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■空の庭・そこに住む人々




「女の子って相手と何歳くらい年が離れてたら結婚したくないって思うの?」


 七歳男児の疑念の声にド沈黙が末広がる。

 才能ある子供たちの教育係として現代に蘇った全属性の魔法使い(二十代男性)は、「え、これに答えるのも私の仕事?」みたいな顔をした。

「……すまないが知らない」

 辛うじて声を振り絞り、それだけでは足りないかなと思って「個人差があるんじゃないか?」と付け加える。

「年の功があるはずなのにそんな回答……」

 いかにも不満げな暴言が返ってきたことで、魔法使いは自らの身命を賭して、年の功はそんなに万能じゃないことを伝えなければならなかった。



 ハルシオン帝国の上空には六つの島が存在する。

 城の上にひとつ。

 その更に上にひとつ。

 その二島の中間の高さの東西南北に各ひとつ。

 まあプカプカと浮いていた。

 これらの島々はハルシオン帝国の初代皇帝が魔法で浮かせたと言われており、他国ではまず見られない光景なことも相まって、実際島には行けないながらも多くの観光客の目を楽しませていた。



 で、ここからが国家機密になるのだが、誰もいないということになっているそれらの浮島には実は人が住んでいて、その住人の規格外ぶりが激烈に尋常じゃなかったりした。


 具体的には、北方「栄土の島」には「アレキサンドライトの花嫁」が。

 東方「覇水の島」には「サファイアの花嫁」が。

 南方「煌炎の島」には「ルビーの花嫁」が。

 西方「帝風の島」には「エメラルドの花嫁」が。

 そして帝城上空にある「原石領」のさらに上空にある「光王領」には「ダイヤモンドの花嫁」が、それぞれの島にあるそれぞれの城で、花霞のように暮らしていた。


 花嫁とは?

 それは、強大にして不朽、基点にして遠大となる魔法使い。

 ある条件が揃った時に次代の種を産み落とす機構。

 火、水、風、土、光の魔法をひとつにまとめ、最終的に全属性の魔法使いを完成させてそれを皇室に献上する無私の花。


 ――空に浮かぶ島、そこに確保された甚大な魔力を持つ花嫁、彼女たちによる神秘の執行。

 この一連極秘の諸々を、帝国は「製錬の大魔法」と呼んだ。



 さて、物語は今から七年前、各花嫁が「現代の皇室の依頼を受け」「古の約定に従い」「初代皇帝の威光によって」生んだところから始まる。


 アレキサンドライトの花嫁は土魔法使いの女児「アレク」を(性格はしっかり者の委員長)。

 エメラルドの花嫁は風魔法使いの男児「エメラルド」を(性格は話せばわかるガキ大将)。

 サファイアの花嫁は水魔法使いの男児「サファイア」を(性格は覇気のないうさぎ小屋担当飼育係)それぞれ生んで、慣例通り中央の原石領に集められた子供たちは、師に魔法のいろはを教わりながら暮らした。

 親が親なら子も子を地で行く彼らは子供ながらに凄まじい魔力量を誇り、子供達を教育するため、これも初代皇帝が遺した大魔法の一つである「死後の世界から呼ばれた師」たる全属性の魔法使いの胃に、日々ダイレクトアタックを仕掛け続けた。

 たとえば「女の子って相手と何歳くらい年が離れてたら結婚したくないって思うの?」とかいう質問をフッかけたりである。



「確かにおかしいのよね」

 その日、紅一点であるアレクが呟いた。

 七歳という可愛い盛りの彼女は、土魔法使いの大家であるアレキサンドライトの花嫁の娘だけあり、そして「休憩時間まで手を休めるな」という厳しい師のオーダーに則り、「体内で無尽蔵に野菜を作り育てる土人形」を作る苦心の最中だった。

「何が」

 と返すのは風の大魔法使いであるエメラルドの花嫁の息子エメラルドだ。彼は彼で、やんちゃみが強い容貌に反し、様々な強さのそよ風をあらゆる角度からぶつけて「誰も聞いたことがない新しい音」を生み出す繊細な作業の真っ最中だった。


「ルビーよ。なんだかんだで私たちもう七歳になっちゃったじゃない。なのにいつまで経ってもあの子だけが生まれないのはさすがにおかしいわ」

 光の加減によって目と髪の色が変わるアレクの表情は深刻そのものだった。

「先代は何も言わないけど、やっぱり煌炎の島で何かあったんじゃないかと思うのよ。……ルビーの花嫁は本当にご健在なのかしら」

「……花嫁ってなんかフツーに会えないよな。なんだかんだで俺も自分の母親に会ったことねえし」

「常識的に考えて花嫁ほどの重要人物に騎士やメイドが一人もついていないっていうのがおかしいのよね。私たちが見守り魔法を開発すればいいのかしら」

「お、それ自由研究に使えそうだな」

「花嫁への干渉魔法はプライバシーの侵害で強制キャンセル対象だ」

 館から出てきた「子供たちの教育係として現代に蘇った全属性の魔法使い」、通称「先代」がしかつめらしい顔で釘を刺す。

「じゃあ誰も、先代さえルビーの花嫁の現状を把握してないってこと?」

「……そうなる」

「いいの?」

 そう言われても、どんなに焦燥感を抱こうがここでの規則はそういうものなのだ。


「アレクじゃねえけど、『揃ってない』ってのはなんか気持ち悪いよな。座りが悪いっつーか不吉な気分になるっつーか」

 先代の後ろからテフトコテフトコ歩いてくるサファイアを見ながら、ニアガキ大将であるエメラルドがその割に神経質なこだわり屋みたいなことを言う。

「そうね、早く正常な形になって欲しいわ。あんまり年の差が広がると困ることもあるかもしれないし」

「それはサファイアも気にしていた」

 ――女の子って相手と何歳くらい年が離れてたら結婚したくないって思うの?

 知らんしって感じの質問だが、サファイア自身のためというより未だ生まれぬルビーのための質問だったので、あえて「個人差」という言葉で濁したのだ。



 アレク、エメラルド、サファイア。

 今ここにこうして三人揃っている彼らだが、実は花嫁の子供たちは四人揃わないと意味がない。

 なぜなら。

「私とエメラルドが結婚して土魔法と風魔法持ちの男の子を生む。ルビーとサファイアが結婚して火魔法と水魔法持ちの女の子を生む。その男の子と女の子が結婚して四属性持ちの男の子を生み、その男の子がダイヤモンドの花嫁と結婚することで全属性の魔法使いが生まれる――のよね?」

「ああ」

 この浮遊島はもともと「それ」を完遂するための場所だからだ。



 約定通り、各花嫁から生まれた子等は、自らの子に魔力と魔法の感覚を伝えるために「先代」に魔法を教わりながら、二十歳までの免許皆伝を目指している。そしていずれ決められた相手と結ばれて二属性の魔法使いを生む――そういうものだと教えられ、そういうものだと了解して生きている。

 でも、ルビーの花嫁の子が生まれない。

 サファイアと結婚する予定の女の子だけが、いつまでも。

 ――なにこれどうしたらいいの。

 誰もがそう思うのは必定だった。


 ――これって初代皇帝が遺した大魔法に綻びが生じたってこと?

 ――そうだとしたら誰がそれを修正できるの?


 初代皇帝の流れを汲む現皇帝からは「すまないが私にはわからない」という回答が返ってきている。

 むろん、全属性の魔法使いであってもこの分野はまるっきり専門外である先代にも対応は不可能だ。

 つまり今この島は、誰にもどうにもできない最新の問題にぶち当たっている真っ最中なのだ。



「ったく。お前の嫁が生まれないせいでみんな困ってんだぞ。足並み揃えろよなグズ」

 エメラルドがサファイアをなじる。普通に理不尽だとは思うが、足並みを揃えたいのはサファイアとて同感なので、反論を控えて黙っている。

「何よその言い草!」

 するとサファイアではなくアレクがかんかんに怒った。

「馬鹿なの? 見当違いも甚だしいなら思いやりがないにも程があるわ! サファイアになんの罪があるっていうのよ。なんなら私、今すぐここからいなくなってみせましょうか? そうすればサファイアがどれだけ途方に暮れているかわかるでしょうよ!」

「えっ」

 エメラルドが忙しなく瞬く。アレクの剣幕に驚いたせいもあるし、そんなことをされたら確かに自分も途方に暮れるしかないことがわかったからだ。

「……ごめん」

 エメラルドは素直に謝罪した。アレクと、それからちゃんとサファイアに。

 君子は豹変する――君子とは己の間違いを認めた直後に素直に態度を豹変させ有る者の称号なのだ。



 ルビーがいない今、せめてエメラルドとアレクがいてくれるからこそ心荒れずに過ごせている面が大きいとわかっているサファイアは、当然、仲違いを望んではいない。

 平坦に「いいよ」と返し、空を眺め――ため息混じりに「ほんとめんどくさいから早くルビー生まれてくれないかな」と考えていた。




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