■ラリマール家・過去の魔法家
(うーん……)
頭の中で唸る。
レイはここ数日、城の図書館にある貴族要覧で例の氷の中の女性を調べまくっていた。
探しているのは「火の魔法使いの家系」の「没年記載がない女性」。
(これ、かしら……多分これよね)
結果、該当する人物が一人。
――リノアン・ルベライト。
見つけた名前を再度目で追う。
かつてハルシオン帝国の南方にあった、火の魔法使いの大家の娘。
アウイナイト家の当主が「先祖代々守ってきた客人」と言っていたことから相当昔の人なのだろうと思っていたが、紐解けば二百年も前の人物だった。
つまり二百年間氷の中に閉じ込められているということになるのだが、彼女がそうなった詳細についてはどこにも書かれていない。なんでだよ書いとけ。
史書によると、「ルベライト家はおよそ百八十年前にハルシオン帝国に領地を譲渡、その後帝国の辺境貴族となることなく一般庶民となった」とある。
つまりタイミング的に「リノアン・ルベライトが氷の中に閉ざされてからすぐ」ということになるのだが、レイはこれに何やら示唆的なものを感じた。
というのも、建国記念祭の日に城下街で出会った薬師の女性アイラ・シトリン。報告によれば、彼女の家は、かつて栄華を誇り、今は滅びた、北方の土の魔法使いの家系であるらしいのだ。
同様に、彼女の同行者クレハ・スフェノスの家も、かつて西方で栄えた風の魔法使いの一族であり、現在は庶民……。
(庶民……。アイラさんの家もクレハさんの家もリノアンさんの家も、どうしてアウイナイト家のように帝国に恭順しなかったのかしら?)
印象的に、「もう魔法使いが生まれないから無理です」ではなく、「うるせ~知らね~」ばりにあえて地位を返上した感じがするのである。
(普通であればもう少し貴族でいようと足掻きそうなものだけど。欲がないのかしら……それとも帝国が嫌いだったりする? ……それっぽそう)
アイラもそんなこと言ってたし、総数で見ればアウイナイト家のように素直に帝国の一部になる方が珍しいのかもしれない。
――かつて、遺伝の魔法使いや突然変異の魔法使いが、生まれた土地や任意の土地を支配し、王侯貴族として君臨する時代があった。
彼らは家名と領地を血によって繋ごうとしたが、周知の通り、遺伝の頼みは長続きしない。
魔法使いが生まれなくなった家は、魔法頼みの治水力や防衛力、求心力や財政力を次第に崩落させていった。
アイラの生家シトリン家やクレハの生家スフェノス家は、過去の栄光が積み上げた財産と良き統治者であったことの功績によって威厳を保ち、その延長で今でも旧領民に大層敬われているそうだが――おそらくこれは少数派だろう。
(ルベライト家はどうなのかしら……)
レイは悩んだ。誰に聞けばいいだろう。どこにいけばわかるだろう。
サファイアの花嫁探しに責任を持つ身なれば、実際に現地に行って確かめるのがきっと無難なのだろうが。
「あなたはまたこんなところに……」
声をかけられ顔を向けると、サファイア曰く「レイそっくりで微笑ましい」この帝国の皇太子、つまり自分の双子の兄だか弟が立っていた。
「まあ、皇太子殿下」
「調べ物なら誰かに頼めばいいだろう。あなたには自分の結婚相手を探すという使命が」
「そうですね。たった今皇太子殿下のご尊顔を拝謁して踏ん切りがつきました。調べ物は他の者に任せ、明日家に戻ろうと思います」
「なぜ俺の顔を見て……」
にっこり笑って宣言され、ちょっと傷つくラウルだった。
ラウルはレイと接するたび「このひとあんまり真面目に俺と向き合おうとしないよな」と感じているが、その印象は正しくて、レイは可能な限り実父や実兄弟と距離を置きたいと考えている。なんかこう疲れるので。
「皇太子殿下はこちらに御用でしょうか。わたくしはこれで失礼致しますので、どうぞご存分に調べ物をなさってくださいませ」
「…………」
可及的速やかに話を打ち切りたいハラが透けて見える完全無欠な他人行儀に皇太子がまたも渋面になる。
今更仲良くしようとは思わないしそれが可能だとも思わないが、それにしてももう少しこう……と多くを欲してしまうのだ。
一方、そんなことは知ったこっちゃねえレイはにこにこ笑い、立つ鳥跡を濁さずの精神で全ての所持品を五秒で片付けサッとその場を後にする。ふとした隙に説教とか世間話とかを切り出されちゃたまんねえので。
(……そういえば)
置いていかれる兄だか弟の心情など一切気にせず、レイはひとつの思いを馳せる。
……結局、ルキヤの素性はわからなかった。
***
さて、レイが久々に養家であるラリマール家に帰ると、そこにアイラとクレハがいた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
え嘘でしょ何でいるの。
かつて彼らの身体を凍らせる無礼を働いたのはサファイアでありレイには一切関係なかったが、生じた気まずい沈黙を他の誰かに押し付けることはできなかった。
「……あの、兄様、ただいま戻りました。……こちらのお二人は?」
レイはラリマール家の嫡男である兄ロイドに恐る恐る問い質す。
帰宅早々執事に「お疲れでしょうがロイド様とお客様との会談にご同席ください」と言われて応接室に来たらまさかの再会を強いられたレイの心情を四十文字で述べよと言われたら「うっわ」の一言で終了であり三文字で充分だった。
「お帰りレイ。後で建国祭の話を聞かせてくれ。――妹のレイです。レイ、こちらは薬師のアイラ殿。隣は私の友人で剣士のクレハ」
「……ぉお初にお目にかかります、この家の次女レイです……」
「初めまして、レイ様。お会いできて光栄です」
見習いたい、そのそとヅラ。内心はどうあれアイラが浮かべた余所行きの笑顔はその美貌も相まって完璧だった。
「……ええと、お話に参加しろと言われたのですが、私、お邪魔ではありませんか?」
「いや、むしろお前に頼みたいんだ。タイミングが合ってよかったよ」
「はあ……」
何だろ。
「こちらのアイラ殿は巷で妖精医師と呼ばれている方でな。今回、友人の伝手を辿り、無理を言って来ていただいたんだ。姉上を診てもらうためn」
「ようこそラリマール家へ! 私にできることならなんでも致しますのでどうぞコキ使ってくださいませ!」
見習いたい、その変わり身。アイラとクレハの引き混じりの感嘆を他所に、レイは前のめりの勢いで二人を歓迎した。
「癒しの魔法使い」の家系であるラリマール現当主は、二男三女の子宝に恵まれている。
五人きょうだいのちょうど真ん中に当たるのがレイだ。長女のラレンティア、長男のロイドが生まれた後にラリマール家に引き取られたレイは、養父母や兄弟姉妹から分け隔てない愛情を注がれ、今日のように逞しく成長した。
厳しくも優しい父、優しくも厳しい母、美しくも潔い姉、凛々しくも緩い兄、やがて生まれた規格外に可愛い弟、もはや天使でしかない妹……。
幸せだった。十一の時、帝都に呼び出されて「実はお前はこの帝国の皇女なので魔法使いと結婚して魔法使いを生むように」とか言われるまでは。
(帝国の皇女? だから魔法使いの子供を作れ? 知らんし。私には姉様の病気を治し兄様を助けて弟と妹を永遠に守り奉るという完璧な人生プランがあるし)
少なくとも結婚の予定がなかったレイは、「なぜそれがないのか」とツッコまれるくらいには当時から結婚に対する意識が死んでいた。
さて、今の今まで知らなかったが、帝都にてレイが剣士談義で盛り上がりサファイアが氷でガチガチに固めた剣士クレハはラリマール家長男ロイドの学生時代の知り合いであるらしい。唐突に世界が狭い。
今回そのクレハの伝手で招聘したアイラは、「妖精医師」と呼ばれ、知る人ぞ知る的な人物であるそうだった。
(この人って確か、医者じゃなくて薬師だったような気がするけど)
まあ、そんな異名がある辺り、特別な腕や能力を持った癒師なのかもしれない。
そんなこんなで、「姉を治せるかもしれない」という言葉に全力で乗っかり、レイはアイラを姉の部屋に案内していた。クレハ? 姉の部屋は家族と医師以外断固男子禁制である。
「……姉様は身体を光に晒せません。部屋の中は締め切っており、全体的に暗くなっています。ご容赦ください」
「お気になさらず。患者様に必要な環境を保つことは治療の第一歩です」
聡明なアイラの上品な声が笑みを含めて流れていく。
思えば彼女はサファイアが人に酔った時も厚意と共に声をかけてくれた。親切であり、思いやりのある優しい人なのだろう。
「姉様、レイです。入ってもよろしいでしょうか」
ノックをして問いかけると、中から華やいだ声が返ってくる。
「まあレイ、戻ったのね。もちろんよ」
いそいそウキウキ立ち上がえる気配がする。基本的に部屋から出られない姉は来客が大好きなのだ。
「――光は厳禁です」
「承知しました」
言い置き、レイは扉を開けた。




