■海での出来事・先代の話
居心地がよかったり悪かったりしたアウイナイト領で「妙齢の女性を閉じ込めた氷を指定の場所に移す」というひと仕事を終えたふたりは、城に戻って今後のことを話し合い、その方針を一致させた。
「(先代にかき氷のことを相談したいし)とりあえず一度浮島に戻ってこれまでのことを話してこようと思う」
「了解、(これ以上火の魔法使いを探す理由もないし)ゆっくりしてきて。私は調べたいことがあるからまだしばらくは城にいると思う。あなたが戻ってくるまでいるかどうかわからないけど、もしいなかったらその辺にいる皇太子捕まえて遠慮なくラリマール家を訪ねてきてね」
再会を約束し、一方は調べ物のため城の図書館へ、もう一方は上空への帰郷のため城の中央へ移動していった。
***
サファイアが浮島の真下から真上に跳んで原石領の館に戻ると、机に向かって書き物をしていた先代が顔を上げて「おかえり」と迎えてくれた。
「……ただいま」
「エメラルドとアレクはまだ修業中だ。夕飯時に会うといい。――地上はどうだった?」
「どうもこうもなかった」
この場合は「ロクな魔法使いがいなかった」という意味だ。
むろんそれは予想できていたことなので先代は小さく苦笑するだけに留めていた。
皇族との会見、彼らの認識と誠意。皇女の提案と今後の方針、地上の人口の多さと寄ってくる人物の反一筋縄さ(※クレハ、アイラ、ルキヤ)。思っていた以上に弱々しい軍人系魔法使いと、尊敬に値するが話にならないグルメ系魔法使い。そして海の広さと果てしなさ――。
それらのことを、サファイアは時系列順に報告した。
先代は幼い子供の話を聞くお母さんの要領で黙って聞き耳を立てている。唯一海に飛んでいったくだりで「……皇女は大丈夫だったのか?」と若干表情を変えたが、それ以外はどれもこれも想像と許容の範囲内であるようだった。
「レイなら薬で普通に治ってたよ。酔い止め薬ってすごいんだね。次に下に降りる時はアレクからいくつかもらっていこうと思ってる」
「やめておけ。アレクの薬は効きすぎて逆に危険に陥る」
「やっぱり? ――そうだ、先代。女性の魔法使いを氷漬けにした記憶は?」
「え?」
急な話題になんのことだと先代が瞬いた。
「薄い炎の髪色の女性が大きな氷の中に閉じ込められてたのを見たんだ。あんなことができるのは先代くらいだと思うけど」
「……薄い炎の髪……?」
考え込み、ややしてハッとした先代が「リノアンか」と呟いた。
――リノアン。
なんの心の準備もなく唐突に知ってしまった彼女の名。
――リノアン。
そうか。彼女はちゃんとした名前がある人間なんだ。
そんな当たり前のことが、妙に胸に迫ったサファイアだった。
「リノアン・ルベライト。帝国の南方にあるルベライト家の娘だ。お前が言っているのがリノアンなら、確かに彼女は私が氷の中に閉じ込めた。……彼女の家に行ったのか?」
「海辺の洞窟の中にいたけど」
「は?」
珍しいことに先代が驚愕した。
「海……洞窟の中に、だと?」
「うん。つい先日、一昨日かな、そこの領主に頼まれて彼女を安全な場所に移してきたんだ。……先代が凍らせたってことは、先代が活躍していた時代……二百年くらい前の人だよね。なぜ彼女を氷の中に閉じ込めたの?」
「彼女と彼女の家族がそれを望んだからだが……」
先代はいかにも気もそぞろな様子でそう答えた。
彼は、彼女を閉じ込めた氷が彼女の家ではなく海にあるという報告に、心底、明らかにうろたえていた。いやだが安全な場所に移したのならいいのか……? と一旦は落ち着きを取り戻すが、心は引き続き荒れ模様のようで、彼女の氷を浮島に引き取ることすら検討し出す始末だった。
「そんなに懇意にしていた人なの? 彼女を氷の中に閉じ込めたのは、つまり彼女を守るため? 火の魔法使いだと聞いたけど、もしかして火の制御ができない人だったとか?」
「ああ、いや……リノアンは火の魔法使いじゃない。火の魔法使いの家系に生まれた、夢の魔法使いだ」
「夢の魔法使い」
サファイアが新情報をオウム返しする。
「夢を見せる魔法使いってこと?」
「ああ。望む者に良い夢を見せる。だが厄介なことに、彼女は呪いによる魔法使いだった」
呪い。
サファイアが瞬いた。
この世界の魔法使いは三種類に分けられることを、もちろんサファイアも知っている。
――ひとつが「突然変異」の魔法使い。
――ひとつが「遺伝」の魔法使い。
――そしてひとつが「呪い」の魔法使い。
呪いの魔法使いとは「魔法に呪われながら生まれてきた者」を指す。たとえば「火の呪いの魔法使い」はその魔法で自身を燃やしながら生まれ、「氷の呪いの魔法使い」はその魔法で自身を凍てつかせながら生まれてくる。そのため新生児期に命を落とすケースが大半だと聞いた。
「じゃあ彼女も」
「ああ、自らの魔法に呪われていた。彼女の場合は、つまり夢に。――他人にいい夢を見せる一方で、彼女自身は毎夜悪夢を見続けたんだ」
悪夢を。
毎夜。
「彼女がどのような夢を見ていたのかはわからない。彼女が話そうとしなかったからな。だが、うたた寝から起きる時、彼女はいつも父や母、兄や姉の名を叫び、泣きながら飛び起きていたという。それだけでどんな夢を見ていたか知れるというものだ」
「…………」
それは。
(――愛する家族が、酷い目に遭う夢……)
サファイアで言えば、先代やエメラルド、アレクや花嫁たちが陰惨な目に遭う夢を見るようなものだろう。
よりにもよってそんなものを、若い女性が、毎日、毎晩。
想像を絶した。
「当然だが、彼女は睡眠を拒むようになった。体力の消耗を抑えるため車椅子に乗り、歩くことさえ控えて日々をゆったりと過ごしていた。花を見、詩を聴き、本を読み、動物を愛でるだけの生活を送った」
彼女がそれが許される裕福な家に生まれついたのは幸いだっただろう。
だがそれでも、人は眠気には逆らえない。
「時折うたた寝をしてしまい、夢を見る前に家族やメイドに起こされるか、間に合わず悪夢を見てしまっては飛び起きる……そんな日々が続き、遂に彼女の心が参ってしまったんだ」
「…………」
「彼女の家族は常に彼女を心配していた。彼女はいつも大丈夫だと笑っていたが、無理をしているのは明白だった」
「うん」
「だから、氷の中に閉じ込めれば夢を見ることはないかもしれないという私の提案に、彼女たちは家族総出でそれを願ってきたんだ」
「それで氷の中に……」
「ああ。夢を見せるのは脳だからな。身体を氷の中に閉ざせば脳の働きが生存への注力で手一杯になり夢を見せる余力がなくなる」
だから凍らせた。
彼女の心を守るために。
(……そっか)
それなら俺でもそうするかも。サファイアは納得し、思考した。
(ああ……つまり俺が七年前に見た彼女は、自分の身体から離れた彼女の魂みたいなものだったんだ……)
閉じ込められて動けなくて、たったひとり、魂だけで世界を巡って。
共に龍を見上げた空。
――あの時、変に恐れず話しかけていれば。
またあそこで会えたりしないかな。久しぶりに行ってみようか。そんなことを考えていたら、「アウイナイト家にいると言っていたか」と先代が呟いた。
「確かにあの家なら横の繋がりがあってもおかしくはないが、ルベライト家がリノアンを手放すはずがない。いったい彼女の家はどうなったんだ」
「さあ。でも家名がわかっているなら調べることはできると思うよ。帝国の皇女が協力的だし。お願いしてみようか」
「……私は地上に降りられない。頼めるか」
「うん」
あんまり真面目に嫁探ししてないし、とは言わなかったが、伝わってはいるのだろう。今に始まったことでもない。正直、地上の魔法使いのレベルを考えたら、花嫁探しはいつだって難航・保留せざるを得ないのだ。
「アウイナイト家の当主は彼女を預かり人だと言っていたよ。ちょっと管理は甘かったけど、大切にしてはいるみたいだった」
「溶かさなかったのか溶かせなかったのかはわからないが、彼らがリノアンを氷から出さなかったのは僥倖だ。……お前には溶かせただろうに、よく思いとどまったな」
「あんなことができるのは先代だけだろうと思ったし、あなたが意味もなく人を凍らせるとは思わなかったから」
「ああ。起こしてもまた悪夢を見るだけだ。残念だが、彼女はあのままでいる方が……」
「…………」
サファイアは滅多にさらされることがない先代の苦悩の表情を眺めていた。
全属性の魔法使いである先代にもどうにもできないことがあるんだな。
そう思う一方で、サファイアは静かに、冷徹に、凪いだ海のように、冴えた氷のように――。
自らの能力を見直し、総浚いし、乗算し、模索して、呪われた魔法使いの呪いをどうにかすることができないかを考えていた。
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