第33話:宮廷料理長の裁きと救い
王宮の大広間での“至高料理師”誕生から一夜。
王都は祝祭のような空気に包まれていた。
だが――
その裏で、ひとつの裁きが静かに始まろうとしていた。
ー王宮・審問室ー
重厚な扉が閉じられ、
王宮の重臣、魔術師団、宰相府、騎士団が揃う。
中央には、
拘束されたバルトロが座らされていた。
その顔には、
疲労と焦燥と、
そしてまだ消えないプライドが混ざっていた。
宰相シグルドが口を開く。
「バルトロ。
君に対する罪状は三つ」
静寂が落ちる。
「一つ。
王宮料理局の裏帳簿による不正な食材横流し」
バルトロは歯を食いしばった。
「……それは……
必要経費だ……!」
「必要経費なら、なぜ隠した?」
バルトロは言葉に詰まる。
シグルドは続けた。
「二つ。
リゼットへの虚偽報告と不当な追放処分」
バルトロの顔が歪む。
「……あの娘の料理は……
私の理解を超えていた……
だから……怖かった……!」
その言葉に、
審問室の空気がわずかに揺れた。
シグルドは淡々と続ける。
「三つ。
王宮への妨害行為。
虚偽の“毒混入疑惑”の捏造」
バルトロは叫んだ。
「私は……
宮廷料理界の秩序を守ろうとしただけだ!!
あの娘の存在が……
私の“常識”を壊したんだ……!」
その叫びは、
怒りよりも“恐怖”に近かった。
「常識だと?」
カシアンが冷たく鼻で笑った。
「君は彼女のレシピを『清書』と称して盗み、
彼女が陛下の体調に合わせて調整した微細な変化を『勝手な改悪』として切り捨てた。
……君が守りたかったのは秩序ではない。自分の無能が露呈することへの恐怖だろう」
バルトロは言葉を失い、床に膝をついた。
そこへ、静かにガイアスが歩み寄った。
「……バルトロ。当初、君に対して最も重い処罰が妥当だとされていたんだ。
だが、刑を決定しようとした我々の前に、一人の少女がやってきてな、こう言ったんだ」
(回想:審問前夜、騎士団の詰め所にて)
「え? バルトロさん、お城から追い出されちゃうの?」
リゼットが、パンにたっぷりジャムを塗りながら首を傾げた。
「当然だ。彼は君を陥れ、国を揺るがそうとしたんだ」とガイアス。
リゼットは少しだけ困ったように眉を下げた。
「うーん……でも、あのおじさんの『出汁』、実はすごかったのよ? 伝統っていうだけあって、基本の取り方は完璧だったわ。……ただ、頭がちょっと固くて、お塩の加減が私と合わなかっただけ」
「リゼット、君は彼に追い出されたんだぞ」とカシアン。
「それはそうだけど……。あんなにいい出汁が取れる腕があるのに、一生包丁を握れなくなるのは、なんだか食材がかわいそう。……ねえ、どこか山奥の村とか、お腹を空かせた人がたくさんいるところで、一生かけて美味しいスープを作らせてあげたら? 死んじゃったら、おじさんのスープ、もう誰も飲めなくなっちゃうじゃない」
審問室に、重苦しい沈黙が流れた。
バルトロは、信じられないものを見るような目でガイアスを見上げた。
「……リゼットが、私を……? 道具扱いし、彼女を追放した私を……認めたというのか……?」
「認められたのではない。……『拾われた』のだよ、君は」
シグルドが冷ややかに微笑んだ。
「君がゴミだと言って捨てた少女は、
君の『技術』だけは、君という人間以上に尊重した。
……これは、料理人としての君に対する、最大にして最も残酷な敗北宣言だ」
バルトロは、声を上げずに泣いた。
自分が権威と嫉妬に溺れている間、
あの少女はただ純粋に、自分の「一匙の出汁」の価値を見ていた。
その圧倒的な格の違いに、心臓を素手で掴まれたような衝撃を感じていた。
「判決を言い渡す」
シグルドが、王の親書を開いた。
「バルトロ。君の身分を剥奪し、全財産を没収する。……君には、王都から遠く離れた『辺境療養院』の炊き出し係を命じる。一生、そこを離れることは許されない」
バルトロは震える手で地面を叩き、深々と頭を下げた。
「……拝命、いたします……。……彼女が認めてくれた、この腕で……。
……今度こそ、誰かを救う一匙を……」
バルトロが連行された後、物陰からリゼットがひょっこりと顔を出した。
「……あ、終わった? 団長さん、お腹空いた! 王宮の調理場、広いから疲れちゃった」
「…………」
ガイアス、カシアン、シグルドの三人は、顔を見合わせた。
一人の男の人生を地獄から救い上げ、再起までさせておきながら、本人は「ジャムパンの次は何を食べようか」しか考えていない。
「……リゼット。君は本当に、恐ろしいな」
シグルドが苦笑して彼女の頭を撫でる。
「え? なにが? ……それより、今日は市場でガモンさんが『新しいキノコ』を仕入れたって言ってたの! 早く行きましょう!」
リゼットは、三人の男たちの複雑な視線を背に、春の風のように軽やかに審問室を駆け出していった。
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