第8話:去り際の警告
宴の翌朝、ザックは「それじゃ、俺は西の山脈へ向かうわ」と、あっさりと出発の準備を整えた。 リゼットが「次はもっと脂の乗ったお肉、よろしくね!」と手を振って、忘れ物を取りに厨房へ戻ったときのことだ。
砦の門前。朝日を背にしたザックは、馬に跨ろうとしていたガイアスを呼び止めた。
「団長さん。最後に一つ、言っておくぜ」
ザックの声は、これまでの陽気なものとは一変していた。低く、冷徹なその響きは、幾多の死線を潜り抜けた「灰かぶりの死神」そのものだった。 ガイアスは足を止め、無言で彼を見つめ返した。
「リゼは、自分がどれだけ『眩しい』か分かってねえ。あいつが作る飯は、ただ腹を満たすんじゃねえ。……絶望してる奴でも、もう一度生きる気力を与えちまう。王都のあの腐った宮廷料理人どもが、あいつを追い出した本当の理由は『味』じゃねえ。あいつの『光』が、自分たちの汚さを暴くのが怖かったんだ」
ザックは一度言葉を切り、鋭い眼光でガイアスを射抜いた。
「あんたは、リゼを単なる『珍しい女』として見てるのか? それとも、自分の孤独な公爵閣下としての人生に、無理やり引きずり込むつもりか?」
「……何が言いたい」
「あいつは野に咲く花だ。あんたの豪華な屋敷の植木鉢に植え替えた瞬間、あいつの良さは死ぬぜ。……あんたに、花を鉢ごと守るんじゃなく、『花が野に咲き続けるために、庭師として泥を被る覚悟』があるのかどうか、俺はそれを見てたんだ」
ガイアスは息を呑んだ。 自分がリゼットに惹かれている理由は、その奔放さ、純粋さにある。だが、もし彼女を自分の世界——身分、伝統、しがらみに満ちた王都へ連れて行けば、彼女の自由を奪ってしまうのではないか。ザックは、ガイアスが最も恐れていた核心を突いてきたのだ。
「……私は、騎士だ」
ガイアスは、絞り出すように答えた。
「彼女の光を守るためなら、盾にもなろう。……例え、私自身が影に沈むことになっても」
その言葉を聞いた瞬間、ザックの顔から険しさが消えた。 彼は鼻で笑い、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「はっ。……ま、期待しすぎずに見ててやるよ。もしあいつが、自分の胸の大きさとかで悩んでる時に、あんたが鼻血出して倒れてるようなら……その時は遠慮なく俺が連れ去るからな」
「……余計なお世話だ。鼻血など出さん」
「くくっ、どうだかな」
ザックは軽やかに指を鳴らし、そのまま馬を走らせた。 ちょうど厨房から戻ってきたリゼットが、「ザック、もう行っちゃったの?」と不思議そうに駆け寄ってくる。
「……ああ。忙しい男だ」
ガイアスは、リゼットの眩しい笑顔を改めて見つめた。 ザックの残した言葉が、胸の奥で重く響いている。
(庭師として、泥を被る覚悟、か……)
リゼットが「団長、また難しい顔して! 胃が痛いなら、今日はお粥にします?」と覗き込んでくる。 その無防備な優しさに、ガイアスは微かに苦笑し、彼女の頭を——ザックがしたように、しかしもっと大切そうに、一度だけ不器用に撫でた。
「……いや。お前の作ったピザが、また食べたい」
「えっ、本当!? じゃあ、とっておきのチーズ、使い切っちゃおうかな!」
リゼットの歓声が、朝の静かな砦に響き渡る。 ガイアスの中で、リゼットはもはや「ただの料理番」ではなく、守り抜かねばならない「光」へと変わっていた。




