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『追放された野生の天才料理人、騎士団の胃袋を掴む ~「魔物を煮込むな!」と追い出されたのに、堅物公爵の理性を粉砕しています~』  作者: にゃん
第3章 至高料理師の凱旋(再びの砦編)

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第38話:砦の静かなる限界

辺境の砦。王都の喧騒とは無縁のこの場所では、今日も重苦しい空気が漂っていた。


副官のヨアヒムは、手元の書類から顔を上げ、深い溜息をついた。


「……おい。そこで虚空を見つめている奴ら。持ち場に戻れ」


食堂の長椅子で、三人の若手騎士が力なく座り込んでいる。彼らはかつて、リゼットが作った「魔力パンパン小龍包」で、瀕死の重傷から劇的な回復を遂げた面々だ。


「副官……聞こえませんか。リゼットさんが鍋を振る、あの小気味いい音が……」


「幻聴だ。働け」


「昨日、調理場の裏でリゼットさんが落としたと思われる『乾燥したハーブの欠片』を見つけました。これを煮出して、小隊の連中と回し飲みしたんですが、涙が止まらなくて……」


「……貴様ら、本当にいい加減にしろ」


ヨアヒムはこめかみを指で押さえた。

彼は常識人だ。だが、そんな彼とて認めざるを得ない事実がある。

リゼットと団長が不在の間、砦の士気は目に見えて低下していた。今の食事は、王都から届く無機質な保存食と、近隣で採れる味の薄い根菜のみ。


かつてリゼットがいた頃の、あの「腹の底から魔力が沸き上がるような食事」を知ってしまった若手たちにとって、今の生活は、色が消えた世界に等しいのだ。


「副官……。団長たちは、本当に戻ってこられるんでしょうか。リゼットさんは今や王都で大人気だと聞きます。僕たちのことなんて、もう忘れて……」


「忘れるわけがないだろう、こんなところでみんなに料理を作ってくれた優しい娘だ」


ヨアヒムはなだめるように言ったが、その視線は窓の外、王都へと続く街道に向けられていた。

(……とはいえ、あの子は今や『至高料理師』の称号を授かった国宝だ。本当に、こんな僻地の砦にまた戻ってきてくれるのか……?)


ヨアヒムの心に、わずかな不安がよぎったその時だった。


『――街道に馬車影あり! 紋章は……第一騎士団、ガイアス団長だ!!』


見張り台からの絶叫に、砦が激震した。

絶望していた若手騎士たちが、バネで弾かれたように立ち上がる。


「来た……来たぞ! 聖女様がお帰りだ!!」

「おい、身だしなみを整えろ! 汚い顔を見せたらリゼットさんに失礼だぞ!」


「騒ぐな! 全員整列しろ!」

ヨアヒムが怒鳴りつけ、自らも身なりを正す。


「いいか、相手は国宝だ。失礼のないよう、最高の敬礼で迎えるんだ。……それと、調理場の火を起こしておけ。すぐにお手伝いができるようにな!」


「「「了解!!!」」」


統制の取れた、しかしどこか狂気じみた熱量を孕んだ返唱が響く。

門が開かれ、砂塵を上げて馬車が滑り込んでくる。

ヨアヒムは、出迎える側の責任者として、期待と緊張を胸に一歩前に踏み出した。

砦の重い鉄門が、軋んだ音を立てて開かれる。

滑り込んできた馬車には、以前よりもどこか憑き物が落ちたような、精悍な顔つきのガイアスが座っていた。


「団長! お帰りなさいませ!」


ヨアヒムが先頭に立ち、整列した騎士たちが一斉に敬礼を捧げる。だが、彼らの視線はすでに、ガイアスの背後にある馬車の扉に釘付けだった。


扉が開き、一人の少女が軽やかに地面へ降り立つ。


「みんな、ただいま! 変なもの食べてお腹壊してない?」


聞き慣れた、鈴を転がすような明るい声。

だが、そこにいたのは、彼らが知る出会ったころの「野生児」ではなかった。


「……リ、リゼットさん……?」


若手騎士の一人が、呆然と声を漏らした。

深い紺色の機能的なアンダーウェアに、清潔感溢れる白いショートコート。さらしの呪縛から解き放たれた彼女の肢体は、健康的な若さと、至高料理師としての自信に満ち溢れている。

さらに、まとめ上げられた髪に刺さっているのは、夕陽を反射して神々しく輝く黄金のかんざし。


「おい……見ろよ。あのかんざし、王家の紋章が入ってるぞ……」

「衣装も……あれ、王宮の特級仕立てじゃないか?」


騎士たちは、その眩しさに目を細めた。彼女が「自分たちのリゼット」であることは一目でわかった。しかし、その纏うオーラが、一国の至宝たる「至高料理師」のものへと昇華されている事実に、畏怖すら感じて立ち尽くしてしまう。


ヨアヒムもまた、あまりの変わり様に言葉を失っていたが、真っ先に気づいたのは別の「違和感」だった。


「リゼットさん、お帰りなさい。無事のご帰還、何よりです。……ところで、その……お背中に背負っている『動く毛布』は、一体……?」


リゼットの背中には、大きな風呂敷包みが「おんぶ」される形でくくりつけられていた。


「ああ、これ? ミレイユちゃんよ。懐かれちゃって、ついてきちゃったの」


「……ゴロゴロ……お姉さまの背中……魔力の循環がダイレクトに伝わって……至福……」


毛布の隙間から、冷徹なまでに整った美貌の銀髪少女が顔を出す。その瞳がヨアヒムたちを捉えた瞬間、温度が氷点下まで下がった。


「(無機質な声で)……公爵領の末端騎士たちが、お姉さまをそんな卑俗な視線で眺めるとは。……不快です。万死に値しますわ」


「ひっ……!?」


「あはは、ミレイユちゃん、みんなに挨拶しなきゃダメよ? ほら、この子、魔術師団のすっごい先生なんだって!」


砦の騎士たちは、あまりの情報の多さに混乱した。

衣装も立場も格上げされた「俺たちの聖女」。

彼女に背負われている、美しくも恐ろしい「狂犬魔導師」。

そして、それらを黙認している(あるいは諦めている)団長。


「ヨアヒム。……すまんが、説明は後だ。リゼット、あいつら(若手)の顔を見てやってくれ。今にも餓死しそうだ」


ガイアスの言葉に、リゼットは顔を輝かせた。


「そうね! さっそく王都のお土産と、途中でとった岩塩キノコで、みんなのご飯作るわね!」


リゼットが厨房へと駆け出す。その瞬間、砦の空気が一変した。


「衣装が変わっても、中身は俺たちのリゼットさんだ!」という安心感と、これから始まる「至高の宴」への期待が、爆発的な歓声となって砦を揺らした。

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