■帝城と地上・人酔い
「姉ちゃん別嬪だな! こっち来て俺の祭りに華を添えろや!」
スパン。
「おいザケんな冷やかしかよ! 詫びとして有り金全部置いて行」
チャキ。
「せっかくの祭りだってのに地方から来た奴らの態度の悪いこと悪いこと。タチの悪い露店をやってる奴もいるから、姉さんらも気をつけなね」
「ありがとう、気をつけるわ」
「オウ身なりのいい兄ちゃん、ちょっと金貸してくんn」
ズバッ。
***
サファイアとレイは建国記念祭仕様として屋外にテーブルを出したカフェの一角で休んでいた。
あまりの人の多さ(と一部タチの悪すぎる連中)にショックを受けたサファイアが見事に体調を崩したからだ。
「大丈夫ですか、サファイアさん」
「……こんなに人が多いなんて聞いてない……」
「建国祭四日目ですからね」
机に両肘を立てて手の甲で休むサファイアから目を外し、レイは途切れることを知らない人混みを眺めた。
ハルシオン帝国の記念祭は五日間続く。
一日目に準備、二日目に前祝い、三日目に本番、四日目に追い祭り、五日目に後片付けという寸法である(ちなみに年末年始も同じだ。お祭り大好き国民なのである)。
帝国のみならず近隣国から団体観光客が押し寄せるこのお祭りに、人口四人の小さな浮島に住んでいたサファイアがいきなりトライするのはさすがに厳しかったようだ。
「……頭が痛い……」
「うわ、私の養家の義妹も季節の変わり目ごとにひどい頭痛に悩まされるんです。ほんと可哀想で代わってあげたいんですけど、具体的に何をどうすれば治りそうですか」
「わからない……目眩がする……吐き気もすごい……」
「水飲みますかお湯がいいですか、てか多分ですけどあなたの場合これらが人だと思うから疲れるのでは? 一旦ここを茶芋畑だと思いましょう。さんはい」
「おのぼりさんかな」「芋畑て」「そんな解決方法あるんだ」という生温い目を向けつつ通り過ぎていく周辺の民。
やる気があるのかないのか急いでいるのかいないのかと問われたら「どうだろう」と返す二人である。ぶっちゃけこの上の一日や二日や三週間や四週間の遅延など誤差の範囲でしかないレイは「今日はもう城に戻りましょうか」とヌルいことを言いかけた。
「ちょっといいかしら?」
横から艶やかな声をかけられてムグッと口を噤んだが。危ない危ない、城に戻るとかいうところだった。
で、声がした方に目を向けたら、長い黒髪が印象的な知的な美女が立っていた。
「……何か?」
問いかけつつ、「わ。誰だろう。綺麗。いい匂い」とレイは素直に感嘆した。
「いきなり声をかけてごめんなさい。私、こういう者で」
美女は首にかけていたものを取り出してレイに見せる。チェーンに通された小さな金属片は、ハルシオン帝国の薬師・調剤師免許だった。
「薬師さん……ですか」
「ええ、なんだか具合が悪そうだなと思って声をかけさせてもらったの。彼は病気? 薬は飲んだのかしら」
サファイアは顔も上げない。
「あ、その、カルチャーショッ……いえ、人酔いを少々。……薬はまだ、です」
「人酔い。……手持ちの酔い止め薬を差し上げても失礼にならないかしら? 私が作ったものなのだけど。いきなりで信用できないというのであれば私も飲むから」
「サファイアさん、どうしますか」
「…………」
「サファイアさん、いただきましょう」
「…………」
初場所・初シチュエーションすぎて判断できないのだろうと思ったレイは好意を受け取るよう強く勧めた。
それにしても薬って! 本来であればそれ私が用意しなきゃいけなかったやつ! レイは心の中で自分の不備にのたうち回る。
黒髪の美女は四脚ある椅子のうちの一脚に座り、荷物の中から白い粉薬を取り出した。
「はい、この薬を分けるわね。こっちがあなた、こっちが私」
ちゃんと水も持っている美女が、粉薬と水のセットをサファイアと自分の前に置く。
「先に私が飲むから、あなたは」
「……粉薬なんて珍しいね、アレク」
その時、サファイアが朦朧と口を開いた。
……アレク?
「いつもは怪しげな丸薬なのに」
「……私、どなたかに似てます?」
「……あれ、アレクじゃない」
今の今まで下を向いていたサファイアが黒髪の美女を見てパチパチと瞬く。
人違いをされたというのに、その女性はなぜだか大好きな親に褒められた少女のように微笑んだ。
「……ふふ、嬉しいわ。私、アレキサンドライトの花嫁のご息女に似ているのね」
(――皇族でもないのに浮島の花嫁を知っている! 誰!?)
レイは咄嗟に椅子を蹴って立ち上がる――ことができなかった。
背に、おそらく鋭い刃物を突きつけられたからだ。
「動くな」
男の声は近い。今もどこからか見守っている護衛に悟られないよう計算され尽くした角度と動きでレイの動きを完全に制している。
(……誰!? ていうか同行してわずか一日でこれって! 皇族案件物騒すぎるでしょ!)
知らずに請け負った自分の浅はかさを痛感するも、幸い、それ以上の修羅場にはならなかった。
「座れ。お前たちを害する気はねえ。そこの水の王子様に聞きたいことがあるだけだ」
「…………」
「ほら」
男は、レイの背中に押し当てた刃物ではない、だが、ずりしと重い自らの愛刀らしき太刀をレイに手渡してきた。
「……え?」
「こっちに敵意がない証だ。持っとけ」
持っとけって。
あれ。
「――これ、達人がふるえば鉄をも断つと言われる伝説の片刃武器じゃ……」
「あ? そんな大層なものじゃねえよ。普通に家にあったやつだ」
「こんなの普通に家にあるわけなくない!? すごい、初めて見る! わ、刀身が細い! 反りがきれい! 鍔がすてき! 柄がかっこいい!」
「…………」
「叩き斬る用じゃなく相手を斬り裂く用に作られた刀剣なのよね!? キャッチフレーズは『折れず、曲がらず、よく斬れて、かっこいい』!」
「…………」
「熱して叩いて伸ばして折り返して冷やして熱して叩いて伸ばして折り返して冷やしてを永遠に繰り返して作るって聞いたことあるわ! 一度作るとこ見てみたかったの!」
「……さすがに作るのはやってねえよ」
何やら話が盛り上がった。
「さあ、向こうは放ってあなたは薬を飲みましょうね。私の薬はよく効くわよ」
「もう飲んだよ。なんでこんなに効き目が遅いの?」
「……薬が効きはじめるのに時間がかかるのは普通よ」
「アレクの薬は秒で効くよ。その代わりどうあがいても数分で疲れて動けなくなるけど」
「……私の薬はそんなことにならない代わりに効き目が遅いの」
「なるほど、痛し痒しってことだね」
秒で治るけど絶対疲れて動けなくなる薬って怖くない?
増えた客の注文を取りに来た善良な店員が心の中で突っ込んでいた。




