第24話:宮廷料理界、暗躍す
宮廷料理局の奥深く。
普段は使われない倉庫の扉が、静かに閉ざされた。
バルトロ料理長は、
机に広げた帳簿を睨みつけていた。
「……リゼット。
あの娘さえいなければ……
私の宮廷料理界は完璧だったのだ……!」
その声は、
嫉妬と恐怖で濁っていた。
部下が恐る恐る口を開く。
「料理長……その……リゼットさんは、
ベルシュタイン公爵の専属料理人だと……」
「知っておるわ! だから厄介なのだ!」
バルトロは机を叩きつけるように立ち上がった。
「いいか、お前たち!
あの娘を王都から追い出すためなら、
どんな手でも使うぞ!」
部下たちは青ざめた。
「り、料理長……まさか……」
「黙れ。
宮廷料理界の権威を守るためだ。
必要なのは“真実”ではない。
“民衆が信じる物語”だ」
バルトロの口元が、
ゆっくりと歪んだ。
「――噂を作れ。
あの娘を“王都の敵”に仕立て上げるのだ」
その瞬間、
宮廷料理界の暗部が動き出した。
そのころ、シグルド宰相は、
書類を捌きながら側近に言った。
「……バルトロが動いたな」
「宰相様、どうして分かるのです?」
「王都の空気が変わった。
“誰かが意図的に揺らしている”匂いがする」
シグルドは、
机の上の団子の包み紙を指で弾いた。
「リゼットの料理は、民衆を元気にする。だが、民衆は同時に“噂”にも弱い。
バルトロはそこを突くつもりだ」
黒いフードの男たちが酒を飲んでいた。
「……例の噂、明日から流すぞ」
「“リゼットは魔物の毒を扱う不浄な女”だな?」
「“宰相や騎士団長を惑わせる淫魔”という話も混ぜる」
「民衆は、綺麗な女の悪口が大好きだからな」
男たちは、
薄暗い酒場で笑い声を上げた。
その笑い声は、
王都の夜に溶けていく。
そして――
翌朝、王都は“悪意の霧”に包まれることになる。
「おい、聞いたか? 下町で人気の“さらしの娘”……あれ、隣国の間者らしいぞ」
「料理に魔道具を仕込んで、食べた人間を洗脳するんだとよ」
「宰相様や騎士団長様が急に囲い込み始めたのも、その呪いのせいだって話だ」
酒場、広場、洗濯場、井戸端――
王都のあらゆる場所で、
出所不明の噂が霧のように広がっていく。
「野蛮な料理を食うと魔力回路が腐るらしい」
「呪いの魚を使ってるんだとよ」
「美人に騙されるなんて、男は愚かだな」
その噂は、
真実よりも速く、
王都の隅々まで汚染していった。
もちろん、
その裏で糸を引いているのは――
宮廷料理長バルトロ。
莫大な裏金で雇った工作員たちが、
王都中に“悪意の霧”を撒き散らしていた。
……リゼット。今日は屋敷から出ないほうがいい」
ガイアスは、
沈痛な面持ちでリゼットに告げた。
「えー、どうして?
今日はガモンさんに、新しいキノコの保存法を教える約束なのに」
リゼットは、
自分の首に“悪評という名の懸賞金”がかかっていることなど知らず、
パンをもぐもぐと齧っている。
ガイアスは、
その無防備な横顔に胸が締め付けられた。
「……君を貶める卑劣なデマが流れている。
今は外に出れば、火に油を注ぐだけだ」
だがリゼットは、
窓の外を見ながら軽く笑った。
「……そんなこと言ったって、お腹は空くでしょ?
噂なんて、美味しいものを食べれば忘れちゃうわよ」
ガイアスは、頭を抱えた。
その日の午後。
「リゼット、今日は絶対に外へ――」
「うんうん、わかったわかった!」
返事だけは良かった。
だが次の瞬間、
ガイアスが部屋に戻ると――
窓が開いていた。
さらしがロープのように垂れ下がり、
その先には、
軽やかに走り去るリゼットの姿。
「……またかぁぁぁぁ!!」
リゼットが市場に姿を見せると、
いつもなら笑顔で駆け寄ってくる人々が――
一瞬、足を止めた。
「……おい、あの子だよ」
「本当に毒なんて入れてるのかね……?」
刺すような視線。
ざわつく空気。
だがリゼットは怯まない。
いつものように、
ミアとガモンのいる広場へ向かった。
しかしそこには――
バルトロが雇った工作員たちが陣取っていた。
「見ろ! 毒婦が現れたぞ!」
「陛下を呪い、王都を狂わせる魔女め!」
「さっさとこの街から出て行け!」
腐った野菜が投げられようとした、その瞬間。
「――黙れ、この大馬鹿者ども!!」
雷のような怒声が響いた。
ミアの父親――
リゼットの料理で命を繋ぎ止めた漁師の親父が、
まだおぼつかない足取りで、
リゼットの前に立ち塞がった。
「このお嬢ちゃんが毒婦だと?だったら俺の体を診てみろ!
死にかけてた俺が、今こうして立ってるのは誰のおかげだ!」
ミアも叫ぶ。
「お姉ちゃんは、誰よりも優しいよ!
悪い噂を流してるみんなの方が、よっぽど怖い!」
ガモンも続く。
「商人は“味”で嘘を見抜く。
この娘の料理は本物だ。
噂なんぞ、腹の足しにもならん」
市場の人々が、
一人、また一人とリゼットの周りに集まる。
それは神格化ではない。
ただ――
彼女の料理で救われたという“事実”が積み上がった結果。
工作員たちは狼狽した。
「な、なんだお前ら……!
呪われてるのか……!?」
リゼットは、
自分を守るように立つ市場の人々の背中を見て、
ふふっと笑った。
「みんな、ありがとう。
……でも、そんな怖い顔してたら、
せっかくのご飯が不味くなっちゃうわよ?」
そして、
ポーチからスパイスを取り出す。
「噂を消すのは、魔法じゃない。
……もっと美味しい匂いよ!」
その瞬間、
市場にふわりと広がる香り。
人々の顔が、
自然とほころんでいく。
悪意の霧は、
ゆっくりと晴れていった。
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