第21話:特製・シビレアンコウの肝味噌焼き市場仕立て
「正しく捌けばお宝、だって……?」 ミアが呆然と呟く。
周囲の野次馬たちからも、嘲笑混じりの声が上がった。
「おいおい、あのお嬢ちゃん正気か? その『シビレアンコウ』の粘液には、魔力を狂わせる麻痺毒が含まれてるんだぞ!」
「偉い魔術師様が結界を張ってから捌くような代物だ。素手で触るなんて自殺志願者かよ」
リゼットはそんな外野の声を、鼻歌混じりに受け流した。 彼女は腰のポーチから、砦で愛用していた小さな薬瓶を取り出し、自分の手に塗り広げる。
「ただの毒じゃないわ。これは魔力が過剰に濃縮された『魔力焼け』の一種。……こうして酸味のある野草の汁で中和すれば、ただの滑り止めよ。ほら、見てて」
リゼットは躊躇なく、アンコウの頭頂部にある小さな突起――魔力を感知する触手に指をかけた。 パチッ、と青白い火花が散る。観衆が悲鳴を上げて目を背けたが、リゼットは平然とした顔で、その触手を特定の角度でひねり上げた。
「――ここが魔力のスイッチ。落としてあげれば、もう感電しないわ」
次の瞬間、アンコウの全身を覆っていた不気味な光がスッと消えた。 リゼットはそのまま、慣れた手つきでアンコウを逆さまに吊るし上げる。
「ミアちゃん、お水を用意して! それから、誰か平らな石か鉄板を貸して! お礼に最高の部位を一切れあげるから!」
「お、俺の店の鉄板を使いな!」 匂いと技術に惹きつけられた野菜売りが、焚き火にかかった鉄板を差し出す。
リゼットの包丁が動いた。 以前読み漁った『解体理論』と、辺境の砦で培った「一滴の血も無駄にしない野生の技術」その二つが、市場の喧騒の中で火花を散らす。
「アンコウはね、身を食べるだけじゃないの。この皮はコラーゲンの塊、ヒレの付け根は最高に引き締まった筋肉。……そして、一番の主役はこれ!」
リゼットが腹を裂き、中から取り出したのは、大人の拳二つ分はあろうかという、桃色の塊だった。
「……うわっ、なんだそのグロテスクな塊は!」 「これこそが『海のフォアグラ』。……あん肝よ!」
リゼットはその場で肝を叩き、持参していた発酵調味料(味噌のプロトタイプ)と和えて、熱々の鉄板の上にドサリと置いた。
じゅううううううう……っ!!
市場の湿った空気が、一瞬で書き換えられた。 焼けた肝の脂が弾け、味噌と混ざり合い、暴力的なまでに芳醇な香りが周囲に爆発する。リゼットはその濃厚なソースの中に、手早く切り分けたアンコウの白身を放り込んだ。
「はい、お待たせ! 特製・シビレアンコウの肝味噌焼き、市場仕立てよ!」
リゼットは最初に、震えているミアの口に一切れ運んだ。
「……んっ……!?」
ミアの瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「おいしい……! なにこれ、すっごく甘くて、とろけて……体が、熱いくらいポカポカする……!」
「そりゃそうよ。これ一食で、三日徹夜できるくらいの魔力が入ってるんだから。……さあ、そこのおじさんたちも! 呪いかお宝か、自分の舌で確かめてみたら?」
香りに抗えなくなった野次馬たちが、我先にと鉄板へ群がった。
「う、美味すぎる! なんだこれは、本当にあの化け物なのか!?」
「力が湧いてくるぞ! 昨日の酒が完全に抜けた!」
「お嬢ちゃん、この魚、俺が買う! 言い値でいい!」
「いや、うちの店で買い取る! お嬢ちゃん、銀貨三枚……いや、五枚だ!」
ミアの前に、次々と硬貨が積み上がっていく。 ミアは涙を拭い、リゼットの服の裾をぎゅっと握りしめた。
「お姉ちゃん……ありがとう。これでお父ちゃん、助かるよ……!」
「よかったわね。……あ、そうだ。売る時は『皮の剥ぎ方』もセットで教えるのよ? じゃないとまた呪いだって騒がれちゃうから」
リゼットが笑ったその時。 市場の入り口に、息を切らしたガイアスとカシアン、そして護衛の騎士たちが現れた。
彼らが見たのは、女だてらに包丁を掲げ、民衆の歓呼を浴びる「市場の女王」の姿だった。
「…………カシアン。私は彼女を『保護』しようとしていたはずだが」
「……同感だ、ガイアス。……どうやら彼女には、王宮の壁など最初から存在しないらしいな」
カシアンは呆れながらも、リゼットが作り出した「肝味噌」の香りに、抗いようのない食欲を感じて喉を鳴らした。
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