第47話とろけるチーズフォンデュとガイアスの・・・・?
一日の厳しい訓練も終わる頃、北の砦は夕闇に包まれていった。
だが、砦の重厚な扉の向こう側には、外の冷え込みを忘れさせるほどの熱気が渦巻いている。
「さあ、みんな! ミレイユちゃんが魔法で熟成を早めてくれた、特製チーズの解禁よ!」
リゼットの声が食堂に響き渡ると、騎士たちから地鳴りのような歓声が上がった。
厨房から運び出されたのは、巨大な寸胴鍋。その中には、白ワインとともにトロトロに溶かされた数種類のチーズが、黄金色の海となって波打っている。
「「「うおおおおお!!! チーズだ! チーズだ!!!」」」
リゼットが茹でたての大きなジャガイモや、香ばしく焼いた自家製ソーセージに、お玉でたっぷりとチーズをかけて回る。
一口食べた若手騎士が、その場に崩れ落ちた。
「……っ!! なんだこれ、悪魔の食べ物か!? 濃厚なのに、後味が爽やかで……。おまけにジャガイモが、今まで食べたことないくらい甘い!」
「ふふ、それはね、村の人たちが雪の中で寝かせておいてくれた『雪中ジャガイモ』よ。寒さに耐えるために、自分で甘みを蓄えるの。それにミレイユちゃんが温度管理してくれたチーズを合わせたら、もう最高なんだから!」
食堂は、チーズの糸を引く音と、騎士たちの「旨すぎる!」という絶叫で埋め尽くされた。ガイアスは、その喧騒から少し離れた席で、部下たちが必死に食事に食らいつく姿を満足そうに見守っていた。
嵐のような「チーズ祭り」が一段落し、騎士たちが膨れた腹をさすりながら泥のように眠りにつくため、一人、また一人と席を立っていく。
やがて、広い食堂に残されたのは、揺れるランプの火と、パチパチと爆ぜる暖炉の音だけになった。
「ふぅ……。みんな、あんなに喜んでくれるなんて。頑張って仕込んだ甲斐があったわね」
リゼットが額の汗を拭い、食堂の隅にある小さな円卓に腰を下ろす。そこには、特別に残しておいた「一番出来の良いチーズ」を湛えた、小さな陶器のフォンデュ鍋が置かれていた。
「当然ですわ。あのような胃袋の化け物たちには、この繊細なアミノ酸の結晶は勿体ないくらいです。……お姉さま。ここからは、本来あるべき『至高』の味わいを愛でる、真の晩餐を始めましょう」
ミレイユが指先で魔法の火を微調整し、鍋のチーズを最高の状態に保つ。その隣には、ガイアスが静かに座っていた。
「……リゼット。今夜のこれは、今まで君が作った料理の中でも、とりわけ……心の底まで温まるな」
「嬉しいわ、団長さん。はい、これ、カリカリに焼いたバゲット。チーズをたっぷり絡めて食べてみて」
リゼットに促され、ガイアスがフォークを伸ばす。
黄金色のチーズの海にパンを潜らせ、ゆっくりと引き上げる。どこまでも長く伸びるチーズは、まるでこの砦に集う人々の絆を象徴しているかのようだった。
「…………っ!!」
口に運んだ瞬間、ガイアスの言葉が止まった。
濃厚なコクと、わずかなサクランボの蒸留酒の香り。それが口の中でジャガイモやソーセージと混ざり合い、一日の疲れが魔法のように溶けていく。
「……旨い。王都の晩餐会で出された最高級品よりも、ずっと……魂に染み渡る」
「お姉さま……。このチーズの粘り気、まるでお姉さまと私の離れがたい絆のようですわね。……公爵様。あまりの美味しさに惚けていないで、お姉さまの料理への敬意を食欲で示していただきたいものですわ」
ミレイユもうっとりとチーズを絡めた温野菜を頬張っている。
そんな中、ガイアスはふと、リゼットの横顔を見つめた。
「リゼット。……君がこの砦を、ただの壁の塊から『帰る場所』に変えてくれたんだ。俺は、この時間がもっと長く続けばいいと……そう思っている」
ガイアスの声が、知らず知らずのうちに熱を帯びる。
真剣な眼差しで見つめられたリゼットが、不思議そうに首をかしげた――その時だった。
「公爵様。……お姉さまを口説くなら、せめてこの鍋を空にしてからになさい。愛を語る前に、お姉さまの料理への敬意を食欲で示していただきたいものですわ」
ミレイユの冷徹なツッコミが、静かな食堂に響いた。
ガイアスは椅子から飛び上がりそうなほど激しく動揺した。
「なっ……だ、誰が……! 貴様、ミレイユ、誰が口説いてなどいると言った! 俺は、ただ、上官として……その、砦の環境についてだな……!」
あまりの狼狽ぶりに、耳の先まで真っ赤になっている。
普段の威厳はどこへやら、慌てて残りのパンをチーズに突っ込み、無理やり口に押し込む姿は、お世辞にも「最強の騎士」には見えない。
「あら、空気を読めと仰ったのは公爵様ではありませんこと? ですので私は、お姉さまの料理の香りで満ちたこの場の空気を、これ以上あなたの『不器用な情熱』で汚さぬよう配慮して差し上げたのですわ」
「貴様……っ、わざと言っているだろう!」
ミレイユが淡々とチーズを運び、ガイアスが顔を赤くして唸る。
そんな二人を眺めて、リゼットは思わず噴き出した。
「ふふ、あははは! 団長さん、急いで食べたから?顔、真っ赤よ? はい、ミレイユちゃんも。二人とも仲がいいんだから」
「「仲は良くありません(わ)」」
綺麗にハモった二人の返事に、さらに笑い声が重なる。
リゼットは、王都で貰った「至高料理師」という称号を思い出す。
あれは便利な許可証とか通行証みたいなものではあるけれど、彼女にとって本当に大切なのは、そんな立派な名前じゃない。
こうして、気の置けない仲間たちと一つの鍋を囲み、美味しいねって笑い合えるこの場所こそが、リゼットにとっての「至高」なのだ。
「さあ、おかわりはたっぷりあるわよ。しっかり食べて、明日も元気に過ごさなきゃね」
窓の外では、雪に変わったみぞれが静かに夜を白く染めていく。
だが、北の砦の小さな円卓には、春のような温かな光が、いつまでも灯り続けていた。
ちょっとだけガイアスとリゼットの仲が発展したのかしてないのか・・・・・(笑)
作者としては若干は距離が縮まったようには思うのですがうまく描けているでしょうか。
世間では連休なので、本日さらにもう一話夜更かし用にお話しを投稿します。




