第4話:不自然な朝と、嵐を呼ぶ冒険者
昨日の「厨房ポロリ未遂事件」から一夜が明けた。 砦の食堂には、朝から異様な緊張感が漂っていた。
「……おはよう、リゼット」 「お、おはようございます、団長さん」
ガイアスは、リゼットの顔を直視できず、あらぬ方向を向いたまま着席した。リゼットもリゼットで、いつもなら「今日のおかずはこれよ!」とはしゃぐはずが、借りてきた猫のように大人しく、お盆を持つ手がわずかに震えている。
二人の間には、厚さ1メートルの鉄板があるかのような壁があった。 リゼットが差し出したスープの皿を受け取る際、指先が触れそうになっただけで、ガイアスは電流が走ったように肩を跳ねさせた。
「……っ。す、すまない」 「い、いえ! こちらこそ!」
(……気まずい。死ぬほど気まずい!!)
ガイアスは、スープの味が全くしなかった。脳裏に焼き付いた昨日の「白」と「曲線」が、スプーンを持つ手を震わせる。 一方のリゼットも、普段は「機能性」を重視してボタンを外していたシャツを、今日は首元までピッチリと留め、さらにはガイアスのマントを腰に巻くという防衛体制を敷いていた。
「……団長、リゼットさん、何かあったんですか?」 部下の騎士が不思議そうに声をかけるが、二人は同時に「「何でもない!」」と絶叫し、さらに空気が凍りついた。
その沈黙を破ったのは、砦の正門から聞こえてきた、場違いなほど明るい声だった。
「おーい! 誰かいるか? 珍しい獲物が手に入ったから、買い取ってくれよ!」
見張りの騎士が門を開けると、一人の男が軽快な足取りで入ってきた。 背中に巨大な鳥の脚を担ぎ、腰には数々の道具をぶら下げた、いかにも「腕利き」といった風貌の冒険者——ザックだった。
「ザック!?」
リゼットが、弾かれたように顔を上げた。その顔には、先ほどまでの困惑が嘘のような、心底安心したような笑みが浮かぶ。
「なーんだ、やっぱりここにいたのか。王都の店をクビになったって聞いたから、このへんの森で野垂れ死んでるかと思ったぜ」
「失礼ね! 見てよ、今はここで騎士団の料理番をやってるんだから!」
リゼットが駆け寄り、ザックの肩を叩く。ザックもまた、「相変わらずだな」とリゼットの頭を乱暴に撫で回した。 昨夜から一睡もできずに悩んでいたガイアスにとって、その光景はあまりに衝撃的だった。
「……何者だ、貴様は」
ガイアスが、地を這うような低い声で尋ねる。無意識のうちに、剣の柄に手が伸びていた。 ザックはリゼットの肩に腕を回したまま、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「ああ、悪い。俺はザック。リゼの『元相棒』で、こいつの扱いに世界一慣れてる男だ。……なんだ、団長さん、ずいぶん顔色が悪いな。胃でも悪いのか?」
「あ、ザックもそう思う? 団長、朝からずっと変なのよ」
リゼットがザックに同意し、二人は「ははは!」と笑い合う。 ガイアスの心の中で、気まずさは一瞬で蒸発し、別の感情がちらちらとのぞかせ始めた。
(……『世界一慣れている』だと?)
ガイアスは、自分でも驚くほどの威圧感を放ちながら、一歩前に踏み出した。




