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■帝城と地上・訪城

地上の説明回です。サファイアが十七歳になりました。




 建国記念日だった。

 祝日の帝都は賑わい、騎士のパレード、魔法使いの実演、演奏と歌、食べ物と飲み物、子供と大人の笑顔と歓声で溢れていた。

 城下の民はハルシオン帝国の建国と永続を願い、帝城、そして空に浮かんだ島に乾杯する。

 さあ、そろそろだよ、帝城の方角をご覧あれ! 可愛らしい仮装をした魔法使いが喧伝する。

 大きな空砲が轟いた数秒後、帝城にある湖の水が爆発するように隆起し、まるで植物の葉のような模様を描いた大きな氷柱となって、浮島に届けとばかりに天を突いた。

 氷柱はやがて鈴の鳴るような音と共に弾け、大量の水がキラキラと降り注ぐ。

 落ちてくる水とは反対に色とりどりの風船が飛んでいく様子を見た人々は、大歓声をあげて帝国とその皇帝を讃えた。




 涼しい顔で立つレイは、内心「詐欺じゃん」と憤っていた。

 隣にいるのは血の繋がった兄だか弟(双子なのだ。どっちが先に生まれたかわからない)、斜め前にいるのは父だ(控え目に言って大嫌いである)。

 三人で三角形を作るように立ちながら、帝城の湖の水が天に逆上りつつ凍っていく驚異の光景を、特等席で眺めていた。

 魔法使いが臣民に魔法の威力を見せつける効果はいつの時代も覿面だ。

 だが目の前にいる父と隣にいる兄だか弟が「城で起きているのだから皇族の誰かが魔法を使ったのだろう」という民の信仰にタダ乗りしているとなれば話は別で、なんて浅ましく厚かましいのだろう、そんな感想しか抱きようがなかった。


 天を突く氷柱。

 現在、これほどの魔法を使える者は皇族に存在しない……というか世界中探したっていねえと断言できる。

 なのにここに現存するのは、この光景を作り出したのが初代皇帝が浮かべた「浮島」に住む「宝石の子」だから。

 地上に降りてくるにあたり、できるだけ空から人が降りてくることを知られないよう、ついでに国中の民に皇室の威厳を見せつけるような方法を取った――取らされたのだとレイは察していた。


 実際、城下町にいる民には聞こえないだろうが、間近にいるレイには美しく作られた氷柱内で鳴るバリンバリンという音が聞こえている。

 それは明らかに「薄い氷で勢いを殺しながら何かが地上に降りてくる音」だった。

 音は落下の慣性を殺しきった辺りで止まり、地面への接地音をフィニッシュとする。

 何も隠す必要がなくなった氷柱が水に戻る。その際、斜め前に立つ皇帝が落ちてくる水を水魔法でコントロールし、隣に立つ皇太子が風魔法で用意していた風船を飛ばしたが、空から来た「彼」が起こした魔法に比べれば、そんなモンはどうしたって児戯に等しい。

 茶番だ、とレイは思う。

 思うが、自分は皇族の一人として無言でこの場に立っていなければならないのだ。



 青年が降り立つ。

 氷の柱の中を通って空から地上に降りてきた彼は、空を彩る数多の風船を犬を見る猫のような目で見た後、落ち着いた足取りで近付いてきた。

 あれほどのことができる魔法使いだ。当然水に濡れた様子はなく、紐なしバンジージャンプの直後であってもその表情はどこまでも涼しい。


 彼は三角の形に立つ皇族の前に立ち、跪きもせず静かに自己紹介をした。

「お初にお目にかかります。サファイアの花嫁の子、サファイア・クラスターです」

 よく通るいい声だ。その佇まいは自らの才の上に立つ王であり、どこにも卑屈な様子がない。

「よくぞ参られた。御足労感謝する」

 この場合、礼を尽くさなければいけないのはむしろこちらの方だ。跪くまではいかないにしても皇帝が頭を下げ、レイと、隣にいる兄だか弟もそれに倣った。


 噂の魔法使いは、薄い目の色、髪の色と、左右で色違いに輝くイヤリングが目を引く、すらりとした青年である。

(歳は確か私より一つ下のはず……てことは十七歳か)

 宝石の子供たちってみんな美男美女なのかしらという感想を表情に乗せないよう、レイはいつものように上品に微笑み散らかした。




***




 ――レイが習った世界の理として、「魔法使いは三通りに分けられる」という事実がある。

 一つは「突然変異」の魔法使い。なんの変哲もない家にある日いきなり生まれ落ちる魔法使いがこれだ。突然変異の名のごとく父母どちらにも起因しない神秘とされ、レイは雑に「つまり新人類ってことね」と解釈していた。

 次に「遺伝」の魔法使い。前述の突然変異の魔法使いが魔法使いを生む、あるいは遠い先祖に魔法使いがいた家系に生まれる先祖返りの魔法使いがこれだ。これは必ず父母のどちらかの血筋に起因し、たとえば今目の前にいるサファイア・クラスターなんかはモロこれに当てはまる。

 そして最後が「呪い」の魔法使い。これはちょっとよくわからないのだが、要するに「魔法に呪われながら生まれた魔法使い」……のことらしい。たとえば「火の呪いの魔法使い」は火に包まれ、「雷の呪いの魔法使い」は常時帯電しているそうで、程度によっては親も触れられないため、新生児期に命を落とすケースが多いのだそうだ。一体全体何がどうしてそういうことになるのかは今もって解明されていない。


 とにかく、「魔法使いはいつどこで生まれるかわからず」、「魔法使いが魔法使いを生むとは限らず」、加えて言うなら「修行をすることによって魔法が使えるようになる者はいない」。

 この世界にはこういった摂理があり、そういうものだという常識があった。



 この国の初代皇帝は、自身は破格の魔法使いながら、この才能が子や孫、子々孫々に絶え間なく受け継がれることはないという現実を熟知していた。

 彼は考えた。どうすれば自らの血筋を、この帝国を盤石たらしめることができるのか。

 その結果、彼は帝国上空に島を浮かせ、そこに「必ず魔法使いを生むよう調整した花嫁たちを配置する」という手法を考え出す。

 彼女らに子を生ませ、生まれた魔法使いを掛け合わせて、最終的に出来上がった全属性の大魔法使いを「時の皇帝が生んだ子とする」……そういう機構、そういう大魔法を編み出したのだ。


 ――風属性の花嫁が生んだ男の子と土属性の花嫁が生んだ女の子を結ばせて男の子を生ませる。

 ――水属性の花嫁が生んだ男の子と火属性の花嫁が生んだ女の子を結ばせて女の子を生ませる。

 ――その男の子と女の子を結ばせて男の子を生ませ、その男の子を光属性の花嫁と結ばせることで五属性の魔法使いを生ませる。

 帝国はそのような「浮島生まれの魔法使い」を随時皇室の子に据えることで、魔法の強さと遺伝の強さを維持してきたのである。



 今回もそうだ。

 十八年前、現皇帝の妃が男女の双子を生んだ。

 男児は水、風、土、光の四属性の魔法が使えたが、女児はまったく、一切、これっぽっちも魔法が使えなかった。

 理想は全属性、次点で四属性。三属性や二属性でもセーフといえばセーフだが、しかしさすがに一属性はテラアウト。そんな家系に生まれた正真正銘無属性の無能者――それがレイだった。

(ええ、生まれた直後に養子に出され、最初からいなかったことにされましたとも)

 その縁切り具合ときたら、つい七年前までレイ本人さえ自分がこの帝国の皇女であるという事実を知らずにいたほどだった。


 確かに、次に生まれる子供も魔法が使えなかったらという不安に取り憑かれ、その後一切子を成そうとしなかった皇帝の気持ちもわからなくはない。

 だが、いや、だからといって、魔法が使えない子供が生まれたことに焦って光の速さで浮島に「製錬の大魔法」を発動するよう要請した事実には「ちょっと待てや」と物申したかった。

(四属性の魔法を使える皇子がいるんだし、不安ならそれこそもっとたくさん子供を作ればよかったのよ! 無能者が一人生まれたくらいで心を揺らして気軽に先祖の大魔法に縋るなんて!)

 皇族からの正式な要請となれば、浮島に住む花嫁たちにそれを拒む術はない。

 つまり、今日宝石の子供たちが存在するのは、無能者であるレイがこの世に生まれ落ちたからなのだ。



(自分の存在がギルティすぎて血の気が引くわ……)

 一にも二にも申し訳がなさすぎる。

 本来レイはサファイアに合わせる顔がない。

 だが、元は自分が生まれたせいで起きた事態を遠巻きに傍観する薄情者にだけは、どうしてもなれなかったのである。




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