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『追放された野生の天才料理人、騎士団の胃袋を掴む ~「魔物を煮込むな!」と追い出されたのに、堅物公爵の理性を粉砕しています~』  作者: にゃん
第3章 至高料理師の凱旋(再びの砦編)

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第36話:静かなる森の晩餐

王都を離れ、街道を外れた川辺。夕闇が迫る中、リゼットたちは今夜の野営地を決めた。

ガイアスが手際よく仕留めてきたのは、このあたりで一番の暴れん坊とされる「黒鉄ボア(アイアン・ボア)」だ。鋼のように硬い毛皮に覆われているが、その下の肉は、王都の最高級豚をも凌ぐ甘い脂を蓄えている。


「団長さん、いいお肉! これ、脂が一番のスパイスになるわね」


リゼットは袖をまくり、手際よく肉を切り分けていく。


「お姉さま、スキレットの予熱は完了しております。表面の温度は230°C、メイラード反応を最大化する設定ですわ!」


ミレイユが指先から放つ無色透明の炎が、鋳鉄のフライパンを完璧な温度に保つ。リゼットは肉を置く前に、川辺で見つけた消臭草と岩塩、そしてミレイユが即興で醸造魔法をかけた果実酒を肉に揉み込んだ。


「ジュワァッ!!」


肉を置いた瞬間、暴力的なまでの音が響き、一気に脂の焼ける香ばしい匂いが立ち上る。表面をカリッと焼き固め、溢れ出た黄金色の脂をスプーンですくって肉にかけ続ける。


だが、その芳醇な匂いは、夜の森に似つかわしくない「招かれざる客」を呼び寄せた。

馬車で通りかかったのは、王都へ向かう途中の地方徴税官・バロンだ。彼は不機嫌そうに鼻を鳴らし、リゼットの料理を見下した。


「おい、そこな平民! 公道に近い場所でこれほどの匂いを撒き散らすとは不届き千万。その肉、供出物として没収する!」


バロンが汚い手を伸ばし、焼きたての肉を奪おうとした。

その瞬間、リゼットが調理用のトングで、バロンの手元をパシッと弾いた。


「ダメよ。これは今、一番いいところなんだから。勝手に触らないで」


「な……この無礼者め! 徴税官たる私に手を上げるとは! 衛兵、この小娘を捕らえよ!」


殺気立つ衛兵たち。

ガイアスが静かに剣の柄に手をかけたが、リゼットは困ったように笑い、乱れた髪を整えるふりをして、黄金のかんざしをスッと引き抜いた。


「ええと……王様が、困ったときはこれを見せれば、お話を聞いてもらえるって言ってたんだけど」


リゼットがその黄金の軸を、焚き火の光にかざす。

バサァッ……とリゼットの髪が夜風に広がり、その手の中で、一国に一人しか許されない王室直属・至高料理師グランド・クッカーの紋章が神々しく輝いた。


「……そ、その紋章……至高料理師……!? まさか、今、王都で噂の……」


バロンの顔から血の気が引いた。背後に控えるガイアスの鋭い眼光が、彼がただの護衛ではないことを物語っている。


「これ、王様がくれたとっても大事なものなの。だから、これに免じて、お肉はみんなで仲良く食べましょう? 」


リゼットが屈託のない笑顔で、焼き上がったばかりの肉の塊を差し出す。

腰を抜かしたままのバロンは、至高料理師グランド・クッカーの「印籠」の威力と、漂ってくる暴力的なまでに美味そうな匂いに、恐怖と食欲で涎を垂らした。


「あ……あ……。そ、それでは、お言葉に甘えて一口……」


バロンが震える手を肉へ伸ばそうとした――その瞬間。


「……あ?」


ミレイユの、底冷えするような声が響いた。


彼女はリゼットから見えない位置で、バロンだけに聞こえる音域に指向性魔法を絞り込み、呪いのような囁きを叩き込む。


「お姉さまの慈悲を額面通りに受け取るなど、万死に値しますわ。その汚らわしい指が肉に触れた瞬間、あなたの家系ごと、魔力回路を永久凍土に封印して差し上げますけれど……よろしいかしら?」


「ひぃっ!?」


同時に、ガイアスがバロンの肩に、ずしりと重い手を置いた。

「……徴税官殿。王室直属の料理師に対して『没収』という不当な圧力をかけた罪、王都に帰ってからシグルド宰相にどう報告すべきか、馬車の中でじっくり考えるんだな。……それとも、今すぐここで私が『教育』してやろうか?」


「あ、あわわわわ……っ!」


「あら? 代官さん、お顔が真っ白よ? そんなにお腹減ってたのかしら」

リゼットが心配そうに覗き込むと、バロンは脱兎のごとく自分の馬車へと逃げ戻った。


「い、いや、結構! 私のような卑俗な役人が口にしてよいものではありませんでした! 失礼いたしますぅー!!」


猛烈な勢いで去っていく馬車を見送りながら、リゼットは首を傾げる。

「あらら、行っちゃった。せっかく美味しく焼けたのに」


「気にするな。あいつには、この肉の魔力は強すぎたんだろう」

ガイアスが平然と嘘をつき、ミレイユが「さあお姉さま、毒虫はいなくなりましたわ。最高の一口を私の口へ!」と甘える。


結局、バロンが手にしたのは、一生忘れられない「至高の肉の匂い」と、恐ろしいほどの圧力を感じた「公爵と魔導師からのトラウマ」だけだった。


リゼットは慣れた手つきで、再びかんざしを髪に差し込み、まとめ上げた。そして、焼き上がったばかりの厚切り肉を切り分け、まずはミレイユの口へと運ぶ。


「はふっ……熱っ、はふっ……。お姉さまぁ……! 表面のクリスピーな食感の後に、ナッツのような脂の甘みが爆発しましたわ……! 私の魔力回路が、あまりの旨味に全速力でデトックスされていますわぁ……!」


静かなる森には肉の焼ける幸せな音だけが響き続けた。

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