◆ ジェシカの学校生活
ジェシカ視点
魔術式は体内に魔石を持ち、且つ、一定以上の知識があれば、誰でも使えます。
何故ならば、魔術式発動に必要な魔素は全ての生物の体内、そして全ての空気の中に存在するからです。
体内に在る魔石を媒介に、自分の思考で魔素を誘導し、魔導理論の展開図、つまりは魔術方程式に当てはめれば良いだけなので………
「…とは言え、何故魔石を媒介すると自分達の周囲に漂う魔素を操作出来るのでしょう?
更に言えば、そもそも魔素とは何なのでしょうか?
それは未だに解明されていない謎なのです」
…ああ、眠い。
つまらない授業…
退屈な講義…逃げれば良かった…
◆
「…授業には出来る限り出なさい。
貴女が居ないと誰が怪物少女の補佐をするの?
あの子が気を許せる相手は少ないのよ」
…ルーナの付き人が居るじゃないの。
「使用人だと授業中は付き添えないでしょう?
あの子が暴走した時、押さえられる能力も無いし」
あの子を鎮められるだけの力なんて、私にもないわよ。
…デミトリクスには任せられないの?
「男の子だと…色々と困るでしょ?女の子の世話は。
それに、デミトリクスにはヴァネッサの相手もしてもらわないと…」
…ルーナは既に高等部卒業に必要な試験は終えているじゃないの。…まだ9歳なのにね。
なんで、まだ学校に通わせるの?やめさせれば良いじゃない。
「…通わせる前に言ったでしょう?
貴女達は正教国の暗部の中でも、諜報と暗殺が上手くなリ過ぎたの。
まだ12の子供なのにね…」
…私、天才だからね。
「…貴女達、普通の人と考え方がズレてるのよねぇ。
人の死に対して鈍感になり過ぎ。
普通、暗殺の才能を喜ぶ子供は居ないわ」
…そう育てたのはエレノア司教様でしょう?
それに…そうでなかったら、今頃私は死んでいた。違う?
「それは否定しない。
元々、貴女が生き残るには選択肢が無かったわけだし。
でもヴァネッサやマリアンヌに正体がバレたのも、貴女達の考え方が原因だった。
常識のズレが暗部の仕事に影響を及ぼしているのも事実」
…あれはクラウディアの所為じゃない?
むしろ、わざとバラして仲間に引き摺りこんでいったような…?
アイツ…貴重な能力ゲットとか呟いていたわよ?
もしかして、誰かさんに命令されてたとか?
「…コホン!兎に角、命令よ!
貴女は学校に居る間は普通の友達を作って、普通の生活に擬態する。
これは貴女の仕事に必要な技能よ」
…私達…既に、かな~り悪目立ちしてると思うのだけれど?
今更普通の友達?ふふ…無理無理。
「自覚あるなら直せよ…」
…私達に普通は無理よ。諦めて。
「…もし貴女まで学校に来なくなって、その所為でルーナが引き篭もりに戻ったら…クラウディアが哀しむわよ?」
…そんな事で哀しむ奴じゃないわよ。クラウディアは。
「クラウディアがあちらから帰ってくるまでに、貴女がこちらを整えておく…のではなかった?
ルーナが昔の彼女に戻っても貴女は平気?
親友との約束を違えるのかな?ジェシカ=バルトさん?」
…うっさい!言うなー!
クッソ!…あの日の事、思い出さなきゃ良かった。
…面倒くさい女よね!アンタ!
「…お褒めに預かり光栄よ。
帝国の王子や魔石の子、特殊能力者達との繋がりを保つ事も、クラウディアには必要なのよ。…多分だけど。
これからは貴女が彼女の代わりに皆を導くのよ」
…わかったわよ、やれば良いんでしょ…エレノア枢機卿猊下様!
その代わり……
◆
「ジェシカ様!ジェシカ=バルト!!」
突然、大声で怒鳴られた。
「わたくしの授業、そんなにつまらない?」
目を擦りながら顔を上げると、額に血管を浮き上がらせた担当教師が私のことを睨みつけている。
「先程の講義に関して、貴女の見解を述べなさい!」
指示棒で教卓をバシバシ叩きながら、キンキン声で騒いでいた。
…なんて名前の教師だったかな?忘れたわね。
カーティの教え方と違って面白く無いのよ。こいつの授業。
私達は、つい先日迄、隣国のテイルベリ帝国に行っていた。
表向きは、サンクタム・レリジオの貴族の令息令嬢達との交流会。
裏側は、正教国暗部と帝国軍との協同作戦。
その帝国での仕事が終わった後、親友であるクラウディアと、カーティ教授が姿を消した。
そして皆、その事を忘れたまま帰国した。
私達は二人が居ない事に対する違和感に、暫くの間、気付けなかった。
総会に出席しなかったイルルカやフローレンス達は記憶を消されてなかったから、二人が突然居なくなった事に随分と驚いていた。
クラウディアはヨーク家の都合で急遽帰国した。なので暫く正教国には帰れない…とか、エレノア様が誤魔化してたけど…。
クラウディアの溺愛する弟のデミトリクスが、私達と共に居残っていたのだから、苦しい言い訳だった筈なのに。
…私は全く不審に思わなかった。
正教国に帰国し、イルルカ達と話してから、ようやく私は違和感を覚えた。
すぐにルーナの妖精とヴァネッサの妖精を捕まえて、記憶が消えている間の事を尋問した。
「ジェシカさん!聞いてるの?答えなさい!」
…ああ、五月蝿い。
思えば、カーティも騒がしかったけど、こいつと違ってそんなに嫌では無かったな…
カーティ教授が突然居なくなったせいで幾つかの授業に穴が空いた。
代わりにと、急遽送り込まれて来た教師なのだが…。
…平穏無事な世界でぬくぬくと生きて、大した知識も無い。
なのに教師という立場を笠に着て、なにを偉そうに…
怒鳴られている私を見て、一部の生徒達がニヤニヤと笑っている。
私が帝国の下位貴族だからと侮っている連中だ。
…本当は、正教国のド貧民出ですけどね。
ド貧民区画、ゴミクズストリートの孤児ですが?
ネズミと寝食を共にして、汚水で喉を潤していた、最低最悪最下層の生き物でした。
そう言ってやったら、どんな顔するかしらね?
…でも今は、オマリー=バルト司祭の娘。
バルト男爵家令嬢、ジェシカ=バルト。
自重、自重…。
父ちゃんに迷惑は掛けられない。
オマリーは帝国の男爵家出身。
この国でも男爵相当として扱われている。
彼は帝国貴族であると同時に、この国の北方教会区で司祭として働いている。
私は、貧民窟で犯罪に手を染めていた時、オマリーに捕まった。
彼は、幼かった私を官憲には引き渡さず、実の娘として育ててくれた。
生まれて初めて人間として扱われた。
そして、彼の上司であるエレノア司教が私に生きる術と力を与えてくれた。
…貴族は大嫌いだけど、とうちゃん達は大好き!
「何も言えないのかしら?
…それとも、言葉を理解出来る頭脳は持ち合わせて無い?」
私は黙って欠伸で返答する。
「この…!『英雄の娘』だからって調子に乗るな!」
突然、彼女は持っていた指示棒を私に向けて投げつけてきた。
「ひっ!!」
周囲から悲鳴が聴こえる。
パシッ…
私は飛んできた指示棒を軽く掴み取り、クルクルと回す。
そして再び、わざと大きく欠伸をしてみせた。
「私を馬鹿にしてっ!!」
彼女は拳で教卓を殴りつけた。
その仕草に驚いた生徒達が、サッと顔を青ざめさせる。
野蛮な行いに慣れていない令嬢達は、涙目になって震えていた。
…英雄の娘…ねぇ…
私のオマリーは英雄と呼ばれている。
たった一人で、この国と帝国を繋ぐ街道を占拠していた巨大な魔獣を退治した英雄。
複数の騎士団を壊滅させ、多くの手練を喰い殺した凶悪な魔獣を。
…ふふ…あんなに可愛い子達なのにねぇ…
直通街道を復活させ、教皇直々に称賛を受けた彼は、帝国と正教国の両方から英雄と呼ばれる様になった。
…帝国では、王帝陛下から勲章も授与されたしね。
「先生!授業の続きを!
こんな人に、わたくしの大切な授業時間を割かないで下さいませ!」
一触即発の雰囲気の中(教師の方だけだけど。私はどこ吹く風)、一人の女生徒が手を挙げて発言した。
皆が一斉にそちらを見る。
怒り心頭だった教師も、我に返った様に静かになった。
「失礼致しました、シルフィ様。
…そうですわね、授業はやる気のある人の為に進めないといけませんわね。
教える意味の無いお猿さんに、私達の大切な時間を割くのは勿体ない行為ですわね…」
たっぷりの嫌味を吐き捨ててから、彼女は私から目を逸らした。
…やっと静かになったし、もう一眠りしよっと。
『神代の魔導具士』に登場する人物とジェシカとの関係の説明回。
本編とは殆ど関係ないから、あまり覚える必要はありません。
ジェシカの背景設定ですので軽く流して下さい。