02. わたしのおひめさま
身支度を整えたルリがキウイに促されて控室の外に出ると、ちょうど儀式を終えたサクラたちが戻ってくるところだった。
長い廊下の向こうから、厳かな雰囲気を纏った女王ローズと、そのわずか後ろにサクラとアヤメがついて歩く。
三人で歩調を合わせて進む姿は、ただの親娘ではなく、国の頂点に立つ「女王と姫」そのもので、近づきがたい雰囲気を放っていた。
三人はまだずいぶん遠くにいるのに、隣にいるキウイが深々と頭を下げて礼をする。
普段は自分に気さくに接してくれるキウイだが、使用人として弁えるところはきっちり弁えているのだ。
「さ……サクラっ!」
ルリが逸る気持ちを吐き出すように思わずその名を呼ぶと、サクラはローズに声をかけた後、ルリの方に足早に歩いてきた。
「ルリ、お待たせ。今、新年の儀式が終わったところなの」
先程まで儀式を執り行っていた緊張が少し残っているのか、サクラの表情は少し硬かった。
しかし、ルリと目が合った瞬間、その頬がふわりと緩む。
「うん……窓からみてたよ。サクラ、とってもきれいだった!」
「あら、見てたの? なんだか恥ずかしいわね。ふふ、ありがとう」
いつもの優しいサクラの様子に、ルリはほっと胸を撫で下ろした。
窓から見た時は遠い存在のように感じたけど、こうして近くで話せば、大好きな「いつものサクラ」だった。
「サクラ……ドレス、にあってる。かわいいね」
「ルリのドレスも素敵よ。藍色の髪に深紅のドレスだから、映えるわね」
サクラが柔らかく微笑みながら、そっとルリの長い髪を掬う。
長い睫毛がわずかに震える。
その美しさに、ルリの胸がとくんと鳴る。
(サクラ……かわいいなあ……)
ルリの中に、温かい気持ちが芽生える。
しかし、そんな二人の時間を遮るように、ローズの声が響いた。
「サクラ、私たちは先にバルコニーに行っているぞ。遅れないようにな」
「はい、ローズ母様」
すれ違いざまにかけられた声に、背筋を伸ばして凛と返事をするサクラは、自分とは格が違う、立派な姫に見えた。
ローズとアヤメの足音が遠ざかると、ずっと礼をしていたキウイが、ふぅ、と息を吐いて顔を上げた。
その瞬間、サクラの斜め後ろに控えていたチェリーと、視線が交わった。
二人は言葉こそ交わさなかったが、互いにほんの一瞬だけ目元を緩め、愛おしそうに合図を送り合う。
その一瞬だけで、二人の間には十分な愛の会話が成立しているようだった。
(……いいなぁ)
言葉がなくても通じ合っている二人を、ルリは少し羨ましく感じた。
目の前に愛しいサクラがいるのに、公務の途中だから、まだ「わたしのサクラ」になってくれない。
(はぁ……わたしも、はやく「ヒメハジメ」して……サクラを、わたしだけのものにしたいなぁ……)
ルリはそんなことを思いながら、胸の前で掌をきゅっと握りしめた。
ルリがサクラと一緒にバルコニーの前に行くと、既にフィオーレ王族の面々が揃っていた。
幼い少女のような風貌に見合わない厳格なる雰囲気を纏う、長い深紅の髪に同じ色の瞳を持つ女王ローズ。
その隣で凛と佇むのは、紫色の長い髪を高い位置でしっかりと結った、上背の高い、后の葵だ。
そして、少し離れたところには第二王女のアヤメが立っている。
アヤメはサクラの妹で、純白のまっすぐな長い髪に、華奢な少女の風貌をしている。
しかしその表情は大人びていて、背筋を伸ばしてしっかりと前を見据えている。
「あれ、アヤメは一人なの?」
「ルリお姉様、いらっしゃったのですね。私の愛する方たちは、まだ婚約者という関係性ですので……残念ながら、こういった正式な公務を共にすることはできないのです」
ルリの問いに、アヤメは落ち着いた声で答える。
「そうなの……」
「ふふ、そんな悲しい顔をしないでください。この公務が終われば皆でゆっくり過ごせるのですから」
アヤメはふわりと、純白の目を細めて微笑んだ。
サクラが隣にいるのにどこか寂しさを感じている自分とは大違いだと、ルリは感心した。
「皆、揃ったな。民が待っている。出るぞ」
ローズの号令で、メイドたちがバルコニーの扉を開け放った。
ルリは隣にいるサクラと顔を合わせた後、手をしっかりとつないで、バルコニーの外に出た。
外の爽やかな空気を肌で感じるとともに、民たちが割れんばかりの歓声を浴びせてきた。
サクラが慣れた様子で手を振っている。
「ふふ、ルリも、ほら。手を振ってあげて」
サクラが優しい声で囁くのに促されて、ルリもサクラの真似をして手を振った。
目が合う民たちは一様に笑顔だ。
横目でサクラを見ると、すっかり姫の顔になっている。
(みんなのための、サクラの顔……)
広場を埋め尽くす人々の口から、サクラの名を呼ぶ声が聞こえる。
その声援に応えるサクラの笑顔は、慈愛に満ちていて、どこまでも完璧だった。
隣で手を繋いでいるはずなのに、その温もりすら、王族としての務めの一環のように感じられてしまう。
(……むむ)
ルリは繋いだ手に、こっそり力を込めた。
しかしサクラは、民衆へ愛想を振りまくのに夢中で、全く気づいていない様子だ。
それが「姫」としての正しい振る舞いだとわかっていても、ルリの胸の奥で、小さく火が燻り始めた。
(サクラは……わたしのおひめさまなのに)
うまく笑えているのかわからないまま、ルリは民に手を振り続けた。
ルリの心が沈むのとは逆に、民の歓声は最高潮に達する。
つないだ手の温かさを感じながら、愛の「儀式」への決意を固くしたのだった。




