第64話:魔力停滞地点へ
翌朝。
王宮の厨房は、いつもより静かだった。
リゼットは鍋の前で腕を組み、
今日の料理をどうするか考えていた。
「魔力の巡りを良くするなら……
昨日よりも、もっと体に優しい味にしないと」
野菜を刻みながら、
昨日カシアンが言った言葉を思い出す。
> “魔力停滞地点にも料理を届けてほしい”
影の痕跡がある場所。
魔力が滞り、人々が疲れ果てる場所。
「……やるしかないよね」
リゼットは自分に言い聞かせるように呟いた。
「リゼット、準備はできたか」
厨房の入口にガイアスが立っていた。
その隣にはミレイユもいる。
「二人とも……来てくれるの?」
「当然ですわ。
影の残滓がある場所に、お姉さま一人を行かせるわけにはいきませんもの」
「俺も同じだ。
影が出る可能性がある以上、護衛は必須だ」
リゼットは少し安心したように笑った。
「ありがとう。
じゃあ、このスープを持っていこう」
鍋の中には、
昨日よりもさらに優しい香りのスープが湯気を立てていた。
三人は王宮を出て、
城下町の外れへ向かった。
そこは、王都の中でも古い区画で、
人通りが少ない。
建物は古く、
窓には布がかけられ、
通りには疲れた顔の人々が歩いている。
「……ここ、空気が重い」
リゼットは胸の奥がざわつくのを感じた。
ミレイユが魔力を探るように目を閉じる。
「魔力の流れが……完全に滞っていますわ。
まるで“吸われている”ような……」
「影の仕業だな」
ガイアスが剣に手をかける。
リゼットは近くの家の扉を叩いた。
「すみません、王宮から来ました。
体調が悪い方はいませんか?」
扉の向こうから、弱々しい声が返ってきた。
「……食欲がなくて……
何を食べても、味がしないんだ……」
「よかったら、このスープを飲んでみてください」
リゼットが差し出すと、
住人はおそるおそる口をつけた。
そして――
「……あったかい……
体が……軽くなる……」
その瞬間、
ミレイユが驚いたように声を上げた。
「魔力の巡りが……一気に改善しましたわ!」
「ほんと!?」
「ええ。
このスープ、影の干渉を弱めていますわ」
リゼットは胸をなでおろした。
「よかった……!」
だがその時。
通りの奥で、
黒い靄がふわりと揺れた。
「……!」
ガイアスが即座に剣を抜く。
「影か!」
ミレイユも魔力を展開する。
「残滓ですわ!
でも……動きが妙ですわね」
黒い靄は、
三人を“観察するように”揺れた後――
すっと消えた。
「……逃げた?」
「違うわ。
“試した”のですわ」
ミレイユが険しい表情で言う。
「リゼットの料理が、
影の干渉を弱めると分かったのでしょう」
「試す……?」
「ええ。
影は、あなたの力を“警戒し始めた”のですわ」
リゼットは思わず鍋を抱きしめた。
「そんな……私、ただの料理人なのに……」
「ただの料理人ではない」
ガイアスが静かに言う。
「お前の料理は、人を救う。
影にとって、それは脅威なんだ」
リゼットは少しだけ顔を上げた。
「……じゃあ、もっと作らなきゃね」
その言葉に、
ガイアスもミレイユも微笑んだ。
王宮に戻ると、
厨房の料理人たちがリゼットを待っていた。
「リゼット殿……!」
「さっき、医務室の患者が“体が軽くなった”と言っていて……」
「その……もしよければ、
私たちにも作り方を教えていただけませんか?」
リゼットは驚いた。
「えっ……いいんですか?
王都の料理って、もっと格式があるんじゃ……」
「そんなことより、
王都の病を治す方が大事だ」
「あなたの料理は、本物だ」
リゼットは少し照れながら笑った。
「じゃあ、一緒に作りましょう!」
王都の厨房に、
新しい風が吹き始めていた。




