第62話:王宮医務室と弱った都の味
宰相との会談を終えたリゼットたちは、
王宮の医務室へ案内された。
砦の医務室とは比べものにならないほど広い。
だが、どこか“静かすぎる”。
ベッドには数名の患者が横たわっているが、
隣国のように倒れ伏す者はいない。
ただ、皆どこか疲れた顔をしていた。
「……思ったより、重症じゃないですね」
リゼットが小声で言うと、
ミレイユが頷いた。
「ええ。
魔力の巡りが悪く、体がだるい……その程度ですわ。
隣国のような急性の症状ではありません」
「じゃあ、料理で元気になるかも!」
「その可能性は高いですわね」
医務室の奥には、王宮の料理人たちが集まっていた。
皆、どこか不安そうな顔をしている。
「あなたが……リゼット殿か」
年配の料理長が声をかけてきた。
「王都の病が広がってから、
食欲が落ちる者が増えてな……
どう作っても、皆“味がしない”と言うのだ」
「味が……しない?」
「ええ。
塩気を強くしても、香辛料を増やしても、
“重い”“食べづらい”と言われる」
リゼットは厨房の棚を見回した。
そこには、
保存食、加工肉、濃い味付けの調味料がずらりと並んでいた。
「……ああ、これだ」
「これ?」
「王都の料理、味が濃すぎます!
体が弱ってる時に、こんなの食べたら余計に疲れちゃいますよ!」
料理長は目を丸くした。
「そ、そうなのか……?」
「はい!
もっと優しい味にしないと、魔力も体も回復しません!」
リゼットは袖をまくった。
「よーし、作ります!
まずは胃に優しいスープから!」
リゼットは砦で使っていたのと同じように、
野菜を刻み、弱火でじっくり煮込んだ。
香りが立ち上がると、
王宮の料理人たちが思わず息を呑む。
「……こんなに優しい香り、久しぶりだ」
「王都の料理は、いつからこんなに濃くなったんだろうな……」
スープが完成すると、
リゼットは患者の一人に差し出した。
「どうぞ、ゆっくり飲んでくださいね」
患者はおそるおそる口をつけた。
そして――目を見開いた。
「……あったかい……
体の中が、軽くなる……」
ミレイユが魔力の流れを確認し、驚いたように言った。
「魔力の巡りが……少し戻っていますわ!」
「やった!」
リゼットは思わずガッツポーズをした。
その頃、ガイアスは王都の治安状況を調べるため、
城下町へ向かっていた。
街は静かだが、混乱はしていない。
ただ、人々の顔には疲れが見える。
「……病の影響か」
ガイアスが歩いていると、
ふと、路地裏で“揺らぎ”を感じた。
「……?」
風かと思ったが、違う。
砦で感じた“影の気配”に似ている。
ガイアスは剣に手をかけ、路地を覗き込んだ。
しかし、そこには誰もいない。
「……気のせい、ではないな」
影は王都にも来ている。
その確信だけが、ガイアスの胸に残った。
その夜。
リゼットは王宮の厨房で、明日の仕込みをしていた。
「明日はもっと元気になるように、
もう少し生姜を入れようかな……」
そんな独り言を言いながら鍋をかき混ぜていると、
窓の外で“何か”が揺れた。
「……?」
リゼットは首をかしげたが、
すぐに気のせいだと思い直した。
だが、ミレイユは違った。
廊下で立ち止まり、
窓の外を鋭く見つめる。
「……魔力の残滓。
砦で見たものと同じ……いえ、少し違う」
影は王都にもいる。
そして――砦の影とは“別の何か”かもしれない。
王都の冬は、静かに深まりつつあった。




