第15話:暁の出発と騎士たちの涙
王都へ向かう出発の朝。砦の正門前には、非番の騎士から厨房の手伝いの雑兵まで、およそ百名の男たちが勢揃いしていた。
「リゼットさん、本当に行っちゃうのか……。明日から俺たちは何を励みに剣を振ればいいんだ……」 「リゼットさん、王都の男に騙されちゃダメですよ!?」
騎士たちは口々に叫び、半ば本気で涙を流している。彼らにとってリゼットは、単なる料理番ではなく、殺伐とした辺境生活に現れた「女神」そのものだった。
「みんな、ありがと! また美味しい食材を見つけたら、王都から送るからね! ちゃんと私の教えた通りに野菜も食べるのよ!」
リゼットは、ガイアスの貸してくれた上質な旅装束に身を包んでいた。……もっとも、「動きにくいから」という理由で、またしても勝手に袖を切り落とし、胸元を緩めていたが。
ガイアスは愛馬に跨り、その光景を少し離れた場所から眺めていた。 自分の部下たちが、ここまで一人の女性を慕うようになるとは。一団長としては規律の面で頭が痛いが、一人の男としては、彼女が選ばれた誇らしさで胸が熱くなるのを感じていた。
(……だが、やはり心配だ)
王都には、ここの連中よりもずっと「計算高い」男たちがうじゃうじゃいる。 自分の身分を笠に着て近づく者、リゼットの才能を利用しようとする者、あるいは彼女の奔放な美しさに目を付ける不逞の輩。
「……リゼット。そろそろ行くぞ。あまり部下たちを甘やかすな、つけ上がる」
ガイアスがわざと厳格な声を出すと、リゼットは「はーい!」と元気よく返事をして、彼の馬の横まで駆け寄ってきた。
「団長! 王都にはすごい調理器具がたくさんあるんですよね? 楽しみだなぁ。あ、でもその前に、道中で『黄金イノシシ』が出たら、絶対に狩ってくださいね! あれ、香草焼きにすると最高なんですから!」
「……ああ。善処しよう」
ガイアスの覚悟など露知らず、彼女の頭の中はすでに「王都の未知なる食材」でいっぱいのようだった。
「よし、出発だ!」
ガイアスの号令とともに、馬列がゆっくりと動き出す。 背後からは、騎士たちの「リゼットさーん!!」「また会う日までー!!」という、まるで凱旋将軍を見送るかのような大歓声がいつまでも響いていた。
リゼットは何度も振り返って手を振り、やがて前を向くと、眩しい朝日の先にある王都を見つめた。 その隣で、ガイアスは静かに手綱を握り直す。
(私が守ってみせる。……たとえこの先、どんな『毒』が待ち受けていようとも)
ガイアスの決意と、リゼットの食欲。 噛み合わないようで、不思議と調和した二人の旅路が、今、王都へと向かって始まった。




