■帝城と地上・サファイアとレイ
本日はハルシオン帝国の建国記念日であり、皇族は数多いる奉賀の客を捌ききるミッションが主題だが、優先順位を取り違えることはない。
皇帝と皇太子はとりあえず三十分、サファイアを歓待するための時間を取っていた。
そんなもんはサファイアには預かり知らぬ事情だが、知ったところで「わざわざ忙しい日に呼ばなければいいのに」としか思わないため、歓待し甲斐のない青年ではあるだろう。
四人は豪奢な応接室に移動する。
サファイアの正面に皇帝と皇子、斜めのソファに皇女が座り、紅茶が運ばれてきたところで皇帝が口を開いた。
「この度は我が弟が迷惑をかけたこと、深くお詫びする。この上は初代皇帝の大魔法を補完すべく、できる限りの便宜を図らせて頂こう」
「皇室の努力をルビーの花嫁に伝えます」
「…………お探しの火の魔法使いだが、帝国の魔法師団の者たちにはいつでもお会い頂ける。ひとり、皇太子の婚約者だけは除外しているが、念のため会ってみたいというのであれば列に加えよう」
「才能豊かな方であれば是非。そうでないなら望みません」
「…………承知した」
サファイアは「普通に会話しているだけなのにちょいちょい沈黙が挟まるな」と思った。
自分の受け答えはどこかおかしいのだろうか。まあ人口四人の田舎から出てきたおのぼりさんだ。サファイアの社交性が花開くのはこれからなのだ(と思いたい)。
「仮に我が国の魔法師団の中に希望に沿う添う者がいなかった場合、魔力の質や量は落ちるが市井の魔法使いを呼び寄せることになる。そのための用意は整っているゆえ、いつでも申しつけてもらって構わぬ」
測るように皇帝が黙るとサファイアも黙った。
それなー。
「……先代とも話したのですが、そもそも魔力量を問題とした場合、また魔法の質という観点からも、基本的にルビーの代わりを勤められる魔法使いは地上のどこにも存在しません」
「…………」
また沈黙が流れた。
「一気にルビーの数十分の一ほどになりますが、単純にルビーに次ぐ魔力量の女性で妥協すればいいのか、量で勝てなければ質、ルビーにはない火の魔法のユニークさで穴を埋めるのか……皇室の判断をうかがいたく思います」
もともとサファイアはそれを聞きに来たのである。
――アレクは言った。「この場合、サファイアは地上で一番強い火の魔法使いを選ぶことになるの?」
――エメラルドは言った。「さあな。でも単純にサファイアが好みの女を選ぶってことにはならねえだろうぜ」
――先代は言った。「むろん、こちらが好きに決めていい道理はない」
そう、どのような魔法使いを選ぶかの決定権はあくまで皇室にあるのだ。
だが皇帝と皇太子は「え、こっちが決めんの」みたいな顔になった。
質か量か。
皇室としては、魔法の質や魔力の量より「より強く遺伝してくれる方で! ファイナルアンサー!」みたいなところがある。
だが自分たちにしてからがどうすれば遺伝率を上げられるのかを知らないし、サファイアに聞いたところで無感動に「存じ上げません」と返ってくることは目に見えている。
「……前例がないことなので、あなたの直感でお選びいただければと」
結果、皇太子が第三の選択肢を示す体で実質サファイアに判断を丸投げした。
「皇族は製錬の大魔法の綻びの修正に意欲的ではないということでしょうか」
丸投げを即ピッチャー返しされ、ヒェッとなったが。
――誰のせいで初代皇帝の大魔法が台無しになったと思ってるんだ?
――お前らにやる気がないのに俺がやる気を保持する理由があるか?
読みようによってはこのようになるからだ。
むろんサファイアにそのような意図はないが、相手に対する忖度がない分、とにかく慇懃無礼なのである。
「その、あなたの場合、あなたの存在そのものが製錬の大魔法の一部なので、私たちがあなたの結婚相手を勝手に決めて強引にあてがうのも大魔法への干渉になり得るというか」
皇太子が取り繕うように言う。視線をそらさないところはさすがである。
「すべて俺に一任すると? 最終的に完成した魔法使いの就職先はこちらになりますが、本当に不干渉でよろしいのですか?」
「……ええと」
皇太子が気まずげに視線をそらした。
「でしたら、此度のサファイア様の伴侶探し、わたくしに同行させてくださいませ」
そこに皇女が口を挟み、皇太子が「は?」とおそらく素であろう声を出した。
その場の視線を集めた皇女――レイは、今までの会話で掴み取った「どうせ皇族の知識と認識なんてこんなモノでしょ(ケッ)」という感じのことを畳み掛けた。
「サファイア様にはご不快でしょうが、皇室は初代皇帝が遺した大魔法を正確に把握しきれてないところがあります。ですので、何も知らない皇室が口を出すより神秘の徒であるサファイア様にご自身の直感でお選びいただいた方が確実だし信頼できる、というのが本音なのです」
皇帝と皇太子はレイの言葉を否定しない。沈黙は是。お前らマジか。
「ですが、サファイア様はご自身が相応しくない相手を選んでしまう可能性を危惧しておられるご様子。ですから皇族の女子であるわたくしが同行し、必要に応じて助言を差し上げれば、サファイア様のお仕事的にも皇室の希望的にも完璧に近付けるのではないかと考えます」
「あなたの意見が皇室の総意となるということですか?」
「皇帝陛下と皇太子殿下の許可が必要ですね。いかがでしょう?」
レイはせいぜい華々しく微笑んだ。
「……サファイア殿とあなたが常に行動を共にするということか?」
皇太子がギクシャクとレイに問う。さっきからそう言ってんだろーが。
「構わないでしょう? わたくし、これといったお役目を持っておりませんもの」
「……あなたはあなたで婚姻相手を探している最中だと思ったが。それに、魔法を使えないあなたに魔法使いの善し悪しが判断できるとは思えない」
「魔法使いの善し悪しを判断するのはサファイア様です。わたくしではございません」
「ではあなたは何をする?」
だ~か~ら~ァ(怒)。
「これぞと思う方がいたら即決定。いくらなんでもそれでは自分本位すぎるのではないかというのがサファイア様のご懸念でしょう? ですからわたくしがサファイア様が選んだ女性を査定させていただくのです。家柄、性格、素行、向上心、将来性。そういったものを女性目線、皇室目線で総合的に評価し、何も問題がなければそれをお伝えすることによって、僅かなりともサファイア様のご心労を晴らすことができるのではと考えた次第です」
弁舌達者に皇太子を黙らせ、皇帝にもダメ押しをした。
「皇帝陛下はわたくしに魔法使いを夫とせよと仰せられました。であればサファイア様のために帝都に女性の魔法使いだけを集めて不審がられるより、性別問わず魔法使いを集めてサファイア様とわたくしがそれぞれ結婚相手を探せば一挙両得ですし、不必要に怪しまれないのではございませんか」
皇帝と皇太子が「お前ちゃんと結婚相手を選ぶ気があったんだな……」みたいな目をした。
「時にサファイア様、失礼ですが護身の心得は?」
「すべて魔法で対処しています」
「前衛のご経験はない。ではこの点でもわたくしがお役に立てますね。わたくし、剣の腕はなかなかのものと自負しておりますので、充分サファイア様の護衛が務まると思います」
「……護衛……皇族の子女が……?」
皇太子が当惑を通り越して混乱したような表情になった。
「魔法使いの護衛には剣士が相応しく、剣士の援護には魔法使いが相応しい。常識でしょう? ならばもう二人で完結でいいではありませんか。剣士や魔法使いや弓兵や密偵といった多数の国家公務員に常時ゾロゾロ後をついてこられるのはさすがに窮屈ですもの」
「それは仕方がないことで……いや、そのことを置いてもだ。花嫁を探す者に女性の、花婿を探す者に男性の連れがいるのはどうなのだ。場合によっては話がこじると思うが」
うっせーなコイツ。
「皇太子殿下の仰る通り、サファイア様は花嫁を、わたくしは花婿を探しに参ります。つまりこの方だというお相手が現れたらすべての事情を詳らかにし、誠心誠意結婚を申し込む過程が発生するわけですが……サファイア様もわたくしも、いくらなんでも相手のそんな場面にまで席しませんよ」
誠心誠意結婚を申し込む、のところでサファイアがいかにも面倒くさそうな顔をしたのがわかったが流した。わかる。普通にめんどくさいよね婚活。
「いかがでしょう? 皇室にこのような場合に取るべき方針があるのであればもちろんそちらに従いますが」
オウ案があるなら早く出してみろやという喧嘩上等な空気を淑女の微笑みでかき消しつつ皇族の沙汰を待つ。
「……ここにいるのは本当に地上最高峰の魔法使いなんですか?」
「まーあんな天にも届く氷柱を軽く作っちゃう人のお眼鏡に適う魔法使いがそんじょそこらにいるわけないですよね」
数十分後、城の魔法使いたちを見てまわり、普通に駄目を出したり出されたりするサファイアとレイの姿があった。