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『追放された野生の天才料理人、騎士団の胃袋を掴む ~「魔物を煮込むな!」と追い出されたのに、堅物公爵の理性を粉砕しています~』  作者: にゃん
第3章 至高料理師の凱旋(再びの砦編)

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第44話:砦の隠し酒と雪解けカボチャ

砦の訓練場がようやく静けさを取り戻し、

夕陽が石壁を赤く染め始めた頃。

リゼットは朝市で仕入れた『雪解けカボチャ』を抱え、

ほこりっぽい訓練場を横切って厨房へ戻ってきた。

「ふぅ……みんな、今日も頑張ってたわね。

これなら、夕ご飯でしっかり元気をつけてもらわないと」


今朝の朝市で買った食材で砦の厨房は、かつてないほど「甘く、熱い」空気に包まれていた。

リゼットの目の前には、村から仕入れたばかりの立派な『雪解けカボチャ』が並んでいる。

厳しい寒さを耐えるために蓄えられた糖分は、包丁を入れた瞬間にねっとりと蜜が滲み出すほどだ。


「よし、今日はこれで騎士団のみんなを驚かせちゃおうかな」


 リゼットが楽しそうに鼻歌を歌いながらカボチャを切り分けていると、厨房の隅に置かれた「あるもの」に目が留まった。それは、石造りの棚の奥深くに鎮座していた、古びた木栓の小さな樽だ。


「あら、これ……お酒? 団長さん、これ使ってもいいのかしら?」


 たまたま厨房の点検に訪れていたガイアスが、その樽を見て一瞬だけ眉を跳ね上げた。


「……それは、北国特産の『竜の吐息ドラゴン・ブレス』だな。この辺りの強い麦を何度も蒸留し、オークの樽で数年寝かせたものだ。……冬の極寒の中で、死線を越える哨戒にあたる騎士たちが、最後の気力を振り絞るために大切に保管している『隠し酒』だよ」


「へぇ、強そうなお酒ね。ちょっと味見……わわっ! 喉が焼けるみたい!」


 リゼットが指先で舐めて驚く。度数はかなり高いが、その奥には麦の芳醇な香りと、樽の木の匂いが濃縮されていた。普通に飲むにはあまりに烈しい酒だが、料理人としてのリゼットの直感は、別の可能性を見出していた。


「これなら、お肉の臭みを一瞬で消して、旨味を何倍にも引き上げられるわ! カボチャの甘みとも、この木の香りは絶対に合うはず!」


「リゼット……。それは騎士たちが自分たちの小遣いを出し合って、冬のために貯蔵しているものだぞ」


「……お姉さまが使いたいと仰っているのですわ、公爵様」


 影から音もなく現れたミレイユが、いつものように無表情で口を挟む。


「お姉さまの至高の感性が、そのアルコールの液体を必要としている。ならば、それは全人類にとっての至福に繋がる必然。……まさか、ケチなことを仰るつもりではありませんわね?」


「……フン。誰がダメだと言った。……リゼット、好きに使うといい。騎士たちには、俺が個人的により上質な酒を後で補充しておこう」


「本当!? さすが団長さん、太っ腹ね!」


 リゼットの太陽のような笑顔に、ガイアスはわずかに視線を逸らして「……仕事に戻る」と短く言い残し、厨房を去った。その後ろ姿には、自分でも気づかないほどの満足感が漂っていた。


 さて、調理開始だ。

 リゼットが取り出したのは、ボアの肉の中でも特に脂の乗った部位。それを厚切りにし、ミレイユが魔法でカンカンに熱した鉄板に並べる。


「お姉さま、例の『隠し酒』を投入するタイミング……ばっちりですわ!」


「えいっ!」


 リゼットが樽から汲んだ酒を、肉にドバッとかけた瞬間。


「ゴォォォォォッ!!」


 厨房に、天井まで届かんばかりの巨大な炎が上がった。

 「フランベ」――酒のアルコールを一気に飛ばし、香りの成分だけを食材に焼き付ける技法だ。


「なっ、なんだ!? 火事か!?」

「いや、厨房から……とんでもなくいい匂いがするぞ!?」


 訓練中の騎士たちが、鼻をヒクつかせながら食堂に集まってくる。


「はい、完成! 『黒鉄ボアのグリル・黄金カボチャソース添え』よ!」


 食堂のテーブルに並んだのは、黄金色のソースを纏った厚切り肉。リゼットは仕上げに、砕いた岩塩と、隠し酒を数滴加えたクリームを添えていた。


「リ、リゼットさん……これ、まさか、俺たちの『竜の吐息』を使いましたか……?」


 一人の騎士が、空になった樽を見て震える声で尋ねた。


「ええ、とってもいい香りになったわよ! 食べてみて」


 騎士たちは、自分たちの大事な酒を料理に使われたショックと、目の前の異常なまでに美味そうな匂いの間で葛藤しながら、一口運んだ。


「…………っ!!」


 衝撃が走る。

 「……旨すぎる。なんだこれ、本当に俺たちが飲んでた、あのガソリンみたいな酒か!?」

 「カボチャの、土のような力強い甘みが、お酒の香りでさらに深まってる……。肉が……口の中で溶けるたびに、麦の香りが鼻に抜けるんだ……!」


「ああ、俺たちの酒があぁぁ! ……でも旨すぎるぅぅ! 幸せだぁぁ!!」


 悶絶する騎士たちを見回しながら、ガイアスが静かに宣言した。


「……騒ぐな。使われた酒の分は、俺が後で新しい樽を倍にして買い与えてやる。今日一日は、その料理を存分に味わえ」


「「「だ、団長ぉぉぉ!! 一生ついていきます!!!」」」


 騎士たちの歓喜は爆発し、砦全体が祭りのような熱気に包まれた。

 ミレイユもまた、リゼットの隣で、ソースを一滴も残さず拭ったパンを満足げに咀嚼している。


「お姉さま……。アルコールの揮発による香り成分の定着率、解析通り100パーセントの効果ですわ。……お姉さまの料理は、もはや魔導を超えた奇跡です」


「ふふ、喜んでもらえてよかった。団長さんも、おかわりあるわよ?」


「……いただこう。リゼットの料理には、酒を一杯飲む以上の『熱』があるからな」


 カボチャの優しい甘みと、最高級の酒の香り。そして、かつてないほど結束した男たちの咆哮。


 それは、厳しい冬を前にした砦にとって、どんな暖炉よりも温かな、心の灯火となった。

いかがだったでしょうか、朝市から始まり午後の訓練そして、夕飯での騎士たちの嘆きと喜び。砦の一日をご堪能いただけましたでしょうか。(^^♪



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