■火と夢の中央路・頼むために気絶させる
「――店の外に」
サファイアが言う。
詳しく打ち合わせてもいないのに、その一言だけでクレハがアイラを抱え、レイが財布をスタンバって食堂の入口に向け走り出した。
「ご馳走様でしたとても美味しかったですこれ四人分のお勘定ですお釣りはいらないんで取っといてください!」
「姉ちゃん景気いいなあんがとよ。……ん?」
案の定、レイたちが店から出るか出ないかの瞬間に食堂内からどよめきが起こる。
なんの脈絡もなく迸る冷気――もはや見なくてもわかる。かつてアイラやクレハにしたのより念入りも念入りに、サファイアがルキヤを凍らせたのだ。
……後にレイは言ったものだ。「なんで初手から敵対姿勢だったの?」と。色々考えているようで基本その時その時を生きているサファイアは「言われてみればそうだね。なんか咄嗟に、本能的に……?」と無責任に首をかしげたのだった。
「お、お、怒ったのかな!?」
「俺たちが浮島に行きたいと言った時よりは冷静に見えたが」
「よくわからないけど、あの青年、かなりの魔法使いなのではないの? 外に出ろと言ったのは、もしかしたら反撃が……」
あると思ったからでは、というアイラの懸念は、光と轟音、食堂の客たちの悲鳴でド正解の運びとなった。
「…………光が屋根を貫通していったわね」
「怖……えっどうしよう、もっと離れる? それとも援護した方が……?」
「俺はあのレベルの魔法使いを剣でどうにかできる気がしねえ」
「あれほどの光だと間違いなく人体に有害でしょうし、不用意に近付くのは危」
「隠れましょう!」
ルキヤの強さは知らないが、万が一にも捕まって人質にされてはたまらない。
一部の強い魔法使いが「人間兵器」と呼ばれることは知っていたが、サファイアとルキヤはそれより「兵器人間」って感じだった。
一方、自身も狭い店から走り出たサファイアは、師である先代の言葉を途切れ途切れに思い出していた。
――光の魔法がもたらすもの。それは衝撃。損傷。破壊。溶融。切断。あと単純に目潰し。
(でも、大気中の粒子に邪魔されることで強度が弱まることもあると言っていた。俺の魔法なら、氷を溶かされることで発生する水蒸気がいい感じに光の勢いを削ぐわけだ。温度が上昇するほど出力が落ちるとも言っていたし、とりあえずこのまま様子を見るか)
広い場所を探して走る。近くにレイたちの姿はない。それでいいと思った。巻き込んでしまったら各方面に申し訳がたたない。
先ほどのルキヤの魔法は「光芒一閃で焼き切る」という感じだった。全面的ではなく一点集中的な分、余計に威力が乗っている気がした。
(いかにも研鑽を積んだ老将って感じだな。さすがは初代皇帝と賭けをするほどの魔法使い)
それはただの印象であり個人の感想に過ぎなかったが、咄嗟に出てきた言葉が「老将」であり「放浪の賢者」ではなかったことが、ルキヤの本質を明らかにしていた。異なる考えを持つ相手に対する態度が、賢者というにはあまりに武に寄りすぎているのである。
そのルキヤは、内側から氷を破壊して出てきた後、怒るでもなくサファイアを追っていた。
彼にしてみれば、サファイアは「手強い魔法使い」というより「ブラックカルセドニーのところのクソガキ」だ。「どう説得したものかなあ」という面持ちで氷の弾を融解し、水の弾を切断し、時に迫り、時に立ち止まり、対水魔法の戦い方を洗練させていく。その姿は、さすがに老練、一流の魔法使いの風格を宿していた。
「……さすがだな。色々バラまいてるのにまったく魔法の威力が落ちない」
そんな彼の様子を見て、サファイアは戦いの高揚とは別の喜びに笑みをこぼす。
――嬉しいに決まっている。ルキヤはこんなにも強いのだ。
こんなに強いのであれば、残り四人の花嫁全員を彼一人で解放しきれるかもしれない。
(氷に閉じ込めるのはおそらく無理。持久力がありすぎて邪魔も不発。ほんと効率極めてるなあ……さて、そうなると)
おそらくは車椅子の姫のためにここまで整備した道を台無しにしたくはないが、こうなってしまっては仕方がない。
……一人なら無理でも、各属性の魔法使いの頂点が三人も揃えばなんとかなるだろう。
サファイアは、地上に降りる際に同胞ふたりに渡された、自分の持ち物の中で唯一「大切なもの」欄に入る「それ」を外す。
外して、左右色違いのイヤリングに告げた。
「――風と土にて、これへ」
それは、確固たる声の、明確な意思の呼び出しだった。
「……は?」
「……え?」
一瞬後、一陣の風と共に現れたのは、風魔法のプロフェッショナルであるエメラルドの花嫁の子、エメラルドと。
同じく、隆起した土から現れたのは、土魔法のプロフェッショナルであるアレキサンドライトの花嫁の子、アレクだった。
浮島で修業中だったふたりは、「……サファイア?」「え、ここ地上!?」と一瞬で血相を変えた。
……ちなみに、クレハにとってのエメラルド、アイラにとってのアレクは「攫われたご先祖様の子供」であるため、遠くからその姿を見ていた二人は、感激のバフなんだか驚愕のデバフなんだかよくわからない「はわわ……!」状態となった。
サファイアは呼び出した浮島の同胞が五体満足かつ心身共に健やかであることを確認し、簡潔簡素にオーダーする。
「金髪の男。光魔法。先代クラス。無力化して捕まえたい」
「「――――…………」」
状況がわからないながらも即座に動いたのは土の魔法使いであるアレクだった。
地面を隆起させ、地の中に閉じ込めるようにルキヤを囲う。光で土を崩されながら、それでも土で囲いながら、魔法の攻防は派手に続いた。
エメラルドはそんな魔法戦を隙なく見つめている。
「……地上に先代クラスの魔法使いがいるなんてな。何お前、敵わなかったの?」
「敵わないかどうかはわからない。ただ、三人ならより楽だと思って」
「横着すんなよクソが!」
イラついたエメラルドが八つ当たりのように風で周囲の塵を巻き上げ、ルキヤの光を積極的かつ効果的に阻害し尽くしていった。
たまにヤケクソのような光が迸る中、土壁と風埃、ついでに水蒸気の熱気をこれでもかとまとわりつかせてルキヤを徐々に疲弊させ鎮圧していく様は、後にレイに「さすがにやりすぎだと思ったわ」と言われるほどの、記念すべき反省案件となったのだった。
「ねえ、捕まえるってどうしたらいいの? 土壁で閉じ込めてもこじ開けてきそうなんだけど」
「とりあえずアレクの土と俺の氷、ふたりの合作の土氷、この三重でいこう」
「いや、なんかそれでもぶち破ってきそうなんだが」
「大丈夫。アレク、材料持ってきてもらうから気付け薬作ってよ。隙間から入れておとなしくさせよう」
「え? 気付け薬でおとなしくさせるの? 逆じゃない?」
「(超絶効果で気絶させるんだな……)」
決め手は大地の魔法使いお手製の気付け薬となった。
そうして一段落したあと。
「つか、お前いきなり呼び出すなよな! いつでも呼べっつったのは俺らだけど、せめて前兆くらい寄越せや!」
「そうよ、呼ぶなら先にそう言ってよ! せっかくの地上なのに普段着で来ちゃったじゃない!」
「ごめん……」
サファイアはふたりの同胞にしこたま怒られたのだった。




