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■火と夢の中央路・道の端々

実際には「貴族の家名≠領地名」らしいのですが、この作品ではわかりやすく「家名=領地名」としています。




 ラリマール領から見て、目的地であるルベライト領はちょい北寄りの西にある。

 サファイアが生まれてこの方馬に乗ったことがないというので、ラリマール家は一台の馬車を用意した。

 そう広くも大きくもない馬車の中、サファイアの視線は常時外の景色に向けられている。おそらく、妖精のような精霊のような不可視の者たちを見て、学んで、知見を増やそうとしているのだろう。

 事前にサファイアの考えを聞いていたレイは彼の邪魔をしない。それどころか、姉の氷の妖精の件は返す返すもいいヒントになったようだとサファイアの勤勉さを好ましく思っていた。


 そして、常と違うことがもう一つ。

「やっぱりついてきてるみたい……」

 なんか、自分たちの後ろをつかず離れず、クレハとアイラがずっとついてきているのだった。

 やはりというか、サファイアは特に気にしなかったが。

「普通に行く方向が同じなんじゃない? あの女性に行き先を告げた覚えはあるけど、ついてくる理由はないし。まあ行く方向が同じなら一緒に行動すればいいのにとは思うけど」

「うーん……」

 これまでの道中で荒くれ者共に絡まれた回数はゆうに片手の指の数を超えるため、確かに共に行動した方が効率的で心強いのは確実なのだが、

(アイラさんはともかく、クレハさんはトラウマになってそうなのよね……)

 そうも思うレイなのだった。

 積年の剣の腕や頼みの反射神経を軽く凌駕してくるサファイアの魔法は普通に心臓に悪いのだ。


 アイラの「運動神経が死んでいる」は走ることだけではなく馬に乗ることも含まれているようで、しゃーなしに一頭の馬に相乗りしている彼らは、日の入りの頃には疲労もひとしおであるらしい。

 一度、逗留地の「ここしかない」という宿屋で不可抗力的に一緒になった時、「故郷に帰るところなの。あなたたちを追い掛け回しているわけではないわよ……」と疲れた顔で言っていた。

 その後、レイはクレハと剣技談義で、サファイアはアイラと妖精談義で盛り上がったので、いっそマジで一緒に行動すればいいのではと思わないではなかったが……それでも、なんとなくそうはならなかった。

 そんなこんなで、今日も今日とて、一方は馬車で、一方は馬で、互いに示し合わせたかのような同スピードで進んでいく。

 そんな時、まるで満を持したかのようにルキヤに遭遇した。




「あ、お二人さん、久しぶり! よかった、アウイナイト家の御子息様達から無事逃げられたんだね! 一応責任感じてたんだよ、あそこに連れてったの僕だし、なのに真っ先に逃げ出しちゃったからさ。これからどこ行くとこ? ああ、ルーベルライト領ならあの山を越えたところだよ」

 素性は不明でも放浪者の知識は時に書物をも上回る。

 世界各地を旅して面白い魔法使いを見つけるのが趣味であるところのルキヤは、先日のお詫びと称し、またもや「知る人ぞ知るグルメ系魔法使い」のところに案内してくれた。

「美味しい……」

「本当ね……」

「これを食べるためにずっとここにいてもいい……」

「本当に……」

 ルキヤの顔の広さと軽快な話術で土魔法使いおじいちゃんから瑞々しいきゅうりその他のおすそ分けに預かったサファイアとレイは、馬車にガタガタ揺られる疲労をここぞとばかりに癒していた。


「あなたの人脈は底なしね」

「土地によって違いはあるけど、大体の人は開けっぴろげに接すれば同じように返してくれるからね」

「陽の者め」

「よく言われる!」

 身なりもいいし、どこかの貴族の三男坊あたりかしらと思うも、確証はない。


「この先にあるルーベルライト領ってどんな感じ?」

 そのルキヤは、サファイアに聞かれてしばし悩み……。

「え? あそこは……うーん、そうだなあ……」

 思案し、やがて「ああ!」と人差し指を立てて言う。

「領主様のところの家令がずいぶんなやり手らしいよ!」

 そうかい。




***




「ん?」

「あら」

 ルキヤと別れ、山を越えて馬車に揺られることしばし。

 ある道にさしかかった時、サファイアとレイは同時にあることに気付いた。

「……急に道が平坦になったね」

「ルーベルライト領に入ったのね」

 一瞬でわかるインフラの差がすごい。

 ともあれ、目的地についたこと、道のガタガタが減ったことは素直に喜ばしい。地図を見ながら道なりに進んで街を目指し、第一街人を発見して宿屋の場所を聞く。

 馬車を置ける宿屋に泊まり、一休みして食堂に降りれば、故意か偶然かその日同じ宿屋に泊まることになったらしいクレハとアイラが先に食事を取っていた。


「…………どうも。偶然ですね」

「…………そうね…………」

 一応形式美として言うレイに律儀に返すアイラ。ここ最近習得した阿吽の呼吸である。

「なんかいつにも増して疲れてない? アレクの疲労回復薬いる? 飲んだら飲んだで効きすぎて結局疲れるんだけど」

「いただくわ!!」

 サファイアが言うと疲労の極地にいたはずのアイラがパッと瞳を輝かせた。まるで女王陛下の宝物を下賜されたかのようなテンションだった。

「あ、そのままいかない方がいいよ。念のため二分割、いや、四分割くらいした方が」

「どんだけ劇物なのよ」

「確かに半分は残しておきたいわね、あわよくば家宝にしたいし」

「落ち着け、キモくなってんぞ」

 サファイアにレイの、アイラにクレハのツッコミが入った。


 そんな流れで一緒に食事をとっていたら、「……はじめて来たけど、想像以上にすごいわね、ここは」というアイラの言葉が流れていった。

「すごいって、道の綺麗さとかがですか?」

「それもあるけど、領としての我の強さというか、名を残そうとする胆力が、かしら」

「???」

 レイが首をかしげた。


「――ここはかつて火の魔法使いの家系であるルベライト家が治めていた。後にルベライト家が領地を帝国に譲渡、時の皇帝の指名を受けた魔法使いが変わって統治することになった。ここまではいい?」

「はい」

「通常であれば、空いた領地に新たな魔法使いが来たら、領名はその魔法使いの家名になるはずよ。でもここはルーベルライト……ルベライトの響きそのままだわ。通常、そんなことになると思う?」

「……新たにこの地に来た魔法使いにしてみれば、旧領のものはすべて廃し、自分風に一新したいはずですよね」

「ええ。でもここはそうはならなかった。誰かが、何かが、そうさせなかった」

 それがアイラが感じた「領としての我の強さ、名を残そうとする胆力」ということなのだろう。


 そういえば、ルキヤは「あそこは家令がずいぶんなやり手らしい」と言っていた。

 彼の話によれば、帝国から来た新たな領主、現在のルーベルライト家の魔法使いは、旧ルベライト家の財産状況や領地経営のすべてを把握していた元ルベライト家の家令の補佐を代々、今現在も受け続けているらしい。

 そのことを伝えると、アイラは「なるほど。ならその家令の介入かしら。よほど帝国が嫌いで、唯々諾々と従いたくなかったのね」と断じてしまう。

 サファイアの予想はそれとはすこし違っていて、「いつかリノアン・ルベライトがこの地に戻ってくることを祈り、願い、どうにか地名を残そうとしたのではないか」と感じていたのだが……。

 まあ、どちらの想像が当たっていても、かつてルベライト家に仕えていた家令の一族が桁違いに有能であることは間違いないだろう。


「はー……そういう形で家名を残す方法もあるんですね」

 レイは素直に感嘆していた。

 かつて城の図書室で感じたことを思い出す。

 アウイナイト家のように帝国に恭順すれば貴族のままでいられたしこの地もルベライトのままだったのに、彼らはその道を取らなかった。

 それは、貴族であってもリノアンの救済は叶わなかったし、地名は実際どうとでもできたからだ。

 ――おそらく、多分、十中八九……かつてのルベライト一家は、氷の中に閉ざされた末娘のリノアンと共に、あの海に移住しているのだろう。

 氷の妖精に煩わされる姉を見ていたレイには、彼の一家を「なんて責任感のない領主一族なのかしら」と責めることはできなかった。


「記念碑もののしたたかさだわ」

 アイラの声は、真似をしたいかと言われれば微妙だが、一面、羨ましくはあるらしい色を宿している。

「この地にルベライトの名は残すが、自分たちは名を捨てる――そのいい機会だと思ったんだろう。帝国に……これ以上なにも奪われないために」

 クレハがぽつりと呟いた。


「帝国に奪われないために……ですか?」

 レイが「おや?」という顔をした。

 ルベライト家は当時独立していたし、帝国の横暴な命令を受けたことも、帝国から攻められたこともないはずだが。

 アイラを見ると、苦い表情で「それでもよ」と言い含まれる。

「それでもルベライト家は奪われたの。私の家も、クレハの家も、帝国に。……大切な大切なものを」




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