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■空の庭・薄い炎の髪色の




 宝石の子供たちの教育係こと全属性の魔法使いである「先代」は魔法使いの姿をした蛮族だとサファイアは思っている。

 魔法の反動で吹っ飛ばされないよう身体を鍛えられる合間に魔法の基礎を吐くほど詰め込まれたり、「目の前の光景を自分の魔法で壊してみろ、そして自分の魔法で直してみろ」と無理難題を吹っかけられたり、「今この世界にない自分だけの魔法を開発しろ」という芸術点の高い無茶振りをされたり、その度これが幼児虐待なんだなと目のハイライトが消える日々だった。


 まあこれについては応える方も応える方で、そんな師の教育方針についていけてしまった結果、宝石の子供たちは「現場の魔法使い」というより「研究気質の魔法使い」寄りになっている。

 そして、他ふたりはどうかわからないがサファイアにはそれが性に合っていた。自分が魔法を使うというより「魔法が自分のやりたいことを叶えてくれる」と感じるようになってからの日々は純粋に楽しかった。


 そんなこんなで、サファイアは今日も「魔法氷水のレンズを通して違う世界を見る」という自由研究に明け暮れている。

 氷と水と魔力と偏光を駆使し、本来であれば不可視のもの、俗にいう妖精や精霊、霊獣たちの姿を眺め、時に目を細める日々。

 未だ運命の伴侶が生まれぬままに迎えた十度目の春は――まあ、そんな過ごし方しかできなかったとも言えた。



「……図鑑で見たリスと似てるな」

「キュ」

 今、鳥とリスを足して割ったような生き物がサファイアとつかず離れずの距離を保っている。

 先代に「何が毒になるかわからないのだから自然界にない加工品をあげるのは控えなさい」と言われているため、おやつ用に持ってきたパンケーキなどをあげることはできない。残念だ。仲良くなってアレクに見せてあげたかったのに。


 快晴日だ。

 先代に用意してもらったレンズなし眼鏡に色々な成分の水やら氷を貼りながら、サファイアは一瞬ごとに見える世界を変えていった。

 泡の世界。膜の世界。鏡の世界。闇の世界。

「……そういえば、なんで浮島には闇属性の花嫁がいないんだろ」

 サファイアは過去にも思った疑問を口にした。

 魔法の基本は火、水、風、土、光、闇の六属性。

 なのに師である先代は闇を抜かした五属性を指して「全属性」と言うことさえある。

 そのことを指摘した時、彼はなんと答えたんだっけ?

「……あ」

 だが、そのことを考える一瞬前、ふとサファイアは気を散らした。



「……鳥……」

 いったいどんな世界にチャンネルが合ってしまったものだろう。

 はじめて見る、折りたたんでいて尚虹色とわかる羽を持つ鳥が、少し向こうでぼんやりと光っていた。

 やけに神々しい――というかちょっと畏れ多い……? あ、なんか獣もいる。

「霊鳥、か? それにあっちは、もしかして聖獣……?」

 どうか「霊」とか「聖」で止まってくれ、「神」とかにまでいかないでほしい。

 仮にあれが神の獣で何かの拍子に祟られでもしたら、取り返しがつかなすぎる。

(……見えちゃいけない世界もあるよな)

 そう思い、見えるチャンネルを戻そうとした時、目の前にいる鳥獣が何かに反応したように一斉に草原を飛び去っていった。

「……なんだろ」

 サファイアは獣達が去って行った方角に視線を向ける。

 雲を上下に置く島々は、今日も空の青さに包まれている。



 回れ右の準備万端な後ろ向きすぎる覚悟を胸に、サファイアは獣達の足取りを追ってちょっとした森に足を踏み入れた。

(……この位相はちょっとすごいな)

 純粋に感心する。

 虹の空気、輝く緑、弾ける光、止水の静寂。

 少しチャンネルを変えただけでいつもの森がこうも侵しがたい雰囲気になるなんて、そしてその中をなんの制限もなく歩けてしまうなんて、得と徳しかない本を読んでいるみたいだった。

(もしかしたらこの世界って、俺たちのというより、むしろ向こう側のモノたちのものなんじゃ――)

 そんなことを考え込ながら歩いていたサファイアは、突如その足を止め、青の両目を瞬かせた。



 木漏れ日が差す湖のほとりに、一人の女性が座っていた。



「……………………」

 サファイアは無言だ。

 無言のまま、非常に複雑骨折めいたショックを受けていた。

 簡単に言うと、この島で先代とアレクとエメラルド以外の人間を見るのははじめてであり、この初遭遇にどんな感想を持っていいかわからず&どんなリアクションを取るべきか分からず、結果として自分の無知さや愚鈍さや応用の効かなさや平和ボケさが浮き彫りになった事実と直面したのである。

(え、怖……どうしよ足動かなくなった)

 ほんと誰? あ、でも実体じゃないっぽい……?

 眼鏡を外すと途端に姿が見えなくなる。つまり先程の鳥獣同様、彼女も「普通の人間」ではあり得なかった。

(妖精ってこと? それとも精霊? まさか神霊?)

 どのみち畏れ多すぎる。

 サファイアは回れ右の意思をさらに極限まで研ぎ澄ませた。



「…………」

 落ち着いて見れば、その女性は――そう。

 なんといえばいいのだろう。揺れる炎を薄くしたような、不思議で綺麗な髪色をしていた。

 柔らかそうでサラサラで。繊細なそれが、後ろ姿ひとつ、ただそれだけで彼女を天女のように見せていた。


 その女性の周りでは、先程見かけた鳥や獣が、いかにも平和に、思い思いに過ごしている。

 気まぐれにトコトコ近付いてきたらしいカピバラ似の動物の背を撫でる女性の手は、白く細く。

 遠くて、そして角度的に顔は見えなかったが、おそらく十代後半か二十代前半――確実にサファイアより年上なのに、容易く折れてしまいそうなことがわかるそのたおやかさに、今までになく心が揺れた。

(……花嫁といい、女の人っていうのはきっとそういう生き物なんだろうな。鍛えても強くならないみたいな)

 考察を挟みつつその光景を見つめていると、突如、島の下から吹き上げた強風がその場の全てを攫っていった。



 鳥は羽ばたき、獣は丸まる。

 草はたなびき、そして木の葉が、遥か上空に巻き上げられていった。

 何だ? 今のはいつもの、ただの下からの風じゃない。

(あれは……)

 異変の元を探したサファイアは、上空にその正体を見る。

 ――優雅に天駆ける龍の姿を。



「…………」

 サファイアは無言だ。

 無言で遠ざかる龍を見ていた。

 まるでその女性のすぐ隣で同じ光景を見ているように、声もなく。



(あの女の人……吹き飛んでいかなくてよかった……)

 サファイアだって龍を見るのははじめてだったのに。

 年上の女性を見るのもはじめてだったけど。

 年上の女性を見るのがはじめてだったから。

「…………」

 龍の姿を追う彼女の横顔。

 はじめて龍を見た感想が、まさかこんなにも龍意外のことばかりになるなんて、思ってもみなかった。




***




「ついにこの日が来たわね」

 アレクが厳かに宣言する。

 この日というのはアレだ。年に一度のビッグイベント、「先代の里帰りの日」を指していた。

「先代が骨を、いえ、羽を休める今日がチャンスよ。煌炎の島に行ってルビーの花嫁の様子と無事を確かめるのよ!」

「……別にいいけどほんとにやんの」

「やるわよ。私たち何歳になったと思ってるの?」

 十年――事ここに至ってもルビーが生まれず、生まれる前兆すらないという事実は、ついに宝石の子供たちをアウトローの道へ突き落としたようだった。

 いや別に、宝石の子供が花嫁に会ったら死刑とかいう厳しい罰則なんぞあるわけないから、行きたい人が行く分には自己責任なのだが。

 それを考えるとなぜ先代が彼女の様子を見に行かないのかの方が三人には理解できなかった。


 それはそれとして、アレクとエメラルドの会話を聞いているサファイアはまあ気が進まない。

 サファイアとしては、この時点で十も年上の男と結婚しなければならないことが確定しているルビーが可哀想すぎて、今更花嫁に受胎を打診しようという気も起きないからだ。

「これから生まれるルビーがナイスミドル好きならともかく、サファイアとの年の差も世間的にはここいらがギリだものね」

 だがアレクはまだギリイケると思っているようだ。サファイアにはよくわからないので、女の子がそう言うならばと流されるままである。

「ルビーの花嫁に面会して、彼女の状況を把握して、可能なら私たちの話を聞いてもらって、あわよくばルビーを生む準備に入ってもらう。これが今回の目的よ」

 基本的な常識と良識を教え込まれたはずなのに、ルビーが生まれてこないことによるアレクの調子の崩壊ぶりがすごい。



「さあ行くわよ! この行軍は私たちの魔法の実力考査でもあるわ。うっかり浮島から落ちないよう、みんなで助け合いながら頑張りましょう!」

「……おう」

「……ハイ」

 そんなこんなで、アレク、エメラルド、サファイアの短い冒険がはじまろうとしていた。




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