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『追放された野生の天才料理人、騎士団の胃袋を掴む ~「魔物を煮込むな!」と追い出されたのに、堅物公爵の理性を粉砕しています~』  作者: にゃん
第4章 新たなる足音

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第59話: 消えた影と、冬の砦に残るもの


 医務室の前にガイアスの怒号が響いた直後、砦の廊下は一瞬にして騒然となった。


「団長! 影はどこへ?」


「見失いました! 足跡も……!」



「隠蔽魔法ですわ。追跡は困難ですの」


 ミレイユの声は冷静だが、緊張が滲んでいる。


 ガイアスは医務室の扉を閉め、リゼットの前に立った。


「リゼット。今夜は絶対に一人で動くな」


「……はい。でも、料理は作りますよ。倒れてる人を放っておく方が怖いですから!」


 ガイアスは一瞬驚き、そしてわずかに笑った。


「……お前は本当に強いな」


「強くないですよ。ただ、やることがあるだけです!」


「だからこそ、守らなければならない」


 その言葉は、静かだが確かな誓いだった。


- 翌朝、厨房で-


 夜の騒ぎが収まったとはいえ、砦の空気は張りつめたままだった。

 リゼットは騎士二人に付き添われながら、厨房へ向かう。


「団長さん、そんなに警戒しなくても……」


「当然だ。昨夜、医務室の前まで影が来たんだぞ」


「……まあ、何が起きてるのかが分からないのは怖かったですけど。

 でも、料理は作らないと!」


 リゼットは胸を張り、鍋を抱えて厨房へ入った。


 その瞬間――


「……あれ?」


 厨房の窓が、わずかに開いていた。


 昨夜、ガイアスが封鎖したはずの窓だ。


「団長さん、これ……」


 ガイアスが駆け寄り、窓枠を調べる。


「……細工されている。内側から開けた形跡じゃない」


 すかさずミレイユが指先をかざすと、淡い光が窓辺に広がった。


「魔力の残滓……やはり侵入されていますわ。

 しかも、昨夜の影と同じ“隠蔽系”の魔法ね」


「つまり、影はまだ砦の中にいるということか」


 ガイアスの声は低く、怒りを押し殺していた。



「団長さん……影は、何を探してるんでしょう?」


 リゼットの問いに、ガイアスは迷いなく答えた。


「お前だ」


「えっ、私!?」


「お前の料理が“病を癒す”と知れば、

 どこの国でも、お前を欲しがる。

 隣国でも、王都でも、同じだ」


 ミレイユも頷く。


「病の原因が“食”にあると気づいている者なら、

 あなたの料理を狙うでしょうね。

 ……あるいは、あなた自身を」


「……うわぁ……面倒くさいですね」


 リゼットは頭を抱えた。


「でも、料理は作りますよ!

 倒れてる人を放っておけませんから!」


 ガイアスは苦笑し、しかし目は真剣だった。


「だからこそ、守る。

 お前は砦の、いや国の希望だ。」


 その夜。

 砦の廊下を、音もなく滑る影がひとつ。


 

 影は厨房の前で立ち止まり、

 扉の隙間から漏れる灯りをじっと見つめた。


 そして、静かに呟く。


「……あれが“鍵”か。

 ならば――手に入れる」


 影は闇に溶けるように姿を消した。


 影が医務室の前に現れた夜から、砦は一晩中ざわついていた。

 見張りは倍に増え、廊下には松明が灯され、騎士たちは交代で巡回を続けた。


 だが、影は二度と姿を見せなかった。


 足跡も、気配も、魔力の揺らぎすら残さず、

 まるで最初から存在しなかったかのように。


 翌朝。

 リゼットが医務室に入ると、隣国の民たちは昨日より明らかに顔色が良かった。


「……本当に、助かった……」


「こんなに体が温かいのは、何年ぶりだろう……」


 リゼットは微笑みながら、鍋をかき混ぜる。


「まだまだ良くなりますよ。今日は胃に優しい粥を作りますからね」


 ミレイユが魔力を確かめるように民たちを見回し、静かに頷いた。


「魔力の流れが戻っていますわ。

 やはり、お姉さまの料理には……“力”があります」


「ふふふ、料理は愛情ですから!」


「……そういう問題ではありませんわ」


 ミレイユは呆れたようにため息をついたが、その表情はどこか安心していた。



 砦の会議室では、ガイアスが地図を広げていた。

 騎士たちが集まり、昨夜の影について報告を交わす。


「影は完全に姿を消しました。

 外壁にも、雪原にも痕跡はありません」


「魔力の残滓も、今朝には消えていましたわ」


 ミレイユの言葉に、ガイアスは腕を組んだ。


「……影の正体は分からない。

 だが、砦を狙ったのは確かだ」


「団長さん……私の料理が原因ですか?」


 リゼットが不安そうに尋ねると、ガイアスは首を振った。


「お前の料理は“救い”だ。

 だが、それを利用しようとする者がいるのも事実だ」


「……面倒くさいですね」


「面倒だが、向き合うしかない」


 ガイアスは地図の上に手を置き、静かに言った。


「王都へ報告を上げる。

 この病は、砦だけの問題ではない。

 国全体が動く必要がある」


 その声には、決意が宿っていた。



 その日の夕方。

 ミレイユは一人、厨房の裏口に立っていた。


 雪の上に、かすかに残る“魔力の揺らぎ”。

 普通の者には見えない、淡い光の粒。


「……これは、隠蔽魔法の“残り香”ですわね。

 でも……何かが違う」


 ミレイユは眉をひそめた。


「私の知る魔術とは……系統が違う。

 もっと……古い。

 もっと……深い」


 その言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。



 夜。

 砦の灯が揺れる中、リゼットは厨房で明日の仕込みをしていた。


「団長さん、明日はもっと元気になるように、特製スープを作りますね!」


「……ああ。頼りにしている」


 ガイアスはリゼットの頭を軽く撫で、外へ出ていった。


 その背中を見送りながら、リゼットはふと窓の外に目を向けた。


 雪が静かに降っている。

 ただの冬の夜のはずなのに、どこか胸がざわつく。


「……なんだろう。

 まだ、誰かに見られてる気がする……」


 リゼットは首を振り、気のせいだと自分に言い聞かせた。


 だが、砦の外壁の上。

 誰もいないはずの場所に、

 ほんの一瞬だけ“影”が揺れた。


 風か、雪か、あるいは──。


 影はすぐに消えた。

 しかし、確かにそこに“何か”がいた。


 砦の冬は終わりに向かっている。

 だが、静かに忍び寄る影は、まだ消えてはいなかった。




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