしょぬれになったタオルを絞りながら、有子は続ける。
「最近、親友を一人、無くしちゃったんだ」
「喧嘩でもしたん?」
「いや、そうじゃなくて」
ん、という顔を傾け、彩花は有子の顔を見た。
「ほら、健二君の事件の前にあった、殺人事件」
「ああ、佐藤さん、か。たしか、ユウちゃんと同じ名前やったな」
「そう」
足をゆっくりばたばたさせながら、有子は視線をその足に移す。
「毎日、学校があるときは一緒にいたんだけどね。彩花で言えば、健二君と高野君みたいなものかな」
「まあ、うちとケンジやタツトは腐れ縁みたいなもんやけどな」
わっはっは、と元気がいい彩花の笑い声が浴場内によく響き渡る。
「一緒にいたときは楽しかったな。毎日いろんな話をして、一緒に勉強して。でももうユッコ、佐藤有子はもう……」
そういいかけて、有子は泣きそうな顔で俯いた。
「そっか。辛かったな。一度に大切な人を二人もなくして」
彩花がそう言うと、有子の肩にぽん、と手を置いた。
「でも、大丈夫や。今度はうちが親友になってあげる。いや、それじゃまだまだかな。『深友』。どんな海溝よりも深い友達や」
「何それ、なんか、安っぽいラノベに出てきそうな造語だね」
彩花の言葉に、有子はクスリと笑って笑顔を取り戻した。
「いいやん。今年の流行語大賞狙うで」
「いや、さすがにそれはよほどネットで流さないと無理かと」
「まあまあ。要するに、それくらいの友達でいようってことや」
「そっか。ありがとう、彩花」
有子は肩に乗せられた彩花の手を、両手で取った。
「あ、それと、タツトとも仲良くしてやってな。あいつ、前のことがあって、女の子とまともに話すことができなくなっとるんや」
「え、そうなの? そういう風には見えなかったけど」
「みんなの前では無理してるけどな、特に二人きりだと急に黙り込むで。あいつがまともに話せる女の子っていったら、うちとちーちゃんくらいやから」
「ああ、確かに千香は誰でも話すからね」
有子はクラスメイトの栗畑千香の顔を思い出し、妙に納得した。
「まあ、なるみんも意外と話しやすそうやし、二人やったらタツトの話し相手にはなれるかな」
「そっか。せっかくの旅行だし、皆と仲良くならないとね」
「そんじゃそういうことで、タツトのこと、よろしくな」
有子の両手が添えられた自分の手に、彩花はさらにもう片方の手を加え、しっかりと握り締めた。
「あ、そういえばなるみん、さっきから静かだけどどうしたんやろ?」
「そういえば……って、成美!?」
有子と彩花がふと湯船の向こう側を見ると、全身を真っ赤にしてうつ伏せになって倒れている成美の姿があった。
「ちょ、ちょっと、のぼせちゃってる! 彩花、手伝って! 一旦更衣室に成美を運ぶわよ」
「まったく、世話のかかる奴やなぁ」
有子が成美を湯船から引き上げ、彩花が足を持ち上げる。そして、二人でなんとか抱えあげた。
幸い成美は三人の中でも一番小柄だったので、女二人の手でも運ぶことができた。
「う……ん、ゆ、有子ちゃ……ん」
運んでいる途中、成美が声を上げた。
「成美、大丈夫?」
「有子ちゃん、私、まだマカロン五十個しか食べてないよぉ……」
成美の言葉、いや寝言を聴いた瞬間、思わず有子は成美を湯船に投げそうになった。
「あっはっは、なるみんらしいなぁ」
浴場内には、彩花の笑い声が最後まで響き渡っていた。
女子高生のが女風呂でやることって、こんな感じなんですかねぇ。女風呂を見たことがないので、よくわからないのです。
いや、見たことがあったらそれはそれで大問題なのですが。
シーンの90%以上が妄想です。10%くらいは男風呂の風景で補っています。
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