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■火と夢の中央路・先代の夢

今回のみ過去回となります。




 ――彼は、火、水、風、土の四属性の魔法使いを父に、光の魔法使いを母に持つ魔法使いだった。

 父は「宝石の子供」、母は「ダイヤモンドの花嫁」と呼ばれ、生まれは帝国上空に浮かぶ「浮島」。

 要請されて生まれ、計画的に育まれ、予定通りに補充された、皇帝と皇妃の実子ではないがそうであることにされた、全属性の魔法使い。

 二百年後、浮島において次代の宝石の子供たちから「先代」と呼ばれることになる、ハルシオン帝国の皇太子だった。


「しばらくの間世話になる。過度のもてなしはいらない。なにやら息子の友人が来たなと流し、いつも通りに過ごして欲しい」

「ご配慮ありがたく存じます。ご滞在中、ご不便がありましたらお申し付けください」

「ありがとう」

 その年、皇太子は十六歳。

 帝国の学園で特に親しくなった学友、ルベライト家の長男の家に、盛夏、一週間ほど滞在することとなった。

 それは帝国の継承者として本格的な不自由を強いられる前の最後の自由だったが――知らぬこととは言え、場所が場所、因縁が因縁であったため、皇太子が生涯抱えることになる悩みの象徴とも化すのだった。



***



 良き友人となったルベライト家の長男には二人の妹がいた。

 上の妹は活発な美少女で、幾度か笑顔と共に挨拶を受けたが、下の妹は初回一度きりの挨拶で、以後は意図的に避けさせられた。

 理由は知っている。その子が「夢に呪われた魔法使い」だったからだ。

 といっても、魔法で他人に悪夢を見せる無法な子だから隠したのではない。呪いの子であり、万が一にも皇太子に失礼があってはならないから隠したのである。だが、車椅子に乗り、本を読み、ぼんやりと庭の花を眺める美しい少女の、どこに危険な要素があるというのだろう。皇太子には彼女を忌避しなければならない理由がわからなかった。

 この辺は自身が強大な魔法使いであることの自信が彼にそう思わせたのかもしれない。とにかく皇太子は、友人家の気遣いに反し、呪われた彼女と交流することを厭わなかった。

 上の妹君と挨拶したのだから下の妹君とも、と彼女を探してまで話しかけるようにしていたら、その子は最初は遠慮がちに、次第に控え目に、最後に嬉しげに笑い、話すようになった。……友人からも、その妹からも、大層感謝された。

 ――夢に呪われた娘の名を、リノアンといった。


 彼女の呪いは彼女に悪夢を見せる。

 これは生まれながらのもので、誰にも、どうにもできないらしい。

 しかし、生来のものとはいえあまりに哀れだ。寝れば必ず悪夢を見、悲鳴を上げて飛び起きるなど、男であっても辛すぎる。

 ――どうすれば彼女を悪夢から解放できるのか。

 ――何を変え、どこを止め、どこに何を加えれば、呪いが解けるのか。

 考えたが、呪いを解く方法など人類史上今に至るまで発見されていないし、悪夢を見なくなる方法にしてみても、「彼女を氷の中に閉じ込めて代謝を下げれば脳の働きが体温維持で手一杯になるのではないか」くらいの対処療法的な手段しか思い浮かばなかった。しかもそれがちゃんとそのようになるのかもわからないのだ。

 だが、これを友人に手段の一つとして伝えることは有用かもしれないと思った。ずっと妹の不幸に心を砕いてきた彼ならば、ここから違う観点からの新たな発想にたどり着くかもしれないからだ。


 夕刻、皇太子は友人を探した。

 その時、その友人は、賓客として皇太子をもてなしはするもののどこか悲愴で余所余所しい父にその理由を聞きに行っていた。


「彼に問題があるようには思えません。リノアンに対しても親身になってくれています。強くて優しい、いい皇子だ。……父上は彼が帝国の後継者にふさわしくないとお考えなのですか」

「……そうではない」

 皇太子殿下が悪いわけではないのだと、当主が苦しげに呟いた。


 座りなさい、と当主が言った。長い話になるのかもしれない。

 皇太子が友人を見つけたのはまさにその時で、彼はふたりの会話の終わりを待つため、あるいは当主も交えて話し合うのもいいだろうと思いながら、風の魔法でつい聞き耳を立ててしまった。


「……今でこそ多くの魔法使いに埋没する有様だが、過去、ルベライト家は多くの大魔法使いを輩出する、名門とも言える家系だった」

 在りし日を惜しむ口調ではなく、今は今だと割り切っている声だった。

「ある時、当家に双子の姉妹が生まれた。姉はルベライトの名をさらに高らしめる大魔法使いだったが、反対に妹は一切魔法が使えない。だが姉は妹を慈しみ、妹は姉を尊敬する、仲のいい姉妹だった」

「はい」

「ある時、その姉が攫われた」

「姉の方が……? 火の大魔法使いが、いったい誰にです?」

「後にハルシオン帝国を興すことになる魔法使い――初代皇帝、ルスト・ブラックカルセドニーにだ」

 え。

 皇太子はびっくりしたし、聞いていた友人も驚いていた。



 初代皇帝といえば、確か闇の魔法使いだ。

 群雄割拠の時代の魔法使いにしては珍しく、戦闘は二の次、研究第一な人物だったと言われている。

「ゆえにか、自身は強大な闇の魔法使いながら、必ずしも子孫にその力が遺伝するとは限らないことに殊更注目していてな」

 彼は、身近にいた女性の魔法使いを攫い、彼女たちを使って何事かの研究をしていたとされ。

「最終的に、その時代、世界でもっとも強大だった火、水、風、土、光の魔法使いを一人ずつ捕らえ、その研究を完成したとされた」

「……そのうちの火の魔法使いが我が家系の者だったと。父上はそうおっしゃるのですね」

「そうだ」

 ……国において「初代」を冠する者はヒーローかヒールの二択でしかない。

 誰も口にしないだけで、ルスト・ブラックカルセドニーほどヒールと評される者はいなかった。



 領地や領民を持つ魔法使いは、子々孫々に至るまで己が血筋に強力な魔法使いが生まれることを熱望するが、この世界においては望み通りにいくことの方が少ない。

 おそらく彼は、だからその確率を変えようと試みたのだろう。

 強力な魔法使いから強力な魔法使いが生まれるよう、彼女たちを魔法で縛り、いくつかの因子を加え、理を変えて――。

「……そのような非道を、無理矢理攫った他家の娘に……」

「実際、初代皇帝の研究の成果なのか、皇族には数代に一人、必ず全属性の強力な魔法使いが現れる……」

 皇太子はドキッとした。

 それはまさに、各花嫁から生まれた「作品」である、自分のことだからだ。



 でも、ルビーやサファイアやエメラルドやアレキサンドライトの花嫁たちが、自分の母たる「ダイヤモンドの花嫁」が、過去に他家から攫われてきた魔法使いであったなんてことは、誓って知らなかった……。



「父上は、かつて初代皇帝に攫われた五人の女性が、今この時代にも生きて――強力な魔法使いを、人工的に、強制的に、生み出させられ続けているとお考えなのですね。……あの皇子がその証拠であると」

「そうでなければ説明がつかぬ」

 強力な魔法使いが徐々に生まれなくなったこの世界で、ハルシオン帝国の皇族だけが魔法の遺伝を高率に叶え続けるなど、不自然に過ぎる。


「あの帝国はそうやって権力を維持しているのだよ……」


 空が落ちてくるほどの重苦しさがその空間を支配した。


「…………」

「……今となっては遠き昔の話だが、我々を含め、娘を奪われた五つの家系の末裔たちはこの時代に至るまで攫われた娘のことを心配し、忘れたことはない。……あの皇子は、あるいは正妃の腹から自然に生まれた罪なき存在なのかもしれぬ。だが、帝国に現れた全属性の魔法使い……それだけで我々は苦く苦しい気持ちになってしまうのだよ」






 皇太子はショックを受けた。

 自分の出自やそのシステムは知ってはいても、ルベライト家当主が語った「初代皇帝がしたこと」は知らなかったからだ。


 その後、帝都に戻った後に自分の権力の及ぶ範囲でどうにかこうにか調べたら、ルビーの花嫁は火の魔法使いの家系であるルベライト家から、サファイアの花嫁は水の魔法使いの家系であるアウイナイト家から、エメラルドの花嫁は風の魔法使いの家系であるスフェノス家から、アレキサンドライトの花嫁は土の魔法使いの家系であるシトリン家から、それぞれ攫ってきたことが判明した。

 帝国の根幹を成す「花嫁」の座に、帝国の真髄ではなく、強引に奪ってきた他家の娘を据えていたのだ。


 なんだこれは、と思った。

 自分はどうしたらいいんだ、と混乱した。


 今にして思えば、ルベライト家の当主は自分があの時の会話を聞いているのを知っていて、それならそれでいいと思っていた節がある。

 悪意で「知らしめてやりたい」と。善意で「知っていてもらいたい」と。そんな切たる思いを感じた。


 でも、知ったところで、どうすればいいかはわからなかった。

 だって、今この世界に罰すべき者はいない。悪いのは初代皇帝――大昔に死に、今はどこにもいない彼だけなのだ。

 でも、じゃあ、将来皇帝に即位した時、罪地である「浮島」と非道な「製錬の大魔法」を廃するかと言われたら、きっと自分はそうしない。大魔法使いを補充できなくなって帝国が倒れたら、多くの国民が路頭に迷うことになるからだ。

 前にも後ろにも進めず、彼はずっと立ち尽くしていた。



 ……そのうち、他力本願にも、火、水、風、土、光のどの家の誰かがなんとかしてくれればいいなと思うようになった。

 真実を明かして帝国を断罪するならそれでもいい。浮島の花嫁を解放しようとするなら、それを成す者を見逃そうと決めた。

 静かに静かに、その時を待つ。――成人し、即位して、子に座を譲り、死んで、後進の育成に呼ばれた今も尚、その夢を見る。






 それでも、時を越えて今、当の皇族、しかも皇帝の弟がルビーの花嫁を解放してしまうなんて、思ってもみなかったのだ。




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