第34話:帰還の調べ
新章突入します。あいかわらずがばがば設定なのはご容赦ください。<m(__)m>
王都が「至高料理師」の誕生に沸き返る中、その中心人物は、王宮厨房の隅で慣れ親しんだ大鍋をごしごしと洗っていた。夕陽が窓から差し込み、リゼットの髪を黄金色に染めている。
「……そろそろ、砦に帰りたいなぁ」
ふと漏れたその呟きに、背後で護衛をしていたガイアスが目を見開いて振り返った。
「帰りたい……のか? ここにいれば、最高の食材も、王宮の厚遇も思いのままだぞ」
ガイアスは、どこか自分に言い聞かせるように言った。
今のリゼットは、かつて砦で「お給料、もらえるの?」と聞いてきた無名の娘ではない。王から「至高料理師」の称号を授けられた、文字通りの『国宝』だ。
彼女が望めば、王都の一等地に屋敷が与えられ、毎日最高級のフォアグラやトリュフが山のように届くだろう。わざわざ、砂埃の舞う辺境の砦で、むさ苦しい男たちのために大鍋を振るう必要など、どこにもないのだ。
「ううん、団長さん。お金や高い食べ物は、もうお腹いっぱいなの」
リゼットは洗い終えた鍋をピカピカに拭き上げ、窓の外の遠い空を見つめた。
「私、王都にいるより、世界中の『まだ見たことない美味しいもの』を探しに行きたいわ。……あ、でもその前に、まずは砦のみんなに、王都の流行りの味を食べさせてあげなきゃ!」
「…………」
ガイアスは言葉を失った。
彼女を縛るものは何もない。地位も名誉も手に入れた彼女を、自分のもとに留めておける理由など、最初からなかったのだ。だが、彼女は当たり前のように「砦」を帰る場所だと言った。
(……俺は、この子を繋ぎ止めようと必死だった。だが、彼女はどこにいても、俺の想像をはるかに超えた自由の中にいるんだな……)
ガイアスは、自分の矮小な独占欲が少し恥ずかしくなり、同時に、そんな彼女を誰よりも近くで守れる特権を、死ぬ気で守り抜こうと決意した。
そこへ、足音を忍ばせて二人の男が厨房に入ってきた。魔術師団長カシアンと、宰相シグルドだ。
「……話は聞かせてもらったよ」
カシアンが腕を組み、冷徹な瞳でリゼットを見た。
「確かに、君の料理のおかげで魔術師団の魔力調律はかつてないほど安定した。君の料理は、滞った『魔力』を流し、回路の焦げ付きを洗い流す。研究対象としても、一人のファンとしても、君を王都に縛り付けるのは国家的な損失だ」
「宰相府も同じ意見だ」
シグルドが苦笑混じりに眼鏡を押し上げる。
「君の料理で官僚たちの能率が跳ね上がり、公文書が片付いた。……しばらくは、その貯金で持つだろう。……いや、持ってくれ。持ってくれないと私が死ぬ。……だがガイアス、君に彼女を独占させるつもりはないよ」
二人はリゼットに向き直り、そして横にいるガイアスを鋭く睨みつけた。
「「「砦に戻るなら、護衛(味見役)は私が――」」」
声が重なった。厨房に、王宮の会議室よりも殺伐とした「筋肉と魔術と権力」の火花が散る。
リゼットは首を傾げ、いつものようにふわりと笑った。
「ふふっ、三人とも本当に仲良しねぇ」
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