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『追放された野生の天才料理人、騎士団の胃袋を掴む ~「魔物を煮込むな!」と追い出されたのに、堅物公爵の理性を粉砕しています~』  作者: にゃん
第4章 新たなる足音

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第51話:雪解けのお茶と干し果実

「……私の最高級茶葉を拒むとは、よほど自信があるのか、それとも無知ゆえの無謀か」


 ポトフ侯爵は、食堂の椅子に深々と腰掛けながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 彼の背後では、従者たちが王都から運び込ませた銀の食器や特製の敷物を慌ただしく並べている。無骨な砦の食堂に、そこだけ不自然なほどの贅沢が持ち込まれていた。


 対するリゼットは、落ち着いた手つきで鉄瓶を火にかけていた。


「侯爵さん、王都の茶葉は確かに素晴らしいものです。でも、この凍てつく寒さの中でそれを淹れても、香りも味も、この土地の空気には勝てません」


「ほう、理屈は一丁前だな。だが、水などはどれも同じ。大事なのは産地とブランド……」


 侯爵が言いかけたその時、リゼットが一杯のカップを差し出した。

 差し出されたのは、王都で好まれる透明な磁器ではなく、砦の土で焼かれた厚手の陶器。中には、ほんのり琥珀色をした温かい液体が揺れている。


「まずは一口、食べてみてください。この砦の周りで育った『冬枯れのハーブ』と、雪解け水で淹れたお茶です」


 侯爵は、汚物でも見るかのように眉をひそめたが、ガイアスとミレイユの冷徹な視線に射抜かれ、しぶしぶカップを口に運んだ。


「……っ!?」


 一口含んだ瞬間、侯爵の瞳が見開かれた。

 王都の茶葉のような華やかな香気ではない。しかし、それは雪の下で春を待つ草木の、力強くも清々しい大地の香りがした。そして何より、驚くほど体が内側からポカポカと温まっていく。


「な、なんだこれは……。野草を煮出しただけの汁だと思っていたが、雑味が全くない。それどころか、喉を通る感触が驚くほど柔らかい……」


「それは、昨夜からゆっくりと雪を溶かして作った水だからですわ。この土地の植物には、この土地の水が一番合うんです」


 リゼットは微笑みながら、小皿に並べた「お菓子」を差し出した。

 それは、王都の華やかなケーキとは正反対の、地味な茶色の塊だった。


「お茶菓子には、夏に収穫して干しておいた『野いちごのドライフルーツ』と、胡桃くるみを練り込んだ焼き菓子をどうぞ。少し硬いけど、お茶に浸しながら食べると美味しいですよ」


「ふん、干からびた果実か。どこまで貧相な……」


 侯爵は毒づきながらも、お茶の旨さに釣られて一口かじった。

 噛みしめるほどに、凝縮された果実の甘酸っぱさと、胡桃の香ばしさが口いっぱいに広がる。それを熱いお茶で流し込むと、硬かった菓子が口の中でホロリとほどけ、完璧な調和ハーモニーを奏でた。


「…………至高、とは言わん。だが……悪くない。いや、存外に……」


「侯爵さん。美食というのは、贅沢な素材を集めることだけではないはずです。その土地で生きるための知恵を、美味しくいただく。それが、この砦の『おもてなし』なんですよ」


 リゼットの言葉に、侯爵は言葉を詰まらせた。

 彼は「いちゃもん」をつけに来たはずだった。しかし、目の前の少女が出した「ただの野草茶と干し果実」が、自分の冷え切った体と、凝り固まったプライドをじわじわと溶かしていくのを感じていた。


 その様子を傍らで見ていたミレイユが、小さく鼻で笑う。


「……どうやら、あなたのその立派な舌も、お姉さまの『祈り』には抗えないようですわね。もし、これ以上『田舎料理』と罵るなら、次はその喉ごと凍らせて差し上げますわ」


「こ、これだから北の連中は野蛮なのだ……!」


 侯爵は顔を赤くして言い返したが、その手は二杯目のお茶を求めていた。

 ガイアスは、剣の柄からそっと手を離し、リゼットの横顔を見つめた。


(やはり、彼女に剣は不要だな……。この男さえも、毒気を抜いてしまうとは)


 しかし、ポトフ侯爵はまだ諦めてはいなかった。彼は茶碗を置くと、不敵な笑みを浮かべて宣言した。


「よかろう。茶と菓子については、一時の慰みとしては認めてやろう。だが! 本番は夕食だ。リゼット殿、私が持参した『最高級の霜降り肉』と『王都の極上スパイス』。これらを使って、私の舌を心底唸らせる一皿を作ってみせろ。もし失敗すれば……その称号、王へ返上してもらう!」


 侯爵が投げかけた挑戦状。

 リゼットは、その挑戦を真っ向から受け止めるように、力強く微笑んだ。


「分かりました。侯爵さんの最高級の食材……そして、この砦の食材。どちらが本当に『美味しい』か、今夜の夕食で決着をつけましょう」


 美食家貴族との本格的な料理バトル。

 その火蓋が、今、切って落とされた。

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