■帝城と地上・レイとラウル
帝城に一泊した翌日、サファイアはレイと共に城下街に降りることになった。
なぜ早々に街に……と不思議がる皇帝と皇太子に、レイはこう報告した。
「サファイア様におかれましては城にいる熟練の魔法使いでは花嫁候補に満たないご様子。とはいえ彼女たちが国内トップレベルの魔法使いであることは事実ですので、サファイア様には一度市井の魔法使いを見ていただき、それに比べれば彼女たちはまだマシであることを理解して頂く必要があると考えました」
「「…………」」
謎のカルチャーショックを受けつつ「……わかった。任せる」と承諾する皇帝と皇太子だった。
「……街はまだ建国の祭りで賑わっている。くれぐれも気をつけるように」
「ご配慮ありがとうございます、皇帝陛下」
「……あなたはいらないと言ったが、護衛はつけさせてもらう。最初は遠くから見守らせるが、トラブルに巻き込まれるたび距離が近く、人数が多くなっていくと思ってほしい」
「不審者とみなされサファイア様に凍らされないよう気をつけさせてくださいませ、皇太子殿下」
如才がないという理由で処罰される者はいない。レイはどこまでも模範的に振舞い、サッとその身を翻す。
扉が閉まった直後に生まれた三つのため息は、恒例のように虚空に溶けた。
***
「じゃあさっそくその辺にいる魔法使いを見ていきましょうか!」
「……ハイ」
「露骨に面倒くさそうな顔しないでください」
「……ハイ」
ドレスを脱いで騎士服に似た動きやすい服を身に纏ったポニテのレイが砕けた口調で話しかける。
ここで貴族の礼節を投げ捨てたのは、単純に「この人あんま身分とか礼儀とか気にしなそう」と思ったからだ。実際水の魔法使いはレイの態度に気を悪くした風もなく、紳士とはちょっと違うかなという足取りでトコトコ後をついてくるのみだった。
「恋人同士と思われたら困るし、友人と紹介したところで恋人に格上げすることを邪推されるだけなので、私たちは親戚ということにしましょう。誰かに聞かれたらそう答えてくださいね」
「微塵も似てませんが信じてもらえるものですか」
「似てない親戚なんて山といますよ。私と皇太子殿下だって似てなかったでしょう? 双子でもそんなものです」
「双子」
「ええ。兄だか弟だか姉だか妹だかもわからないきょうだいです。名前しか知りません」
「名前」
「ラウル」
正門を出て城下町に続く道の途中、レイは立ち止まって自己紹介をした。
「そして私はレイ。魔法を使えず、生まれた直後に辺境の貴族家に養子に出されたこの国の皇女です。……今回の製錬の大魔法は魔法を一切使えない無能者の私が生まれたことに焦った皇帝が浮島に要請して発動したものなんです。だから……心より謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
レイの悲壮な告白にサファイアは首をかしげた。
「俺はそのために生まれた存在だから気にしません。むしろ製錬の大魔法を遮ったこの国の皇弟の方に物申したいです」
あっさり言われ、レイは面食らった。気にしないんだ……。
「ええと、私の叔父に当たる方ですね。お三方が十歳の時に浮島でご遺体を発見されたとか」
「そうです」
「覚えています。その時私は十一歳でした」
忘れるはずもない。レイの人生はそこでズギャンと曲げられたのだから。
――浮島にて不具合が生じたようだ。事と次第によっては完成品の魔法使いを迎える時期が一世代ほどズレる可能性がある。
――ゆえに、そなたには皇女としての責務を果たしてもらう。魔法使いと結婚し、せめて次代までの間隙を埋める魔法使いを生むよう努めよ。
生まれて初めて帝城に呼びつけられて開口一番こう言われたらそりゃ人生も折れ曲がる。
いきなり呼ばれて「皇帝の実子」? 「実は皇女で皇子と双子」? 「魔法使いと結婚し魔法使いを生んで皇族の義務を果たせ」?
レイ嬢十一歳は普通に「は?」と思った。「知るかよクソかよ○ねよ」と思った。
「皇子と同じタイミングで子を作り、もし魔法使いが生まれたらその子を皇子に引き渡せと言われました。まー荒れましたね」
「反抗期というやつですね」
「違いますがそれでいいです」
当然の反応として「ザケんなぜってーやだわ」と鬼の金棒ようにトゲトゲしたわけだが、ある時ふと思ったのだ。
――この皇子、唯一の皇位後継者ってことで周囲の期待を一身に背負ってものすごい締め付けられてあらゆることを詰め込まれてクッソ窮屈に育てられたんだろうな。
――それに引き換え、私は優しい家族に囲まれて基本好きなことしかしてないな。
「そんなわけで、当初は荒れに荒れましたが、それさえ果たせば皇女に戻る必要はないと言われたし、好きになった人が魔法使いという状況にさえなるなら皇帝陛下の命令を聞くのもやぶさかではないと思うようになったんです。……それにしては不熱心で不真面目なので未だに独身のままなんですけどね」
「子供を取りあげられるのは構わないんですか?」
「わかりません。今はまだ恋愛も結婚も出産も実感がわかないので、実際にその場面に直面しないことにはなんとも、という感じですね」
「なるほど、道理です」
サファイアは納得する。そしてぽつりと呟いた。
「俺は自分とルビーの子供を誰かに奪われたら冷静でいられる自信がないけど、感じ方は人それぞれですしね」
「…………」
レイは、ついに生まれることがないかもしれない伴侶との間にできる子を想う彼に、胸を突かれた。
この人はきっと。
(この人はきっと、ルビー様がいない今の世界を正規の流れではないように考えていて。今でもずっと彼女を待ち続けて、地上の魔法使いと恋をするつもりも結婚する実感もなくて、だけど必要に迫られたから来た……そんな感じなんだろうな)
彼にとってこれがどれだけイレギュラーなことなのか、レイには計り知れなかった。
――浮島に生まれる宝石の子供たちは、運命の相手と結ばれることを至上の命題とする魔法の徒。
製錬の大魔法など発動しないに越したことはないが、それでも発動したからには、生まれたからには、「そういう生き物」であるからには、互いに運命の相手と結ばれなければならなかった。
なのに、一方が誕生を強制したと思ったらもう一方がその誕生を阻害して。
(これ……可哀想なんてもんじゃなくない?)
この国の皇帝と皇弟は、いくらなんでも真逆のことをしでかしすぎた。
まったく、初代皇帝といい現皇帝といい故皇弟といい、背の皇城に住まう者共の罪深さときたらどうだ。レイはため息を禁じ得ない。
サファイアの花嫁の息子であるサファイア・クラスターは、ルビーの花嫁の娘であるルビー・クラスターと結ばれるために生まれる。彼はずっとそんな予定と常識の中で生きてきたのだ。こんなもん、適応障害や統合失調症にならない方がおかしい。
(婚活ウンザリ勢同士、せめて私だけでも彼の心を追い込まないようにしなきゃ……)
誰にも言わないが、実はレイは「最悪は製錬の大魔法なんぞ失敗しちゃっても構わねえわ」くらいの気持ちでいた。
「ところで先程、あなたは自分と皇子は似ていないと言いましたが」
「え? はい、言いましたね」
いきなり言われ瞬いていると、
「俺はそっくりだなと思いました。きょうだいって不思議で微笑ましいんですね」
「……………………ゑ」
レイは暑さに負けた蝉のように黙り込んだ。
そっくり。
誰と誰が。
私とあの皇太子が。
……嘘でしょ???
「……………………………………………………………………………………どういたしまして」
不本意の中の不本意すぎて、そんな言葉しか搾り出せないレイだった。
――ちなみにだが、七年前、レイとの初対面を果たした皇子ラウルが、
「いきなり姉だ妹だと言われて納得できるか! これまで俺がどれだけ努力してきたと思ってるんだ、彼女は現在進行形で何もしていないじゃないか! ……いや、だが魔法を使えないというだけで生まれた直後に捨てられたというのは……俺は四属性の魔法を使えるが、その中のいくつかは母上のお腹の中で彼女から奪った可能性もあるのか……」
という思考の変遷を経、以降会うたびめちゃくちゃギクシャクするようになったという事実をレイは知らない。
きょうだいの心きょうだい知らずなのである。