■ラリマール家・妖精探し
魔物がいない世界なのに妖精や精霊がいる(と信じられている)のは、イギリスみたいな感じの国だからです。
レイの姉であるラレンティアは、「陽の光を浴びると肌が凍る」という症状に悩まされている。
正直、焼け爛れるならまだわかるがなぜ凍る? という感じだ。発症して数年、今に至るまで改善の兆しなく、家族は困り果てていた。
当の本人は「そんなに困ること? 陽の光を浴びなければいいだけだわ」などと言いふわふわと笑っている。
ただ、自分の体質が子に遺伝する可能性を恐れて未婚を貫く覚悟をキメているようなのがレイには承服しがたかった。
結果として、ゆえに「絶対に治癒方法を探す。無理なら永遠に姉様の傍にいてその心を慰め続ける」という結婚願望ゼロのレイが爆誕したわけだ。
「お帰りなさいレイ! あら、そちらの方は帝都でできたレイのお友達かしら」
美しい。久しぶりに会えて嬉しげなのがまた最高。眩しすぎて目が潰れる。好きだ。
「ただいま戻りました。こちらの方は兄様のお知り合いのお知り合いの薬師様です。お医者様でもいらっしゃるそうですよ。すごいですよね」
「まあ……女性の、それもこんなにお若い方が。本当にすごいわ」
「お初にお目にかかります。アイラ・シトリンと申します」
「はじめまして、アイラ様。レイの姉でこの家の長女、ラレンティアです」
美女と美女の会話がはじまる。今だけ観葉植物になりたいレイだったが、ふたりの橋渡しをしなければならないためグッとこらえた。
「ロイド様よりお招きに預かりました。ご不調とのことで、診療記録を確認させていただいております。いくつか質問をお許しいただけますでしょうか」
それには何も言わず、ただにっこりと微笑むラレンティア。
無駄と知り、だがそれを言わず、相手の好きにさせる笑顔だった。
問診と触診の後、「よろしければ肌が凍る瞬間を見せていただきたいのですが」と言ったアイラの言葉を、レイは予定調和のように聞いていた。
肌が凍る瞬間の様子は詳細に記載されている。だが、彼女にとっては文字だけでは不十分だからこその申し出なのだろう。心配ではあるが診療の一環だ。ここで「話が違う。駄目です」と突っぱねるほどレイもアホではなかった。
構いませんと軽く許容するラレンティア。「少し、ほんの少しですからね姉様! 待って、今お湯とタオルを用意させます!」と慌ただしく動くレイ。それは、光を断たなければいけない身の上で、それでも光を浴びたい、浴びて無事でいてほしい気持ちを、双方が抑えきれない発露とも言えた。
「どうぞ、お近くでご覧ください」
用意が整い、窓際に移動したラレンティアがアイラに呼びかける。
「凍るまで数秒かかりますので、気負わす変化をご観察ください」
「……拝見いたします」
腕を差し出し、締め切ったカーテンを開けると、外界を隔絶していた事実を実感せざるを得ない、圧倒的な光が差し込んできた。
「…………」
光が、白い肌を照らす。
普通に――最初ラレンティアの肌は、通常通り皮膚の表面で光を反射・吸収しているだけのように見えた。
だが、やがて照らされた皮膚の内側が光りだし、喫水線を超えたと思しき刹那から急に余光の閃きが散り――。
「姉様……!」
そして唐突に冷気を放ち、光のキラキラが氷のキラキラに如実に変化していった。
「…………」
ラレンティアの表情は変わらない。本人の言によれば、ピリッとした痛みはあるものの、そう強い刺激ではないらしい。
患者と患部の様子をじっと見つめていたアイラが、光を遮るようにラレンティアの腕を覆う。
「……結構です。ありがとうございます」
「姉様!」
カーテンを閉め、凍った部位にタオルを巻き、更に熱いおしぼりを巻いていくレイ。
しばらくその様子を眺めていたアイラは、頭の中で考えをまとめ終えたのか、ややして口を開いた。
「……おそらくラレンティア様は、光という刺激に対してそのように反応する何かに憑かれているのだと思います」
「「憑かれている」」
姉妹の声が揃った。
何それ。皮膚や身体の機序がおかしくなっているのではなく、そんな反応をする何かに憑かれて――え、悪霊とかにってこと?
「腕が凍る時、鈴の音のようなものが聞こえました」
「鈴の音? ですか?」
「はい。おそらくそれが、ラレンティア様の傍にいる、いたずら好きの妖精か、美しいもの好きの精霊か……そのようなものの声なのだと思います」
あ、悪霊じゃなくそっちか。えっ妖精とか精霊ってマジでいるのすごくね。
(あー、そうか、なるほどね)
レイは、その時になってはじめて、彼女が「妖精医師」と呼ばれる理由に気付いたのだった。
「妖精かあ。それが姉様に。……それ私に殺せますかね?」
「相応の武器が必要な上にラレンティア様に被害が及ぶ可能性があるのでお勧めしません」
アイラが五歳男児を見る目をしつつツッコミの速度でレイを止める。
「……呪いかしらと思ったことはあるけど、妖精や精霊のせいと言われるのははじめてだわ。それはそれでファンタジーね」
「いや許せなくないです? 妖精だか精霊だか知らないけどうちの姉様に何してくれてんのよっていう」
「仮に妖精だとしたら、私に何か用があるということなのかしら」
「熱湯につけられても文句は言えない所業ですよ」
「もう、レイったら、そんなに怒らないで」
「姉様は甘いの」
言い合う姉妹を見て、アイラがぱちぱちと瞬いた。
「……すんなり受け入れるのですね」
「「はい?」」
「よりにもよって妖精や精霊を持ち出してくるなんて、と。頭がおかしいと言われると思ったのですが」
「頭おかしいですかね? 正解かどうかは判断できませんが、姉様の症状の説明としてはアリだと思いましたよ」
原因のひとつとして捉えれば、ようやく解決の一手を打てる境地に立ったことになる。頭の具合など気にしている場合ではない。
「…………」
「ところで、仮に妖精や精霊の仕業だとしたら、妖精医師と呼ばれるアイラ様には解決の手立てがあるのでしょうか」
「あ、いえ、残念ながら私には無理です」
「あ、そうなんですか」
「ですので、他の妖精や精霊の力を借りることになります」
そうくるか。さすが妖精医師。
「えーと、それはつまり、ここに妖精を連れてくるということでしょうか?」
そんなことできるの? と思いながらレイが聞くと、アイラはまるで自分の方が患者であるかのように、
「はい。お手数をおかけいたしますが、どうぞご助力ください」
とお願いしてくるのだった。
***
アイラ・シトリンは妖精の声を聞くことができる。
ただし「土属性限定」という縛りがつく。――土妖精の声が人間の言葉に翻訳までされて聞こえる一方、風妖精の声は旋風音のように、水妖精の声は流水音のようにしか聞こえないのだそうだ。
「すごいですね」
レイが芸のない感想を呟く。土属性限定と言われて思い出したが、そういえば彼女は「かつて栄華を誇り、今は滅びた、北方の土魔法使い一族」の娘なのだった。
「どうでしょう。声が聞こえるだけで、姿は視認できませんし。どうにも中途半端で、とてもすごいとは」
「いえ、さすが妖精医師! って感じです。普通に大声で喧伝して回りたいです」
「おやめください」
止められた。
「この近辺で土属性の妖精を見つけ、その妖精にラレンティア様に憑いているモノを見てもらい、目的を聞き出してもらう。それが私が提案するラレンティア様の治療計画です」
兄ロイドと剣士クレハがいる応接室に戻る途中、アイラがレイに念押しのように言う。なにやら浮世離れした話だが、「妖精医師」が提示できる解決方法はこれしかないのでご了承くださいと言いたいのだろう。
「わかりました。じゃあ、まずはこの近辺で土属性の妖精を探し出して、それを姉様のところに連れてくるところからですね」
「いえ、屋敷に連れてくることはできないと思います」
「え? そうなんですか?」
「ええ。人間が妖精に何かを強制することはできません。つまり、何処其処についてきてほしいとお願いすることは。ですから、こちらが妖精のいるところに赴かなければならないのです」
それはつまり、姉の方を外に連れ出さなければならないということだ。レイの形のいい眉が下がった。
「……曇りの日か、夜でなければ」
「おそらくはそうなるでしょう。幸い、同行のクレハは腕の立つ剣士です。ラレンティア様の護衛として役に立つと思います」
「そういえばいますねクレハ氏。建国記念日が終わったあとも一緒にいるなんて、やっぱり仲がいいん」
「全然」
相変わらず仲が良くないことを表明する心が頑なすぎた。
「あ、あの。今更ですけど、敬語はいいです……。――数日ぶりですね。……その節は本当に失礼いたしました」
「…………。こんなところで会うなんてね。あなた、皇帝の身内じゃなかったのね」
「あはは」
レイは愛想笑いで乗り切ることにした。
「ええと、姉様のために来てくださったこと、姉様を診てくださったこと、心から感謝します。私にできることはなんでもするので、どうか姉様の治癒のために知恵と力をお貸しください」
薬師たる美女はちいさく苦笑したようだった。
「では、このあたりで妖精がいそうな場所を教えてくれる? あまり人の手が入っていない、自然豊かで、空気が澄んでいるところにいる可能性が高いのだけど」
「この辺りだと北西にある森がそうですね。深すぎて原始時代の保全疑いまである場所です」
「原始時代……。それでも行くしかないわね」
何この人頼もしすぎる。
「まずは天気がいい日に様子見に行きましょう。案内を頼めるかしら。森に入る用意と心得をお忘れなく」
「わかりました。できる限りアイラさんに危険を寄せ付けないよう努めますので、どうぞよろしくお願いします」




