第5話:最強の食材と、揺らぐ騎士の自律心
ザックが担いできたのは、この付近では滅多にお目にかかれない「飛竜の幼生」の大きな脚肉だった。
「見てよリゼ、こいつを仕留めるのに三日も潜伏したんだぜ。お前なら、こいつの『一番美味い食い方』を知ってるだろ?」
「嘘! 飛竜の脚じゃない! ザック、最高だわ!」
リゼットの目が、見たこともないほどキラキラと輝く。二人はガイアスが口を挟む隙もなく、当然のように厨房へと雪崩れ込んだ。
ガイアスは、一瞬だけ止めるべきか迷った。しかし、これほど希少な食材は騎士たちの士気を高めるだろう。彼は騎士団長として、冷静にその判断を下した。
「……許可する。ただし、外部の人間を厨房に入れる以上、私も監督として立ち会わせてもらおう」
ガイアスは努めて厳格な態度を崩さず、厨房の入口付近で腕を組んだ。 中では、リゼットとザックが阿吽の呼吸で調理を進めていく。
「リゼ、関節のところは俺が捌く。お前はタレの準備だ。いつもの『あれ』、いけるか?」 「わかってるって。ザックは火加減お願いね。三段強火で一気に表面を固めて!」
無駄のない動き。二人は言葉を尽くさずとも、互いの次の動きを完璧に把握していた。 ガイアスはその光景を、感心したように、あるいはどこか複雑な心境で見つめていた。 自分が知らない彼女の「職人としての顔」。それは、先日の「事件」で見せたか弱い娘の姿とは違う、誇り高いものだった。
「……ふむ。手際は悪くないな」
ガイアスは呟き、自分の心のざわつきを「規律への懸念」として封じ込める。 しかし、ザックが軽口を叩きながら、リゼットの肩にポンと手を置いた瞬間、ガイアスの背筋がわずかに硬くなった。
「なあリゼ、お前、少しは太ったか? 騎士団の飯が美味いのか、それとも動いてねえのか」
「ひゃっ! ちょっと、やめてよザック! 団長さんたちが美味しいって食べてくれるから、ついつい私も味見が増えちゃうのよ」
リゼットが笑いながらザックの肩を小突く。 その、あまりにも親密で、遠慮のない「身体接触」。 今朝、指先が触れそうになっただけであんなに動揺した自分との差に、ガイアスの胸の奥でほんのかすかな炎がゆらぐ。だが、彼はそれを表には出さなかった。
「——貴殿。調理に関係のない接触は慎め。ここは神聖な厨房だ」
努めて低く、冷静な声でガイアスが告げる。 ザックは振り向き、ガイアスの放つ静かな威圧感を感じ取ったのか、ニヤリと笑った。
「おっと、失礼。……団長さんは真面目だなぁ。リゼ、こんな堅物な旦那……じゃなくて団長さんの下で、息が詰まらねえか?」
「え? 団長さんは確かにちょっと怖いけど、すごく責任感があって優しいのよ。マントも貸してくれたし!」
「マント……? ほう、そいつは珍しいな」
ザックが意味深に目を細める。ガイアスは、その言葉の真意を悟られまいと、あえて視線を外した。
「……リゼットは、我が騎士団にとって欠かせない人材だ。彼女を不自由させるつもりはない。だが、騎士団の規律を乱す振る舞いは見過ごせん」
それは建前だったが、ガイアスにとっては自分を守るための精一杯の盾でもあった。 香ばしい肉の香りが立ち込める中、ガイアスはリゼットの笑顔が、なぜか少しだけ遠く感じていた。




