■火と夢の中央路・闇には光
「初代皇帝が他家の娘を攫った……? そうして作ったのが製錬の大魔法……?」
アイラの話を聞いたレイは、驚愕と嫌悪がないまぜになったたいへん豊かな表情で呟いた。
ハルシオン帝国の初代皇帝が誰もが言葉を濁す人物であることは周知の事実だが、そこまで蛮族的な行いをしていたとは思わなかった。「研究に特化した頭のいい魔法使いだった」だと? は? そんなことが免罪符になるかよ。
こんなことが許されていいのか? 義憤といえばそうだが、レイは無性にイライラしていた。
アイラの話が本当なら、ルベライト家やアウイナイト家に並び、今目の前にいるアイラやクレハのご先祖様も初代皇帝の誘拐の被害を受けたことになる。
家族に愛された女性たちを攫い、捕らえ続け、生かし続け、今に至るまで利用し続けるなんて。
曲がりなりにも現皇帝の娘である皇女として、この現状をどう思う――どうする?
「…………」
一方のサファイアは思い当たる節があったかのように黙っていた。
……昔、サファイアは浮島には闇属性の花嫁がいないのに最終的にできあがる魔法使いが「闇を含めた全属性」になることを不可思議に思っていた。
そんなサファイアに、師は、先代は、こう答えたのだ。
「それは花嫁がみな微量の闇の魔力を帯びているからだ」と。
(それはつまり、すべての花嫁に初代皇帝の闇の魔力が流れているということで……)
なるほど、それが「闇」の要素だったのだ。
風属性の花嫁が生んだ男の子と土属性の花嫁が生んだ女の子が男の子を生む。
水属性の花嫁が生んだ男の子と火属性の花嫁が生んだ女の子が女の子を生む。
その男の子と女の子が結ばれて男の子が生まれ、その男の子が光属性の花嫁と結ばれることで五属性の魔法使いが生まれる。
――追記――花嫁たちはみな初代皇帝の闇の魔力を帯びており、彼女たちの子供もみな初代皇帝の闇の魔力を継承して生まれてくる。
かくして全属性になる、というわけだ。
本人の没後も花嫁たちの中に闇の魔力を永続させるとか、初代皇帝の野郎は研究熱心にも程がありすぎた。
「…………」
真実を語ったアイラが「やはり言うべきじゃなかったかしら」と言いたげにサファイアを見つめている。
その気遣わしげな視線をまったく意に介さず、サファイアは引き続き考え続けた。
――花嫁たちは幸せかしら?
かつてサファイアはアイラに挑発的にそう言われた。
――地上の者には花嫁が不自由に見えた可能性はある。彼女たちは城から出られないからな。
先代はそう言った。
だからアイラはそういう意味で「花嫁の自由のなさ」を心配しているのかと思っていたが、そうではなく。
――偉大な初代皇帝に攫われ、死ぬこともできず今も利用され続ける娘たちの心は健やかかしら?
そういったことを言いたかったのだろう。
そうとわかれば彼女の嫌味は至極もっともなものだった。
そして、今現在幸せなのかどうかがまるでわからない筆頭であるルビーの花嫁……。
彼女は未だにルビーを生まぬままだ。あの骨の男、光魔法に特化した現皇帝の弟の干渉を受けてから、ずっと。
(もしかして)
ふと思った。
(ルビーの花嫁は、皇弟の光魔法で初代皇帝の闇魔法から解放されたんじゃないだろうか)
だからルビーを生まない……生めないのでは。
「そのようにあれ」とかけられた初代皇帝の呪縛が解けたから。
変化に乏しいサファイアの表情が静かに変わっていく。
(もしそうなら、光の魔法を使えば他の花嫁たちも解放できるかもしれない……?)
古今東西、闇を破るのは常に光だから。
あの皇弟は死んでしまっていたから、おそらく光の魔法使いにしてみても命に関わる難事業なのかもしれないが。
(でも、可能は可能ということだ。……光の魔法使いといえばダイヤモンドの花嫁だけど、探せば普通に地上にもいるはず。帝国にも……いや、目的が目的だから貸してはくれないか? まず先代に話を……そういえば先代も光魔法が使える――)
心臓が鳴り、心だけが逸る。できれば今からでもルビーの花嫁が生むルビーと結ばれたいと願っているのに、花嫁たちが解放されるならその方がいいと考えるこの心は、一体どこからきているのだろう。
――エメラルドやアレクの意見も聞きたい。あの二人はすでに互いに決められた相手がいるから反対するかな。
――ルビーの花嫁……思えば少しずつ話してくれるようになった気がする。呪縛が解けて正気に戻りつつあるのかもしれない。
――ならあの城にひとりは寂しいんじゃないだろうか。彼女が望む場所に移して、今度こそ幸せにしてあげないといけないのでは。
――ルビーの花嫁の元々の出自は……あ、この地じゃないか。
考え続ける無言のサファイアに、レイ、アイラ、クレハが「大丈夫か?」の視線を向ける。もしかしたらショックが大きすぎたのかもしれない。
やがて音を立ててサファイアが立ち上がると、レイとアイラがビクゥ!と、クレハがうおっと瞬いた。
「…………浮島に戻る」
「「「え」」」
脈絡はどこへ。
レイとアイラが慌てて話しかけた。
「な、なんで? 何かあった?」
「そ、相談なら乗るけれど」
「お構いなく。――レイ、悪いけどルベライト家のことは任せた」
「待って待って待って、一旦待って、落ち着いて」
「? 落ち着いてるけど。エメラルドやアレクの意見を聞かなきゃと思っただけだ。こういうことはちゃんとみんな会議にかけないといけないから」
「みんな会議? 宝石の子供たちってみんなで会議してるんだ偉い……。じゃなくて、その前に私達とも会議しようよ! アイラさんの話をもっとちゃんと根掘り葉掘り聞いた方がいい気がするよ!」
「まだ何か新規の情報が?」
「えっ……。……これ以上は愚痴とか文句に……なるわね……」
「興味がある。是非後で聞かせてもらいたい」
今はいらないということだ。
「ちょ、ちょっと待って、一旦落ち着こうよ! アイラさんたちを疑うわけじゃないけど、サファイアさんがこの情報を持ち帰って会議するっていうなら、せめて裏付けを取らないと」
「どしたの? 騒がしいよ~」
レイがあたふたしていたら、隣から呑気な声が流れてきた。
「ルキヤ」
「や。なんか問題あったの?」
「別に何も。俺の里帰りを予想外に引き止められてるだけ」
「里帰り? へえ。もしかして急に決めた? だから慌てられてるんじゃない?」
「ああ、急だからか。でもすぐ帰ってくるし」
「なるほど。すぐ帰ってくるなら許してあげればレイ嬢。あんな勢いで移動できる人なんだからさ」
「移動速度の問題じゃないのよね……」
レイの表情は渋い。
ルキヤは「その間、僕でよければ協力するし」と笑う。
「お兄さんには地上で素敵な女性を見つけて幸せな結婚をして欲しいからね」
――「浮島ではなく」地上で。
――「本来の相手の代わりとなる」素敵な女性を見つけて。
――「予定外だが」幸せな結婚を。
ルキヤの声には、その言葉の端々に様々な意味が含まれていた。
……疑念を解消する時がきた。そう思った。
「君が俺の結婚を望むんだね。なぜ?」
正体を誰何するようにサファイアが質問する。
頓着なく、ルキヤが楽しげに答えた。
「そりゃあ、そうしないとダイヤモンドの花嫁が姿を現さないからね」




