第11話:騎士団の“異常な朝活
翌朝。
断絶の砦の食堂には、いつも以上に異様な熱気が満ちていた。
「……まだか……」
「今日は何のスープだ……?」
「昨日の“根セロリもどき”のやつ、体が軽くなったんだよな……」
兵士たちは、まるで恋人を待つ乙女のような目で厨房の扉を見つめている。
その扉が、カタン、と小さく揺れた瞬間――
「リゼットさんだ!!」
「おはようございまーす! 今日の朝ごはんはね、昨日の野草で作った“滋養たっぷりスープ”よ!」
リゼットが大鍋を抱えて現れた瞬間、
食堂は歓声と拍手で揺れた。
「うおおおおお!!」
「リゼット様ぁぁぁ!!」
「俺、今日も生きていける!!」
ガイアスは額を押さえた。
(……朝からこの騒ぎか)
リゼットは慣れた様子で鍋を置き、手際よく配膳を始める。
「はい、あなたは昨日ちょっと顔色悪かったから多めね」
「あなたは筋肉痛がひどいでしょ? このスープ、筋肉の修復にいいのよ」
「団長さんは……あれ? 団長さん、胃が痛いんですか?」
「い、胃ではない。これは……その……」
ガイアスが言い淀むと、後ろの副官が小声で囁いた。
「団長、昨日からずっと胃を押さえてますよ。
……恋煩いでは?」
「黙れ」
ガイアスの低い声が響いた。
食堂の隅では、すでに朝食を終えた兵士たちが、
なぜか腕立て伏せやスクワットを始めていた。
「おい、今日のスープ、筋肉に効くって言ってたよな!」
「だったら鍛えなきゃもったいないだろ!」
「リゼットさんに“身が詰まってる”って言われたい!!」
「お前ら……朝から何をしている」
ガイアスが呆れた声を出すと、兵士たちは真剣な顔で答えた。
「団長! リゼットさんの料理を最大限に活かすためには、
我々の“肉質”を高める必要があると判断しました!」
「そうだ! 最高の素材には最高の体が必要なんです!
……素材?」
ガイアスの眉がぴくりと動く。
リゼットはスープをよそいながら、にこにこしていた。
「みんな偉いわね〜!
運動してる(動物の)お肉って、本当に美味しいのよ!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
兵士たちのテンションが爆発した。
ガイアスは天を仰いだ。
(……この娘は本当に、無自覚に兵を狂わせる)
どうやら先日のリゼットの好みのタイプを聞いてた兵士たちの脳内で、
お肉=筋肉、美味しい=美しいとなってるらしい。
食堂を出たガイアスは、砦の中庭を歩きながら、
兵士たちの様子を観察した。
驚くべきことに――
全員の動きが軽い。
「昨日の疲労が残っていない……?」
「団長、見てください! 剣の振りが軽いんです!」
「俺、今なら魔物十匹いけます!」
ガイアスは腕を組んだ。
(……やはり、彼女の料理は兵の能力を底上げしている)
魔術でも薬でもない。
ただの“料理”でここまで変わるなど、本来ありえない。
(王都に連れて行けば、必ず目をつけられる。……守らねば)
その時、背後からリゼットの声がした。
「団長さーん! 今日の昼は“野生のキノコのクリーム煮”ですよ!」
振り返ると、リゼットが大きな籠を抱えて走ってくる。
「見てください! こんなに大きなキノコが採れたんです!」
「……それは毒キノコではないのか?」
「大丈夫ですよ!
以前ザックが『それは食える』って言ってましたから!」
「……あの男を基準にするな」
ガイアスは深くため息をついた。
リゼットが去った後、
ガイアスは静かな中庭を見渡した。
兵士たちの笑顔。
活気。
砦に満ちる温かい匂い。
(……これが、彼女がもたらした日常か)
もしも彼女がいなくなればこの温かさは失われるかもしれない。
だが――
(それでも、彼女を守る。)
ガイアスは拳を握りしめた。
その時、遠くから兵士の叫び声が響いた。
「団長ー!!
リゼットさんが“巨大キノコ”を追いかけて森に走っていきました!!」
「……は?」
ガイアスの胃が、また痛んだ。




