■海での出来事・勘。女の
「……どちら様なの?」
「どこの誰かはわからないけど、魔法使いという噂だね。火の」
「火の」
瞬くレイにルキヤが説明した。
「本当かどうかわからないけど、遥か昔、氷漬けのままここに運びこまれたらしいよ。以降アウイナイト王家が……昔は王族だったけど今は帝国の地方貴族になったアウイナイト家が、ずっと保護? 保有? 管理? 所有? してるんだって」
「つまり固定資産ってことじゃない。こんなことしてるのがバレたら大目玉だわ」
「まあね。どうせ溶けないにしても見つかったら怒られるのは確実」
「わかってるなら普通にやめなさいよ」
レイはガチ目にルキヤを諌めた。
「でもさ、悪い人には見えないし、助けたいというか、できることなら氷から出してあげたいじゃない。実はここの領主様だってそうしてあげたいと思ってるのかもしれないよ?」
「そりゃあ出してあげられるなら出してあげたいけど、本当にそうならアウイナイト家がちゃんとお布令を出すはずでしょ。出すと危険だからこのままにしてるのかもしれないし、あなたたちがやっていることはあまりに軽率だわ」
「そうなんだけどね~」
ルキヤがヘロヘロと笑った。
まあ氷の中に閉じ込められた女性というのは確かに不憫ではある。起こしたところで害なんかなさそうだし……いやしかし彼女は火の魔法使いなのだったか。
レイはそっとサファイアを見る。彼ならこの氷を溶かせるだろうと思ったからだ。しかし、見る限り俄然やる気はなさそうで、彼はいつも通りの静かな目で、氷と氷の中の女性をただただじっと見つめていた。
――ん? うーむ、なるほどね……。
「ああクソ、溶けねえ!」
「お疲れー」
「おい急に火消すな、寒くなんだろうが」
「っせーな次誰だよ早くやれよ」
「はい! 私いきます! ちゃんと修行してきました!」
「よし行け!」
「そして華々しく散れ」
場の雰囲気は底抜けに砕けている。こんなにも野良の魔法使いが集まっているとは思わなかったレイは、説教したい気持ちとは裏腹にその様子を興味深く眺めた。
意外に思ったのは、たまにおふざけや罵声も飛ぶが、ここにいる魔法使いは皆一様に真剣であるということだ。氷を溶かして中の女性を助けたいという善意もあるのだろうが、それ以上に「自分の魔法の可能性を追求してみたい」という向上心が十二分に伝わってくる。帝城の魔法師団に入るだけの実力がない者たちの、ここは恰好の鍛錬場なのかもしれなかった。
「ここはさ。もちろん絶対優位なのは火属性の魔法使いだけど」
古株ルキヤの解説が流れた。
曰く、「有利なのは火の魔法だが、火の勢いが弱いと氷は溶けず、強いと溶けるが今度は自分たちが熱いため、常に火力を調整する必要がある。それが強い者と弱い者とを平等に疲れさせる」のだそうだ。
「仮に理想的な火力を維持しても、氷が溶けて女性本体に近付くほど彼女を害さないための加減が必要になるしね」
「なるほど」
彼女の身を案じて火力を弱めると途端に氷が溶けなくなる――だけならまだしも、なぜか氷がイキイキ元に戻りやがるため、実際かなりのクソゲーなのだそうだ。
「温水や温風で溶かせなくもないけど、そっちは火より大変だしね」
そりゃそうでしょうねとレイは思った。水魔法にしろ風魔法にしろ温度を上げるだけでひと苦労だ。
「――じゃなくて、やるならちゃんとご当主の許可を」
「動くな!」
レイがやんわり諌めようとした時、洞窟内に凛々しい声がこだました。
その場にいる全員がギクリと動きを止めた。
――え、マジ? ――嘘だろ、誰だよタレ込んだの。――終わった……。魔法使いたちが恐る恐る声の発生源を見る。
そして、入口方面に立つ身なりのいい二人の青年を見て、全員が全員、「あっちゃー」という顔をした。
「……もしかして」
「あー、そのもしか。アウイナイト領主の御子息様たちだネ」
ちなみに手前が長男のサーフ様、奥が次男のセーウ様、と肩を竦めつつルキヤが言う。
よりによって今日――初参加の上、来たばかりなのに。
彼らがここに駆けつけたということは、この密やかな祭りの永遠の終わりを意味していた。
「何をしている! ここは私有地だぞ!」
「そしてその氷は我らの財だ。溶かすことは許さない」
正論を叩きつけられた魔法使いたちは、レイの危惧に反し逆ギレをしない。惜しむ気持ちはあるのだろうが、悪いのは自分たちの方だということをしっかり理解しているようだった。いやすご。みんな揃って聡明すぎるでしょ。
「スマセンっしたー」
「ごめんなさーい」
「もーしませーん」
「ちなみにこの女の人って……なんでもないでーす」
彼らは「あーあ終わりかあ」という表情で退散していく。レイはそんな魔法使いたちの連絡先を是非とも聞いておきたいと思ったが、その思考は件の兄弟の声によって遮られた。
「まさかこんなことになっていたとは……」
「移動した方がいいだろうな」
「それはそうだがどうやって? 我らでは到底無理だぞ」
「……ここから他所に移すみたいね」
「まあさっきまでの有様を見たらねえ。さすがにしょうがないっていうか」
「でも動かす術がないみたい」
「あれほどの氷だからね~」
水魔法の大家であるアウイナイト家の人間でも動かせないとか、この氷を作った者は一体どれだけ規格外な魔法使いだったのだろう。
だがそういえば身近に一人できそうな人がいる。レイは傍でぼうっとしているサファイアに「手伝ってあげたら?」と進言した。
「え?」
サファイアがぱちりと瞬いている間にもすでにレイは動き出している。アウイナイト家の兄弟に「よければお手伝いさせてくださいませ」と貴族的愛想を振りまいていた。
「まだいたか。要らぬ世話だ、早く立ち去れ」
「お気を悪くさせてしまったのなら申し訳ございません。ですが私の連れならこの氷を動かせると思い、お声がけ致しました」
表情は訝しげながら兄弟がこちらに意識を向けた。
「……帝都の魔法師団員か」
四つの瞳がレイを見てサファイアを見る。ちなみにルキヤは「また会う日まで!」と言って逃げた。
イエスともノーとも言わず、レイはただ微笑むに留めた。
「詳しいことは話せませんが、怪しい者ではございません。移動先はお決まりですか? 否であるなら決まるまで待たせて頂きますが」
「……その物腰は貴族か。家名をうかがおう」
「これは失礼を。――ラリマール。わたくしは次女のレイと申します」
「……レイ・ラリマール殿。お初にお目にかかる」
生まれた直後に預けられた家名を告げたら、兄弟が「……どこだ?」「バカ顔に出すな確か端っこの方にある領地だよ!」みたいな顔をした。田舎で悪かったな放っとけ(しかしあまりになんてことない領地だったので逆に警戒心がなくなったのも事実だった)。
「ですが……本当に可能ですか? この氷を」
兄弟の目が今度は魔法使いであるサファイアに向けられる。でかいし重いし冷たい上に、万が一割れた時のことを考えると慎重に慎重を重ねた上に尚慎重をまぶしてより慎重にいきたいのだろう。
「地面に溶けやすい氷の道を敷いてその上を滑らせるとか、地面に複数の氷の円柱を置いてその上を転がしていくとか、いくつか方法はありますね」
多分いけるんじゃないかな、と思いながらサファイアが答えた。安心してください決して壊しませんよとという大言壮語は吐かない。それを望むアウイナイト家にこそ壊さないための提案と助力と気遣いをして欲しいからだ。
「……一度、あの氷を持ち上げてもらっても?」
お試された。まあいいけど。
サファイアは女性を閉じ込めた氷の下にいくつかの氷を作ってアウイナイト家の固定資産を数センチ上に動かしてみせる。
直後、兄弟がものすごい表情でこちらを見つめた。
「「……は?」」(※兄弟)
「え?」(※サファイア)
「今の……、……は???」
「はい?」
「……あ、あなたは……あなたのお生まれは?」
唐突なクエスチョン。おいマジで動かしやがったぜという感嘆ではなく、生き別れの家族に遭遇したかのような驚愕の目を向けられた。
当然「なんでいきなり生まれを聞くの?」とレイは思ったし、サファイアも同じ疑念を抱かざるを得ない。
だが、さすがに帝国の浮島生まれという出自を明かしていいわけないのはわかるので、
「……生まれは伏せますが、母が偉大な水の魔法使いです」
と正直に教えたら、さっきの五十万倍くらい驚かれた。
結局、「氷を移す場所を決めるから少し待って欲しい」と言われ、「父に相談するから屋敷に来て欲しい」と乞われ、「候補先の地を整えるからしばらく待っていて欲しい」と願われ、レイとサファイアはあからさまかつめたくそ強引に数日アウイナイト家にご厄介になることとなった。
(予想外の幸運に恵まれたわ)
そんなこんなでレイはニコニコのホクホクだ。
ここでアウイナイト家に呼ばれたことは、サファイア的には意外な展開でも、レイ的には望外の結果だったのだ。
どれくらい喜んだかって、「皇帝陛下と皇太子殿下に外泊許可を取らなくていいの?」というサファイアの問いに「なんであのふたりの許可が必要なの?」と素で返すくらいにはそれ以外のことが些事だった。
――レイはあの洞窟で、サファイアが氷の中にいる女性に心を奪われたのがわかった。
あるいはサファイア本人さえ否定するかもしれないが、彼女の女の勘が「つまりこれ以上他所で女性の魔法使いを探してもまったくもって無意味になるとみたわ」という判断を下したのだ。
実際、その後に対面した兄弟の父であるアウイナイト家の当主に聞いてみたら、彼女が火の魔法使いの一族の出というのは確かであるらしい。「詳細は伏せるが、彼女は我が先祖が火の魔法使いの一族から預かり代々守ってきた客人でな。我が家に生まれた女児はみな彼女の美しさに憧れ、男児は例外なく彼女に恋をしたものだ」と言っていた。
そう、お探しの「火の魔法使い」なのだ。そうであるならば尚更ここで縁を切る道理はない。
だからレイは、絶対、必ず、たとえサファイアを働かせることになったとしても、彼女を閉じ込めたあの氷の移動先を確実に知っておきたかったのである。




