03. あたまがふわふわする
新年の王族挨拶を終えて、ルリは皆に続いてバルコニーから城内へと戻った。
バルコニーから隣接する広間は、普段は式典などに使われる、何もない広々とした空間だ。
しかし、今日は新年の祝いのために、使用人たちによって豪華なテーブルやソファが運び込まれ、王家の家族団らんのための特設サロンとして温かく整えられていた。
「皆、ご苦労だった。これで新年の公務は終いだ。あとは、ゆるりと楽しもうじゃないか」
ローズがそう告げながら、ソファの一つに女王らしい所作で優雅に腰掛ける。その横には葵が、后らしく背筋を伸ばし、凛とした姿勢で寄り添うように座った。
アヤメはソファの上に、待ちわびた人たちが既に腰掛けているのを見つけ、顔を輝かせる。
普段は姉のサクラと同じぐらい、いや、それ以上にしっかりしているアヤメなのに、今の顔はまるで宝物をみつけた子どものようだ。
「スフェーン、ビュランっ……!」
「ふふ、お疲れ様だったわね、アヤメ」
「おつかれ、アヤメ!」
アヤメは弾けるような笑顔で、二人の婚約者の間に割り入って座った。
「さあ……私たちも座りましょう? ルリ」
「うんっ!」
ルリはサクラに手を引かれ、空いた最後のソファの一つに二人で沈み込む。
ふかふかのソファに身を任せると、目の前のテーブルに並べられている、瑞々しい果物や、色とりどりの可愛い小皿料理が目に入った。
「ルリ様、お飲み物をどうぞ。フィオーレ王国伝統の、薔薇酒でございますよ」
「サクラ様はこちらのグラスを。お二人とも、お疲れ様でした」
すかさず、二人のメイド――キウイとチェリーが、透き通ったルビー色の飲み物が入った、美しいカットグラスを差し出した。
ルリがキウイからそれを受け取ると、ふわ、と華やかな香りがたちあがり、ルリの鼻をくすぐる。
「皆、グラスは持ったか? ……それでは、良き一年に……乾杯」
ローズの言葉を合図に、皆が笑顔で「乾杯」とグラスを掲げる。
「ほら、ルリ。乾杯」
「か……かんぱい? こうするの?」
ルリが皆の見様見真似でグラスを掲げると、サクラが自分のグラスを、カチンとルリのグラスに優しく当てた。
澄んだその音色が、新年の宴の開始の合図となる。
テーブルの上の料理を口にしながら、穏やかな談笑が始まる。
(みんな、ニコニコしてて……たのしい! わたし、こういう時間、だいすき!)
大好きな家族たちと笑って過ごす時間は、ルリにとって何より心地のよいものだった。
このままずっと、みんなと話していたい。
――そう、思うのに。
(……でも、なんだか、ムズムズするなぁ)
ルリは隣に座るサクラの手を、テーブルの下でこっそり、ぎゅっと握りしめた。
サクラもそっと握り返してくれるが、その視線は会話をする皆に向けられたままだ。
キウイから聞いた「ヒメハジメ」の話が、頭から離れない。
愛しいサクラに、新しい年の愛と印を刻む儀式。
それを想像するだけで、心臓がとくとくと早鐘を打ち、身体の芯が熱くなる。
(みんなといっしょにいるのも、たのしいけど……はやく、サクラとふたりきりになって、ヒメハジメもしたいのっ)
ルリは喉の渇きを潤すように、グラスの中の薔薇酒をくいっと一口飲んだ。
途端に、胸の中にふわっとぽかぽかとした熱が広がる。
「ルリ様、そちらは甘くて飲みやすいですが、意外と度の強いお酒です。お酒に弱いルリ様は、一口だけにして、こちらのジュースに取り替えましょう」
ルリが一口飲んだ瞬間、即座にキウイが声をかけた。
その手には、アルコールの入っていないジュースが抜かりなく用意されている。
――しかし、ルリの頭は既にふわふわしていて、キウイの意図とは別の方向に思考が飛んでしまった。
(とりかえる……? あたらしいのみもの、くれるのかな……? じゃあ、このふるいやつ、のみきらないと……)
もったいないから飲んでしまおう。
ぼうっとした頭でそんな結論に至ったルリは、キウイが止めるよりも早く、グラスを傾けた。
「あっ、いけませんルリ様っ!」
キウイが制止の声を上げるのと、ルリが残りの薔薇酒を喉に流し込んだのは、ほぼ同時だった。
「んくっ……ふう……はい、きうい……空になったよ……」
「あぁ……そんな、一度に飲むと……っ」
キウイが焦るような声を上げる。
サクラの方を見ると、なんだかサクラがゆらゆらと揺れて、二人いるように見えた。
「ルリ!? お酒、一気に飲んじゃったの!? 大丈夫!?」
「んー……? ふたりのサクラとふたりきりになったら、さんにんきり……?」
冷静なチェリーが、顔を青ざめさせるキウイに、透明な液体が入ったグラスをさっと手渡した。
キウイは心配そうな顔でそのグラスをルリに差し出す。
「私の言葉が足らず、申し訳ありません……っ、ルリ様、ひとまずこちらのお水をお飲みください」
言われるがままに冷たい水を飲み干すと、熱かった頭の中が少しだけすうっと冷えて、二人に分裂していたサクラが一人に戻った。
「んー……なんだか、おへやがぐるぐるしてるかも……?」
ルリはこてんとサクラの肩に頭を預けた。
サクラの体温が心地よくて、瞼が重くなる。
「サクラ、下がってルリを休ませてやれ」
ローズが落ち着いた声でサクラに指示する。
「は……はい、申し訳ありません」
「よいよい。新年だ、多少羽目も外れるさ」
サクラがローズに一礼をして立ち上がった。
「ルリ、立てる……? キウイ、そっちを支えてくれるかしら」
「承知いたしました。ルリ様、失礼しますよ」
サクラがルリの右腕を、キウイが左腕を、それぞれの肩に回して身体を支える。
ルリはされるがままに立ち上がったが、変身魔法で作り出した人間の脚は、酔いのせいで生まれたての小鹿のように頼りなかった。
「わぁ……あしが、ふわふわするぅ……」
「ルリ、私が支えてるから、大丈夫よ。……行きましょうか。では、ローズ母様、葵母様、皆さんも。お先に失礼させていただきます」
サクラは皆に軽く会釈をすると、ルリの身体を支えながら、ゆっくりとサロンを後にした。
「サクラ様、お二人のお部屋はここから少し遠いので、控室を使ってはいかがですか? ルリ様がお着替えしていた部屋が空いてますよね、キウイさん?」
サクラの後ろに控えながらついてきていたチェリーが声をかけると、キウイは渋るような声を出した。
「ええと……空いては、おりますが……お二人のお部屋の方がいいのではないですかね? ほら、慣れたお部屋で、お二人でゆっくりできますし……」
「でも、このルリを運ぶの……なかなか大変よ。近いお部屋があるなら、そちらの方が嬉しいわ」
「しかしあのお部屋は、二人きりでお過ごしになるには、防音性能がですね……」
キウイの言葉を遮るように、チェリーがぴしゃりと言う。
「そんなこと、今は関係ないではないですか。ルリ様の体調が第一です。ほら、控室に参りましょう」
「……はい」
キウイが諦めたように返事をする。
二人のメイドがそんな攻防を繰り広げている間、ルリは全く別のことを考えていた。
(サクラ……いいにおい……)
至近距離にあるサクラの首筋から、甘くて優しい匂いが漂ってくる。
その香りを吸い込んだ瞬間、お酒の熱とは別の、甘く痺れるような熱が、ルリの下腹の奥で、とくんと疼き始めた。
お酒の一気飲みはマジで危険なのでやめましょうね。




