第23話:リゼット王都を席巻す
王都の朝は、いつもなら焼きパンと薄いスープの匂いが漂う。
だが、この日の下町は違った。
――油の弾ける音。
――香ばしい香り。
――そして、どこか痺れるような刺激。
「おい、今日は“呪いの魚の唐揚げ”やるってよ!」
「昨日のお嬢さんが作ったやつを真似したんだろ? 行くぞ!」
下町の屋台通りには、朝から人だかりができていた。
屋台の主人が、慣れない手つきで痺れアンコウを揚げている。
「ほらよ! できたてだ!」
「おお……昨日のあの子みたいに、ちゃんと揚がってるじゃねぇか!」
客たちは期待に胸を膨らませ、一口かじる。
「……うまい! うまいけど……」
「なんか違うんだよなぁ……昨日のはもっとこう……体が軽くなる感じがしたんだよ」
「そりゃあ、あのリゼットって娘は別格だろ。見たか? あの綺麗な顔で、あんな魚を素手で捌くんだぞ」
「でもよ、呪いの魚がこの町で売れるなんて、時代が変わったな。
昨日までは俺たちでは捨てるしかなかったのに……」
下町の人々は、リゼットの料理が生んだ“価値の逆転”に沸いていた。
噂は瞬く間に広がる。
「昨日の女の子、名前はリゼットっていうらしいぞ」
「呪いの魚を美味しくしたって話、もう貴族街まで届いてる」
「魔術師団の若い連中が、あの子のクッキー食べて魔力が安定したってよ」
「宰相様の顔色が良くなったのも、あの娘の団子のおかげだって噂だ」
王都の酒場、商会、衛兵詰所、貴族の屋敷――
どこへ行っても、話題はひとつ。
「リゼットという美人料理人が、王都の常識をひっくり返した」
だが、この「革命」は下町だけに留まらなかった。 王都の政治的中枢、宰相府の執務室。そこでは、王国を動かす官僚たちが、山積みの書類を前に「異様な速度」でペンを走らせていた。
「……信じられん。第三課の事務処理が、午前中で終わっただと?」
シグルドは、届けられた報告書を二度見した。 普段なら過労と魔力不足で顔色を土色にしている官僚たちが、今はなぜか頬を紅潮させ、瞳をギラつかせながら仕事に没頭している。
原因は、休憩時間に配られた、リゼット特製の「魔力団子」だった。 見た目は茶色くて丸い、どこにでもある団子。しかしその中には、カシアンの魔導書から盗み見た「精神安定」と「魔力循環」を促す野草が、リゼット独自の絶妙な配分で練り込まれている。
「……シグルド宰相。恐ろしいことに、魔術師団の若手連中までもが、演習をボイコットしてこの団子を求めて行列を作っております」
官僚が冷や汗を流しながら報告する。
シグルドは、手元に残った最後の一粒を口に放り込んだ。 脳内を突き抜けるような爽快感と、腹の底から湧き上がる全能感。
「……ふむ。これはもはや、単なる料理ではない。国家の『戦略物資』だ」
シグルドの瞳が、政治家としての冷徹な輝きを帯びた。 そこへ、リゼットの「独占権」を主張する最大の壁――ガイアスが、不機嫌そうな足取りで入ってきた。
「シグルド宰相。……君が私の料理番を、勝手に宰相府の食堂へ招き入れたという噂を聞いたが」
「人聞きが悪いな、ガイアス。私は彼女に、疲弊した官僚たちの救済を『依頼』しただけだ。……見てみたまえ。彼女の団子一つで、王国の行政速度が三割向上した。これは、騎士団の武力よりも大きな国益だとは思わないか?」
「屁理屈を。彼女は砦の料理番だ。……王宮のどろどろとした政治に、彼女を巻き込むつもりなら、たとえ君が相手でも剣を抜く」
「ほう。……剣の腕前が一流の騎士団長殿は、独占欲も一流というわけか」
火花を散らす王国の双璧。 かつては「国の行く末」について議論していた二人が、今や「一人の少女をどこのキッチンに置くか」で本気で対立している。その異様な光景に、周囲の官僚たちは息を呑むばかりだった。
ー同時刻宮廷料理局の会議室ー
バルトロ料理長は、机を叩きつけて怒鳴った。
「なぜだ! なぜ下町の屋台ごときが、我々より注目されている!」
部下の料理人が震えながら報告する。
「り、料理長……その、昨日の“リゼット”という娘が……」
「またその名か! あの問題児が王都に来ているなど、悪夢だ!」
「ですが……呪いの魚を美味に変えたという噂が……
下町の屋台が真似して、連日大盛況で……」
「貴族街ですらその噂が流れお忍びで屋台に向かう者もいるとか……」
バルトロはこぶしをにぎりしめて呻いた
「……リゼット。あの、無能が、私の王都を汚しているのか……」
バルトロの顔は、嫉妬と恐怖でどす黒く歪んでいた。
「……宮廷料理界の権威を、あんな小娘に壊させてたまるか。……手段は選ばん。あの娘を、この王都から、いや、この世から消し去ってくれる」
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