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■ラリマール家・ひとつの例




 森を侮ってはいけない。

 規模や環境にもよるが、殺意マシマシのハチにはじまり、カ、アリ、ダニ、ヘビ、シカ、トラ、クマ、オオカミなどなど、殺し屋ラインナップに事欠かない。その上、枯れ木の落下、毒性植物、天候の急変、山火事などにも注意が必要なのだから、文字通り住む世界が違いすぎた。

 畢竟、もはや天気がいい日だから大丈夫でしょとか言ってる場合ではない。実際、陽の光が届かないほど深い深い森の中、レイたちが真っ先に鉢合わせたのは、大きさ三メートル、体重推定二百五十キロ以上の森イノシシの集団だった。


「え、デッカ。こっわ」

「……なんかこっちに来てない? 来てるわよね? なんで?」

「言ってないで逃げろ!」

 鋭い警告を受け、レイとアイラがびゃっと身を翻す。

 クレハが二人の逃走を援護し、ラリマール家に仕える騎士が殿を務めたが、その形も長くは続かなかった。

「え? アイラさん頑張ってください! え、走って!?」

「走って、るわよ……!」

 いや。のったシャラシャラ、のったシャラシャラ。どう見ても優雅に足掻いてるようにしか見えない。

 見かねたクレハが後ろから来てアイラを担ぎ上げる。こうなってしまえば、たとえ彼が有能な剣士であろうと、頼みの援護も反撃も迎撃も期待できたものではなかった。


「こうなると思ったぜ! テメェはロクに走れやしねえんだから、ンなとこ歩く時ゃ人の百歩後ろからついてきやがれ!」

 おそらくは慣れているはずのクレハを改めてキレさせるスローさがすごい。

 この世に走れない人っているの? と思うも、たった今実物を見たばかりのレイは神妙に口を閉ざした。

「な、なによ。ちゃんと走ってるのに」

「走れてねえよ!」

「走れてないです」

 ひとりは無理でもふたりが同じ事を言うなら信じるしかないだろうの精神。

 美人で頭もいいのに運動神経がこうも死んでいるとは、天は二物を与えたら一難を追加してどうにかこうにか帳尻を合わせようとしているようだった。


「右にシカ!」

「左に行きます!」

「木の上にハチの巣!」

「爆走して通り抜けます!」

 なんだこの森。

 妖精を探しに来たのに、お呼びでない危険生物が次々やってきて、めちゃくちゃそれどころではない。いやまあ皆様の住居にノーアポでお邪魔したのはこちらなのだが。

「足元にヘビ!」

「目がいいですねクレハさん!」

 こっちが侵入者なのに対処法が「斬って捨てる」しかないのが誠に申し訳な

「前方に子グマ!」

「いい加減にしてほしいんですが!?」

 レイがキレかけたその時、キン、という音と共に視界が青透明に染まった。



「何してるのレイ。そっちは……ああ、いつぞやの」

「……サファイアさん……」

 ――製錬の大魔法の結晶。宝石の子供。水の魔法使い。

 帝都上空の浮島に戻っていたサファイアが、静かに、当たり前のように、すとんと空から降ってきた。



 自分たちがいる一帯が氷の壁で囲まれ安全地帯になっていることに気付いた一行は、驚愕しつつ決死の大逃亡の終了に息を吐く。

 しかし相変わらず魔法の規模と威力がすごい。というかこの森はかなり深くて暗いのによく自分たちを見つけられたな。そう思っていたら、「上空にいるみんながみんな、この森に大注目してたよ。だから、なんだろうって思って降りてきてみたんだ」と返された。上空にいるみんなとは。聞いたら鳥とかのことらしい。


「ここは多分、鳥たちにしてみればわざわざ入るのが信じられない類の場所なんだと思う。俺からしてもそんな感じがするのに、地上の人間はチャレンジャーにも程があるよね。慣れているにしては大騒ぎの上猛ダッシュだったけど」

「慣れてはいないわ。ここへは妖精を探しに来たの。仕方なしにね」

「妖精を? なぜ?」

「話せば長くなるけど、私の姉様の病気を治すために必要なの」

「いや、わざわざ探しに来なくてもそこにいるでしょって意味だけど」

「そこに?」

「そこに」

 サファイアが指差したのは、未だにサファイアを見て固まっているアイラだった。

 正確に言えば、彼女の肩の上だ。

「……そこに?」

「うん」

「いるの?」

「いるよ」

「見えるの!?」

 レイの他、アイラもクレハも騎士たちも驚愕の声を上げた。



 昨今、サファイアは幼い頃に編み出した「違う世界を見るための魔法レンズ」をもっぱら自分の眼球の二ミリ前に浮遊させる手法を用いている。

 いちいちレンズなし眼鏡を持ち歩かなくてよくなるのが楽だからだが、これがエメラルドやアレクに好評で、それゆえパシられ頻度が上昇したりもした。

 まあ気にしてはいないが。だから今回も「見る? はい」と軽くこの場にいる全員に同じことをしてみせる。

「え、何この視界……」

「うわ、なんかいる、本当にいる……」

「これが土の妖精……」

「全然気付かなかったわ……」

 動揺が広がるものの、同時に驚くほど速やかに落ち着いてもいく。

 赤い三角帽子をかぶった土の妖精がめちゃくちゃ可愛かったのにほだされたともいう。


「こんな灯台下暗し的な……。言われてみれば、声は聞こえるけど姿は見えないってちょっと不便かもですね。喋ってくれなきゃ居るって気付ないわけですから。……これ、いつからいる、どこの子なんだろ」

「しかも私の肩の上にいるということは、特定の場所から移動する意思があるということなの……? 妖精は気まぐれだけど天邪鬼すぎて、人に頼まれるほど言うことを聞かなくなるものだと思っていたのに……」

 ショックのあまり、本人に聞かれているにもかかわらず失礼なことを言うアイラ。

 ちなみにクレハは微妙な表情をしつつ未だにサファイアの傍に近付きもしなかった。


 アイラはサファイアに「……この妖精、このままこの森から連れ出せるかしら……」と尋ねた。稀有ゆえ孤高の妖精医師が相談相手を見つけた瞬間である。

「さあ。あなたに懐いているからそうしているのだろうし、聞いてみたらいいのでは?」

「そういえばそうだわ」

 ハッとして思い出す。土属性であれば言葉がわかるのだ。

 アイラが自分の肩の上にいる存在に夢中で話しかける間、残りの人員は休憩時間となった。




***




 さて、諸々を省いて結論だけ言うと、「ラレンティアに憑いているのは氷の妖精であり、氷の妖精は暑さに弱く、陽の光を浴びると溶けてしまうため、宿主が浴びる光の熱を氷の魔法で逐一キャンセルしようとしていた」ことが判明した。

「まあ。だから太陽の光を浴びると皮膚が凍るのね……」

「辻褄は合いますね。ただ、なぜ氷の妖精がここにいて、なぜラレンティア様にこれほどべったりなのかがわかりませんが……」

「日影伝いに移動してきて、姉様を特に気に入ったということなのかしら」

 仮に「あっち行って」と言って機嫌を損ねられては困るし、ずっとこのままでいてもらっても困る。どうしたものか。

 三人揃って悩んでいると、唯一ラレンティアの部屋に入ることを許された男性であるところのサファイアが口を挟んだ。


「氷の妖精がこの女性を気に入っているというなら、この女性の身体の一部を入れた小物やぬいぐるみなんかを作って、そっちに誘導してみては?」

「え。身体の一部って、指とか舌とかってこと?」

 なぜかグロい想像をするレイ。「……それ、髪でいけないかしら」とアイラが正常に呟いた。

「髪、ですか」

「ええ。人間の爪や髪は皮膚が形を変えたものなの。死んだ細胞でできているから生きてはいないのだけど、ある程度の魔力が込められているし、その人固有のものではあるから、あるいは」

「うーん……」

 レイは考えてみた。

 もちろん死んでる髪より生きてる本人の方が段違いに慕わしいのは間違いないが、好きな人の一部を自分の管理で永遠に所有できるとなれば、ナシと即座に切り捨てるよりはアリ寄りのアリになるかもしれない。

 どのみち妖精の感性などわからないのだ。思いついたことを片っ端から試してみるしかない。


「姉様、髪の毛一本ください!」

「あの、さすがに一本じゃ足り」

「あら、いいわよ。どんどん持って行って」

「ぎゃあ! なんで七十センチを一気にひと束も切るんですか姉様!」

「まごう事なきレイのお姉さんだね」


 ちなみに縫い物はラレンティア本人がすることになった。外に出られなかった期間の無聊の慰めとなって久しく、すでにプロ級の腕前になっていたし、ずっと自分の傍にいた氷の妖精にあげるものなら絶対に自分で作りたいと言い出したからだ。

 ……サファイアの魔法レンズで氷の妖精の姿を見ながら、アイラの肩の上にいる土の妖精に言葉を翻訳してもらいながら、笑い合い、楽しみ合いながら縫い物をするラレンティア。

 二日後、花の形を模し、その中央部分に丸くなって寝ることが可能な「ラレンティアの髪入りぬい刺繍(プロ仕様)」を見た氷の妖精は、大層感激した様子を見せ――。

 ラレンティアの部屋の陽の光の当たらない場所に置かれたそれに氷の妖精が身を移したことで、晴れてラレンティアの氷化はほどかれたのだった。




「ありがとう! アイラさんとサファイアさんのおかげだわ! 本っっっ当にありがとう!」

 もはや何度目かもわからないレイの大感謝の波動をアイラひとりに押し付けつつ、サファイアは「なるほどなあ」と得心していた。

 ――つまり、妖精は気に入った人間に干渉することがあり、良きにしろ悪しきにしろその身体に変化をもたらすことさえあるということだ。

(それをリノアンの呪いに対応させられないだろうか……)

 リノアンの夢を吸い取ってくれるような妖精を探し出し、そうして、夢を見なくてすむように。

(まあ、さすがにそんなに都合のいい妖精がいるわけないか……)

 別に妖精じゃなきゃ駄目というわけでもないが。


 ――もっと超常的な存在に詳しくなりたいな。

 サファイアは最近、今はまだ「心地いい」で済む範疇の焦燥に身を焦がしている。

 ……おそらくそれは、街や城の図書館に引きこもって本を読み耽ってもわからない事柄であり。

 時間をかけて世界を回り、自分で見聞するしかないことなのだ。




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