■空の庭・それから
「……ものすごく助かったけど、聞いていい? どうして先代がここにいるの?」
「……元々私に休暇は必要ないんだ。そして私の留守中にお前たちが大人しくしているわけがないと思ったからだ」
「……慧眼」
「……ちなみに俺たちの移動見てた? どうだった?」
「……合格」
「……やったあ」
「……つか製錬の大魔法が途切れたのってやっぱり」
「……十中八九あれのせいだろうな」
「……マジかよ。現皇帝の弟が初代皇帝の大魔法を阻害って普通に訴訟モノだぞ」
「……悪い人じゃなかったみたいだけど。普通にルビーの花嫁を可哀想がってたし」
「……は? あの場にあの男の霊いたのかよ。いたんなら激詰めしろよ」
「……その人が傍にいることを知らせるのもルビーの花嫁には酷かと思ったんだよ」
「……ふん。――花嫁が可哀想ってなんだよ。どこが可哀想なんだ」
「……地上の者には花嫁が不自由に見えた可能性はある。彼女たちは城から出られないからな」
「……何度も言うけど、そもそも皇族のための大魔法なんだよな? それを皇族自らがパアにするってアホにも程があるだろ」
葬式帰りにも似た帰路――からの原石領に戻って一休み――からの急遽開催されることになった第二十四回みんな会議。
だが「さあ話し合いましょう」という段階に入ったはずの館は、なかなかの沈黙に包まれていた。
そりゃそうだ。死に、骨だ。そこに花嫁の涙が加わるのだから、動揺しない方がおかしかった。
「……思いついたことから言っちゃうけど」
「……おう」
沈黙後、厳かに切り出したアレクは、お茶を入れてくれたゴーレムへのお礼(魔力供給)も忘れるくらい思考をフル回転させていた。
「まず①、ルビーの花嫁を責めない」
「……まあ今更そんなことしてもどうにもならねえし、あれは百発百中男の方のせいだろうからな」
「ええ。次に②、ルビーの花嫁にルビーを生むことを催促・強要しない」
「……まああんな精神状態で万全なルビーが生まれるとも思えねえしな」
「ええ」
佳人の涙がクリティカルヒットし、なんだかんだでエメラルドは花嫁に同情的だった。
「で、③。どのみち私たちは修業中の身だし今年十歳になったばかりだから今すぐ結婚はできないわ。だから今はルビーの花嫁が傷心から立ち直るのを待つの。でも私たちが成人してもルビーが生まれる気配がなかったら、その時はすっぱり諦める。花嫁に約束した通り、サファイア、あなたが」
地上に降りて火の魔法使いのお嫁さんを探してくるの……。
気遣わしげにアレクが言った。
サファイアは無感動に黙っていた。
もともとルビーの花嫁に休養を勧めたのはサファイアだ。そんなに気の毒そうにしなくていいし、元から異論などはない。
頷きかけた時、しかしエメラルドが口を挟む。
「……仮にだけどよ。十九とか二十とか二十一とか、俺らの免許皆伝直前直後にルビーが生まれたらどうする? いや、めでたいけどよ。ルビーだって免許皆伝しなきゃ結婚できねえんだし、それ待ってたら俺ら四十近くになんねえか?」
うおぅ。
サファイアたちは先代を見た。
「……お前たちは魔法使いといえば自分たちと私しか知らないからわからないだろうが、花嫁の子供であるお前たちの魔法と魔力は地上の魔法使いのそれとはレベルが大きく異なっている。お前たちを十とするなら地上の魔法使いは一、頑張って三、破格の逸材で五だ。そのため、魔法や魔力の強さを目的とするなら多少の年齢差があったとしてもルビーに子供を生んでもらうのが望ましい」
わかる。
「だが、歳の差が二十もあったり、何より四十近くになったアレクに出産、しかも初産を強いるのはさすがに問題がある」
「そっか、高齢出産になるんだものね。私が死ぬだけならともかく、最悪子供の強さに影響する可能性もあるんだわ」
「えっ死ぬとかあるのか?」
動揺するエメラルドの傍で先代はサファイアを静かに見つめた。
「子孫に伝える魔力総量のことを考えるとルビーの魔力は絶対に欲しい。だが、だからと言ってアレクの婚期を極端に遅らせることはできない」
「うん」
ルビーを待って「ルビー(二十歳前後)・アレク(四十歳前後)」とするか、ルビーを待たずに「地上の魔法使い(二十歳前後)・アレク(二十歳前後)」とするか。
生まれる子供の魔法や魔力のことを考えるなら望むべきは前者、ルビーとアレクのことを考えるなら選ぶべきは後者だ。
すべてはルビーの花嫁次第であり、だからこそ完璧な予定を立てることはできない。
(未来は、まだ……)
魔法は、まだ――。
妖精や精霊の姿を見ることはできても、未来の光景が見えることはない。
今のサファイアにわかるのはただふたつ。
――光の中、生まれた子供を愛しげに抱くルビーの花嫁の姿と。闇の中、たった一人で泣いているルビーの花嫁の姿。
その対比だけなのだ。
「…………」
おそらくは目の前で皇弟に死なれるという、ルール違反にも似た強烈な横槍。
それが耐え難く辛いなら役目から離れればいいと言ったのはサファイアだ。
もしかしたら子供を生むことで多少なりとも傷が癒えたかもしれないルビーの花嫁に「その道は選ばなくてもいい」としたサファイアには、ルビーの花嫁の選択をフォローする、これから彼女が抱くであろうあらゆる後悔を増大させない責任がある。
だから。
「……先代とアレクとエメラルドはルビーが生まれる前提で動いて。俺はルビーが生まれない前提で動くから」
皇族のためなどではなく、ルビーの花嫁に罪悪感を抱かせないため。
沈む彼女に「大丈夫だよ。なんとかなったでしょ」と笑いかけるために。
だから、一歩。
サファイアだけが別の道を歩き出した。
「サファイア……」
おそらくは意図せず、アレクがポロポロと涙をこぼした。
「……どうして泣くのアレク。ルビーの花嫁の状況を把握できて将来の目処も立った。充分な前進でしょ」
「でも……サファイアだって、――サファイアがいちばん」
ルビーに会いたいのに。
アレクはみなまで言わず、自分が運と運命によって面倒なことを免除された自覚を得たエメラルドもまた、何も言わなかった。
「……では皇族にはそう報告する。構わないな?」
「うん」
先代が確認し、サファイアが宣言して、気鬱な会議が終わりを告げた。
「……言ってはなんだが今回のことは皇弟、つまり皇族のせいだからな。そこを突けば向こうもお前の降下を承諾せざるを得ないだろう。それどころか、こちらが強く要求すれば全世界の火の魔法使いのリストを用意させることさえできるはずだ」
「手間が省けて嬉しいよ」
無感動に言い、立ち上がる。
ちょっと散歩してくるねと言い館を出て行くサファイアを、止める者はいなかった。
外に出たサファイアは意外なあたたかさの中にいた。
(思ったより寒くないな……)
もしかしたら熱の妖精か火の精霊が傍にいるのかもしれない。
(ルビーの花嫁、ちゃんと精霊に「火の霞」を運んでもらってたし。お腹空かないし、寂しくないよね……)
そうであればいいなと思う。
……得た記憶もないのに失った実感だけが身体の中にこだまする。
――これが俺の世界。
心のどこかでこうなるかもしれないと思ってはいたが、それが明確に確定した今、多少の生命活動の低下は避け得なかった。
こんな想いを抱えて生きるために生まれたのかと思うと自然に視線が落ちていくから、上を向くため、ルビーがこの世のどこかにいるとしたらそこであろう空を見上げるため、芝生の上に大の字になるしかなかった。
「…………」
特に何を考えることなく一心に。
花嫁の涙にも似た星が散らばる空を、サファイアはずっと、いつまでも眺めていた。
次回、七年経過後の花嫁探し本編です。
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