第10話:野草摘みは軍事作戦
ザックが砦を去ってから数日。
嵐が過ぎた後のような静けさが戻るかと思いきや、砦の空気はむしろ以前よりも落ち着かない。
その中心にいるのは、もちろんリゼットだった。
「――よし、準備完了。今日はどうしても“根セロリもどき”が欲しいのよね」
厨房裏口で身支度を整えていると、背後から鎧の擦れる重い音が響いた。
「……リゼット。どこへ行くつもりだ」
振り返ると、団長ガイアスが仁王立ちしていた。
その背後には、なぜか完全武装の精鋭騎士五名がファランクス陣形で控えている。
「あ、団長さん。おはよう~。ちょっと森へ、スープの出汁に使う野草を摘みに行こうと思って」
リゼットがカゴを掲げて笑うと、ガイアスの眉間に深い皺が刻まれた。
「……森だと? 確かに以前はそこで自活していたようだが、自分が一人の女性であるという自覚はないのか」
「えー、でもすぐそこですよ? それに最近みんな顔色悪いし。あの野草、血を補うのに最適なんです」
その言葉に、後ろの騎士たちがざわついた。
「俺たちのために……!」
「昨日のスープ、本当に体が軽くなったよな」
「傷の治りも早い気がするんだが……」
ガイアスは深くため息をつき、顎で部下に合図した。
「……わかった。これを行軍訓練に切り替える。第一班、リゼット殿の周囲三メートルの安全を確保せよ。子ネズミ一匹たりとも近づけるな」
「「「はっ!!」」」
こうして、ただの“野草摘み”は、物々しい“軍事演習”へと変貌した。
森に入ると、リゼットはすぐに足元の草花に夢中になった。
「あ、あった! これです!」
しゃがみ込もうとした瞬間――
「シュバッ!」
三人の騎士が同時に前へ飛び出した。
「リゼットさん、お下がりください! 足元に棘のある植物が!」
「私が排除します!」
「周囲警戒、異常なし!」
……ただの草を摘むだけなのに、剣の柄に手をかける必要があるのだろうか。
リゼットは苦笑しつつ、目的の根菜を掘り起こした。
数歩後ろでその様子を見ていたガイアスは、部下たちの“変化”を改めて観察する。
つい先日まで、無茶な筋トレのせいで動きは鈍く、体力的にも余裕がなかった。
それがどうだ。
昨晩リゼットが作った「鶏肉と香草の煮込み」を食べた翌朝から、
肌には艶が戻り、集中力は見違えるほど高まっている。
(……ただの食事で、ここまで兵の質が変わるものか?)
ガイアスは、泥のついた根っこを大切そうにカゴへ入れるリゼットを見つめた。
魔力による治癒は傷を塞ぐだけだ。
だが彼女の料理は、失われた活力そのものを底上げする。
(彼女の料理は、もはや“薬”ではない。
兵を強化する広域支援魔術……いや、軍事資源だ。
もし敵国に渡れば、それだけで戦況が変わる)
「団長、見てください! こんなに立派なのが採れました!」
リゼットが無邪気に駆け寄る。
その手に握られた泥だらけの根菜が、ガイアスには恐ろしく貴重な“魔導具”に見えた。
「……ああ。重畳だ。……リゼット」
「はい?」
「お前は、自分がどれほど我が団の生命線を握っているか理解しているのか」
「えっ? いや、美味しいものが食べられればいいかなって」
リゼットが首を傾げると、周囲の騎士たちが一斉に深々と頭を下げた。
「リゼットさん! 今夜のスープも期待しています!」
「俺、一生この砦勤務でいいっす!いや、この砦勤務がいいっす!!」
ガイアスは、熱狂する部下たちと、困惑する“胃袋の支配者”を見比べ、静かに覚悟を決めた。
(……この聖女は、絶対に王都の毒から守らねばならん)




