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■帝城と地上・クレハとアイラ




「さて、改めて自己紹介するわね」

 サファイアの体調が回復したタイミングを見計らい、黒髪の美女が柔らかく微笑む。

 精悍な美丈夫と刀剣および剣士談義で盛り上がっていたレイは、「ハイ」と瞬時にシュッとした。


「私はアイラ。植物好きの薬師。そっちはクレハ。猛者を探し求める系剣士。共にハルシオン帝国の辺境地出身よ。幼なじみだけど、いつも一緒にいるわけじゃないわね。帝都で大きな行事がある時は現地で落ち合おうって約束をしていて、三日前に合流したの」

「仲がいいんですね」

「「全然」」

「……それぞれ建国祭を見に来たんですね」

「そうね」

 紅茶を飲み、形のいい唇が「最初にふたつ言っておくわ」と宣言した。


「ひとつ。私たちは初代皇帝が編み出した製錬の大魔法と、それによって今も国力を維持し続けるこの帝国が大嫌い」

「…………」

「ふたつ。でも、だからといって大魔法の結晶である宝石の子供たちを憎悪することはないわ。彼らが悪いわけではないのだもの」

「…………」

 それはまあ。レイとまったく同じ考えだった。

 問題は。

「……あなたたちはなぜ製錬の大魔法を知っているの?」

 レイは根本的な疑問をぶつけた。



 今のレイは狼狽と猜疑心だけが友達状態だ。

 浮島から降りてきたサファイアを城の外に連れ出した直後にこれなのだ。もしや皇族しか知らないというのは嘘で、初代皇帝が編み出した製錬の大魔法は実のところ世間的に大有名なのではないか? ここにいる皆が皆、普通にサファイアの正体に気付いているのではないか? そんな思考にとらわれていた。

 だが。

「その魔法を知ってるってことは、お前も皇族か?」

「……………………」

 普通に問い返され、レイのバッテリーがバチンと落ちた。



 ……これやっちまったんじゃねえの。ああやっちまった。レイは内心で青褪めた。

 疑念が沸いたからといって皇族にまつわる質問をバカ正直かつド直球にカマすなどヤブヘビの中のヤブヘビ。自分の素性を大声で喧伝しているようなものではないか。

 そう、相手がなにを言おうともレイはあくまで「サファイアの護衛」に徹し、アレキサンドライトの花嫁の娘云々というアイラの言葉に過剰反応すべきではなかったのだ。

「……………………ノーコメントです」

「今の皇族にこの年頃のお姫様っていた?」

「皇子ならドンピシャだが……普通に皇帝の隠し子かもな」

「そういえば現皇帝には行方不明の弟がいたわね。その子供ってところかしら」

「ノーコメントです!」

 目の前で正解探しをしないで欲しい。サファイアの「まあ俺は黙ってるよ」という同情の眼差しは甘んじて受けた。二度はしねえので見逃してください。



 しかしだ。朗報もある。この二人がレイに皇族疑いをかけるということは、「製錬の大魔法は皇族しか知らない」という事実を彼らも是としているということだ。

(つまり国家機密を国家機密として取り扱う真っ当な家の人間であり、その情報を元に帝国転覆とかを企むアウトローではないってことだわ。そういう人って多いのかしら少ないのかしら。目的は何?)

 この辺を明らかにすれば潜在的な帝国の脅威が判明するかもしれない。

 まあ正直帝国のことはどうでもいいというか、兄だか弟がつけてくれた護衛たちが今もどこかでクレハとアイラを確認してるはずなので、そっちで良きに計らってほしい。

 問題はレイの矜持だ。レイの座右の銘は「転んでもタダでは起きない」である。どうにかこうにか怪我の功名に持っていこうとする心構えを見せつける時だ。


「……さっきのは忘れて」

「あら、もしかして皇族に貸しができちゃったのかしら」

「……でもこれだけは教えて」

「貸し二になるな」

 うっさい。


「なぜ彼が浮島の魔法使いだとわかったの? あなたは彼を水の王子様と言ったわよね。見ただけで属性までわかるものなの?」

 それもレイには純粋に謎だった。

 皇族の秘密を知る彼らだからわかるのか、それともある程度魔力がある者なら誰でも彼の正体がわかるのか。

 少なくともレイにはこれといったものは何も感じられないのだが。

(やっぱり私が無能者だからわからないのかしら……?)

 心の中でヘコんでいると、答える義務も義理もないはずの彼らがサラリと解答を教えてくれた。



「昨日城に巨大な氷柱が立ったのを見たからだが? あんなことができる人間は他にいない」

「…………」

「私が彼に話しかけたのは本当にただの偶然だけど、あれほどの氷柱が立った後で聞くサファイアという名前はあまりに象徴的すぎたわね。だから、もしかしたらと思ってカマをかけた、そうしたら当たった、それだけよ」

「…………」

 魔法や魔力的なことではなく、どこまでも理路整然と説明できることだった。



「……よくわかったわ。どうもありがとう……」

「どういたしまして」

「さていいか? 普段絶対に降りてくることがない宝石の子供だ、是非とも聞いておきたいことがあるんだ」

 レイの話が終わったと見てクレハがさっそく本題を切り出す。――さあ本題だ。一体何が目的だ。

 彼は真剣さに切実さを足した真摯な目でサファイアに問いかけた。



「皇族以外の人間が浮島に上陸するにはどうすればいい?」



「…………」

 レイは束の間息を止める。

 一方のサファイアは静かに首をかしげただけだった。

「さあ、知らないな」

「今まで多くの人間が皇族の目を掻い潜り魔法や気球で浮島を目指してきた。だが成功者は依然としてゼロのままだ。近付くことは可能だが何をどうしても上陸することができねえんだ。最後に魔法で阻まれて」

「なら無理なのでは?」

「あんたが一緒でもそうか?」

 なるほど、可能性を潰していきたいのか。サファイアはそんな表情になった。

「調べ甲斐はあると思うが、そちらの目的は? 浮島を荒らす、花嫁を害する、攫って我がものとする――そんなことをするつもりなら当たり前だが協力しない」

「そんなことはしない」

「では何をする?」



 その時レイは、パキパキという小さな音に気付いた。

(ん?)

 音のした方を見ると、なぜかテーブルの下でクレハとアイラの足が、地面に縫いとめられるように凍っている。

(凍……え、なんで……?)

 とはいえ思い当たる節はひとつしかない。

 レイはサファイアを見る。

 そして彼のあまりの表情の無さに、寒さにではなく唇が震えた。



 もしかして。

 というか、あからさまに。

(怒ってる……わよね)

 怒ってる――ただ浮島に上陸したいと言っただけで。



「……っ、あるべきものをあるべき場所に戻すだけだ」

 アイラはともかく、クレハに至っては刃物の投擲を防ぐためか両の肘から手首の先まで凍らされており、骨の髄から寒そう、かつ仮に少しでも腕を動かしたら物凄いことになりそうだった。

「具体的にだ。何をどうする?」

「……浮島に上陸できないなら言う意味はない。行けると確約するなら話す」

「では話さなくていい。今まで通り過ごせ」

 言い放つ声に温度はない。静かに閉じられる睫毛は、彼がそれ以上何も話す意思がないことを示していた。

 そこにあるのは、クレハとアイラの全身を凍らせたまま立ち去ることを厭わない酷薄な空気だけだ。



 レイは思う。理解した。

(きっと彼には、花嫁と同胞を守る本能のようなものがあるんだわ……)

 家族を守る意識は誰にでもあるだろうが、きっと宝石の子供たちは特別に。

 サファイアの体調を心配したアイラや、害意がないことを示すため自ら武器を手放したクレハは、決して悪い人間ではないのだろう。

 だがレイには、地上の不埒者共に家族に害を加えさせないというサファイアの決意の方が、より強くわかり、同調できてしまった。



「……サファイアさん、たくさんの人を見て、話して、疲れたでしょう。今日はもう戻りませんか」

 あるいは場違いかもしれないが、今日はもうこれ以上彼にストレスをかけたくない。そう思い、レイは声をかけた。

「……そうですね。今日は地上のことをよく勉強できたと思います」

「少しずつ慣れますよ。人も、人混みも、」

 人探しも。

 小さく笑い、レイは預かっていた剣をクレハに返した。

 この陽気であれば氷も程なく溶けるだろう。未だ立てずにいる二人を置いてテーブルを離れると、まともに話を聞いてもらえなかった悔しさからか、アイラが挑発のように囁いた。

「……花嫁たちは幸せかしら?」

「…………」

 サファイアは答えない。

 答えず、サファイアは自分の母であるサファイアの花嫁ではなく、ルビーの花嫁のことを考えた。



 ――傷心のまま未だ独りでいる花嫁。

 ――皇弟から寄せられる哀を知らず、愛を知らず。

 ――終生城から出られない。



 幸せ?



「…………」

 サファイアは答えない。

 答えず、黙って前に歩きだした。




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